私の家族 後編
奏と大の昔の関係は普通ではなく・・・・・・
酷い頭痛と酷い空腹で目が覚める。目の前には見慣れた天井がある。このまま目が覚めなくてもよかった。そうすれば現実と向き合わなくても良くなるからだ。ふらふらとした足取りでトイレに向かう。足に力は入らずすぐに倒れて這いつくばって何とかトイレに入ることができた。
便座を開けると胃の中から這い上がってくるものを全て出す。そもそもここ二日間は何も食べていないので出るものなんてない・・・・・・だけど体は『何かを外に出さないと』と訴えるように止まらない吐き気が続く。時間なんて分からない足音が近づいてくる。
やめろ・・・・・・
その足音は私が世界で一番嫌いな足音だ・・・・・・
来るな・・・・・・
殺すぞ・・・・・・
「奏、大丈夫か?」
やっぱりお前か・・・・・・大丈夫じゃない顔をしたやつに大丈夫なんて心配されたくない。お前はそんなやつじゃないだろ?
自分のことばかり考えて
私の大事な物を横取りして
男のくせにぐじぐじぐじぐじ悩んで
最低な奴だろお前は・・・・・・
近づけないように無理矢理立ち上がり拳を握り大の顔を殴り付ける。全く避ける様子を見せず頬に拳が当たるが力が無さすぎて、殴るというより拳を頬に触れさせるという表現が正しいと思う。
「お前の気がすむまで殴ればいい。だけど今のお前じゃ殺したいくらい憎い俺を殺すことはできない。本当に俺のことを殺したいんだったら食べて寝て体力を戻せ。餓死しようとしたら口移しで物を食べさせるからな」
そう言って私をお姫様抱っこで軽々抱き上げる。お腹が空いて神経が過敏になっているせいかごつごつとした筋肉が私の皮膚に触れる感触が伝わる。大のやつ意外に筋肉があるんだなって・・・・・・そうじゃなくて
「やめろ!!自分で歩ける。それとお腹がすいたから何か作れよ!!」
「あぁ、もちろんだ」
無理やりもがいて下に降りて部屋に戻って着替える。
くそっ・・・・・・情けない。体力を消耗し過ぎていて服に着替えるのもきつい・・・・・・
とにかく食べて寝て体力を回復させないといけない。あいつに口移しされるぐらいなら死んだほうがましだ。それなら逆に私に関わりたくなるようにしてやればいい。まずは体力を元に戻さないといけない。
階段の手摺を気力で掴みながら慎重に慎重に降りていく。下に降りるとリビングからお腹を刺激する匂いが溢れてきた。その匂いに逆らうことなくリビングに入り机に座る。
「奏すぐ出来るから待っていてくれ」
あいつの背中ってあんなに大きかったんだな・・・・・・
鍋を振るって料理をしている大の背筋の動きを見つめる。
「お待たせ奏。食べようか」
机に新聞を敷いてその上に山盛りに作った炒飯とわかめスープを置く。悔しいがかなり美味しそうな匂いがする。そういえば大も悠たんも母さんから料理を教わっていたっけ。
ずるいだろ私はもう習うことができないのに・・・・・・
手を合わせて炒飯を口に含む。体力を回復する為にどんどんおかわりをしてというわけにはいかなかった。体は死ぬことを選んでいるようで口に入れた炒飯を飲み込むことができない。逆にもどしそうになっている。
無理もない。二日間何も飲まず食べずでいたのに口に含んだのが油っこい炒飯では胃袋が吸収を拒むのは当然のことだと思う。だけどここで負けるわけにはいかない。
今の私の唯一の楽しみは
私の大事な二人をこの世から奪い去った大が、私の前から逃げるようにいなくなることだ。その為には体力をつけないといけない。まずは食べて食べて食べて体力を回復させる。体力が戻りさえすれば後はこちらのものだ。吐き気まで飲み込むように気力で口に入れてわかめスープで胃袋に流し込む。
くそっ・・・・・・
なんだよ・・・・・・
母さんの味じゃないか・・・・・・
美味しいに決まってるだろこんなの・・・・・・
気が付くと二人で炒飯とわかめスープを平らげていた。大は嬉しそうに笑っていたけど余裕の表情をしていられるのも今のうちだけだ。すぐに苦痛の表情を浮かべてここからいなくなる。お前の本質は汚くて弱くて卑怯なやつなんだ。私がその本性を暴いてやるよ・・・・・・
次の日から私の攻撃が始まった。
学校にも行くようになった。本当は行きたくなかったけど私には収入が無い。収入が無いとこの家に居ることができなくなる。ここは二人が帰ってくる場所だ。母さんと悠たんが帰ってきた時にこの家が無いと困るからな。大をこの家から追い出して、高校を卒業したらすぐに就職してこの家を守る。
うん、完璧だ。
学校から帰ってきて大が家にいたら私の体力無くなるまで力任せに殴りつけた。
だってこの家に居たらいけない人間がここにいるんだ当然の行為だろ?
大は手を後ろに組んで私の攻撃を避けることなくただただ受けた。
私の予想では一週間もしないうちに出ていくはずだった。だけど大は家を出ていくことは無かった。殴られて気を失おうとしばらくすると立ち上がり家の家事をしていた。
その姿に私は恐怖を覚えた。
こいつは大のふりをした何か違う生物なんじゃないかって・・・・・・
一か月する頃には攻撃している私の手足が痛むようになった。
そんな私が物を使うようになるのに抵抗は無かった。目の前に居る人間じゃないモンスターからこの家を守る。
それが私の使命で
私は正義だ。
竹刀、熱くしたり凍らせたタオル、カッター、スタンガン色々なものでモンスターを攻撃した。
顔や体に消えない傷跡が刻まれる。
だけど目の前のモンスターはいなくならない。
それに病院に行ったりもせず自分で治療していつものように家事をする。
どうしたらこいつを私の前から消すことができるんだろう・・・・・・
気が付くと私は高校の卒業が間近になり就職活動をしていた。大学に行くということも昔は考えていたけど私が生活できているのはあのモンスターが家にお金を入れているからだ。私もバイトをしているけど家を守るためのお金を全部出すことは不可能だった。早く就職してあのモンスターを家から追い出す。
それだけが私の目標で私が生きている意味だった。
私の就職活動は最初は決まるかどうか不安だっけど最後はあっけないほど簡単に決まってしまった。決まった就職先は家から電車で通える場所にある工場だった。私は面接というのが苦手で思ったことを全て言ってしまう。学校の先生も面接の練習に付き合ってくれてそれは直した方がいいとアドバイスをくれたけど嘘をついてその会社に入って嘘がばれてその会社を辞めることに何の意味があるのだろう。それだったら最初から自分という人間を知ってもらってそれで私を選んでくれる会社に入った方がお互いの為になるんじゃないかと思う。
面接官のお姉さんが笑いながら『正直過ぎるよ君は』と言っていたのが印象深かった。
就職先が決まったのだからそろそろ決着をつけないといけない。
だって私が働いてしっかりとした収入が得られるようになればモンスターの存在価値なんて無くなるのだから。そうだ母さんと悠たんがいつ帰ってきてもいいように二人の部屋を掃除しておかないと。あのモンスターが嫌で今まで帰って来なかった可能性があるんだから。
いや、そうかそうか
何でこんなことに気がつかなかったんだろう。
私は馬鹿だな・・・・・・
あのモンスターが家に居るから怖がって家に帰って来れなかったんじゃないか。
何でこんなことに何年も気がつかなかったんだろう。
中学の頃から一度も入らなかった母さんと悠たんの部屋に入る。母さんの部屋も悠たんの部屋も凄く綺麗に掃除されていた。多分あのモンスターが掃除していたのだろう。だけど今日からは私が掃除しないといけない。
まぁ、二人がすぐに帰ってくるからその心配もいらないのだけど♪
悠たんの部屋の机の引き出しが少しだけ開いているので閉めようとした時に何かがあるのに気が付く。それは日記帳だった。引き出しから取り出して机の上に置く。中を見るのはプライバシーの侵害だけど少しだけならと中を開いて読むことにした。
くっ・・・・・・ひぐっ・・・・・・
日記を読み終えた頃には今までずっと流していなかった涙がよみがえったように溢れだして床に崩れて大きな声で泣いた。
分かってた・・・・・・
知ってた・・・・・・
二人が死んだことなんて・・・・・・
だけどそれを受け止めることが私にはできなかった。
大はそれを知っていて全てを受け止めていたのも分かっていた。
こんなヤバい私の側から居なくなってほしい。私が酷いことをすれば大が私を見捨てて自分の人生を歩いてくれる。二人の死を受け止められない私は必ず大の重荷になる。だから大が離れていくように酷いことをいっぱいいっぱいやってきた。今更許してほしいなんて虫のいい話が通じるわけなんてない。
「ただいま」
「お帰り・・・・・・」
玄関で迎えられて不思議そうな顔でこちらを見てくる。大の顔をまともに見たのはいつぶりだろうか・・・・・・
顔中傷だらけじゃないか・・・・・・
何でだよ・・・・・・
何で逃げないだよ・・・・・・
「ただいま奏、今日はカレーにするぞ」
何でそんなに嬉しそうに笑うんだよ・・・・・・
私は大に殺されても仕方ないことをしたんだぞ・・・・・・
それなのになんで・・・・・・
今から普通の兄妹に戻るのは無理なのかもしれないけど悠君のお願いなら仕方がない。
両手で力いっぱい頬を叩いて気合いを入れる。
大の背中を追いかけてリビングに向かう。
そして大は私にとって大事な人を数十年後に連れてくる。
かなり久しぶりに更新しました。楽しんでいただけたら幸いです。