平和的交渉6
「な、なんだこれは!?」
高木達を追って森を疾走していた俺――西園寺玲央は、急に目の前に現れた幅10mほどの谷に驚いて立ち止まった。伊藤が描いた地図にはこんなものは無かった。まさか、彼女は高木側のスパイなのだろうか?
予想外の事態に、暫し呆然と谷底を見下ろす。深さ自体はそこまでではないようだ。一瞬、降りてみようかという考えが頭を過ぎったが、そこで、ふとある違和感に気づいた。
――谷の壁面が普通ではない。
通常、谷というのは流れる水の浸食作用によって長い年月をかけて地層が削られ、徐々に水の通り道が窪んでできるものだ。地震等の影響で隆起や崩落が起きれば短期間で地面が断裂することはあるが、その場合できるのは崖であり、谷になることはまず無い。しかもこの谷の壁面には、よく見ると木の根や岩の断面が露出している。長い年月をかけて水に削り取られた結果とは到底思えなかった。どちらかというと、そう、比較的最近地割れでも起きて地面が断裂したかのような……いや、それにしては岩や根の断面が鮮やか過ぎる。引き千切られたような断面ではなく、まるで鋭利な刃物で両断されたような――。
記憶の奥から複数の情報が浮き上がり、脳内で結びついた。この辺りは魔王討伐戦に於いて、魔王軍の侵攻を食い止める最前線だったらしい。俺は敵の本拠地へ進軍中だったために直に見たわけではないが、たしかここには魔将軍が何人か……そう、巨大な狼に変化する者、空間魔法を使う魔術師、それに剣の扱いに長けた者がいたはずだ。であれば、これは魔将軍の剣士がその人外の力を振るった結果ではないのだろうか?
――嫌な予感がする。
これが俺の仮説通り、魔王軍が人外の力を振るった結果だとするならば、ここ以外にも地形が変わっている場所がある可能性があるということだ。他の皆は勿論、俺でさえ高木達に追いつくことができないかもしれない。まずい、急がねば!
「うおおおおおおおおお!!」
俺は30mほど後退してから再度全速力で谷に向かって疾走し、谷に落ちる寸前のところで思い切り跳躍した。緊張感を孕んだ浮遊感の後で、俺の両足はしっかりと対岸の地を捉えた。
「よぉしっ! 逃がさんぞ高木ぃぃぃ!!」
叫びながら、俺は再び走り出した。
友を悔い改めさせるためなら、山だろうが谷だろうが跳び越えてやる!
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