私の家族 中編
奏の人生の中で一番悲しい経験。
「ただいま」
一番聞きたくない声が聞こえる。母さんや悠たんより先に大のやつが帰ってきた。持ち帰ってきたケーキを冷蔵庫に入れて椅子に座る。
「奏、母さんと悠君はどこに行ったんだ?」
「大の帰りが遅いから買い物に行ったよ。大が早く帰ってこないから悪いんだよ」
特に大が悪いことをしたわけでは無いがいつからか普通に話せなくなってしまった。普通に考えたら私が悪い。無茶苦茶なことを言っているのは私だって分かっている。それなのに大はまるで自分が悪いと思っているのか怒ったりせず何も言わない。その反応がさらに私をイライラさせた。
大が帰ってきてからどれくらい経っただろうか。
30分過ぎても二人は帰って来ない。寄り道でもしているのだろうか。
更に30分経過したけど二人は帰って来ない。
いくらなんでも遅すぎる。探しにスーパーに行こうと椅子から立ち上がろうとした時に家の電話が鳴る。
その瞬間背中に悪寒が走って金縛りにあう。
あれっ、どうしたんだ私は!?
大が立ち上がり電話の受話器を取る。
「はい・・・・・・そうです大石です・・・・・・えっ!?・・・・・・分かりました・・・・・・すぐに行きます」
大の顔が明らかに真っ青になっているのが分かる。ふらふらとした足取りで私の前に立つ
やめろ・・・・・・聞きたくない・・・・・・
お前の言葉なんて・・・・・・
「奏、警察に行くぞ。早く準備しろ・・・・・・」
「何で警察に行かないといけないんだ!?私は母さんと悠たんを待ってないといけないんだ!!二人が帰ってきたら私かお前がいないと二人が不安になるだろ?バカかお前はバカなのか?」
頭が真っ白で何を言っているか自分でも分からない。ただ何かを言っていないと正気を保っていられない。思い付くことを大にぶつける。
大がゆっくりと近づいてきて肩に手を置く。鍛えているせいか全く動けない。
「行くぞ・・・・・・奏」
大が泣きながら消え去りそうな声で真っ直ぐに見つめて伝えてくる。
階段を上って着替える力なんてない。私はふらふらと歩いて車に乗り込む。大が私にシートベルトを付けると車が動き出す。警察に到着すると受付の人が辛そうな顔で私達を見つめてくる。
変だろ・・・・・・なんでそんな悲しい顔をするんだよ・・・・・・
だいたい私はなんでここにいるんだよ・・・・・・
母さんと悠たんが帰ってきてたらどうするんだよ・・・・・・
大に手を引かれて警察官に着いていくとある部屋に案内される。警察官が言うには母さんと悠たんがこの部屋にいるらしい。大に手を引かれたが私は中に入るのを断った。
コンナトコロニフタリがイルワケがない
大がしばらくして部屋から更に真っ青な顔で出てくる。足取りもおぼつかない。その後に警察の人から話があると言われてついていった。
私は足に力が入らず四つん這いになって部屋から離れていった。ここには居たくなかった。入り口の休憩所で横になるとすぐに意識が無くなった。
私が起きると部屋のベッドで眠っていた。酷く体が重い。起き上がりたくない。もう一度寝てしまおうと思っていると部屋の前まで足音が近づいてきて扉をノックする。
「奏、起きたか?入るぞ」
何度かノックすると大が部屋に入ってきた。普段であれば文句の一つでも言ったのだが今はその力さえ無い。気だるい体を何とか起こす。扉を開けて現れた大は目は真っ赤で目の下にはクマができていて今まで私が見たことがある大の中でも一番酷い顔をしている。
「奏、今から言うことをよく聞くんだ・・・・・・」
近づいて弱々しい力で私の両肩に手を置く
「母さんと悠君が交通事故で死んだ。昨日警察で二人かどうか確認したよ・・・・・・間違いなく二人だった・・・・・・辛いかもしれないけど明後日は葬儀があるから奏も準備しろ」
「二人が死んだ?何の冗談だ?お前が言った冗談の中で一番悪質で一番笑えない冗談だな!!!」
私は感情のまま大に飛び付いて押し倒して馬乗りになり顔を殴り付けた。嫌な音が部屋中に響き渡り大の顔が真っ赤に染まっていく。大は抵抗することはなく真っ直ぐに私の瞳を見つめ続けてくる。
やめろ
やめろ
その目で私を見るのをやめろよ
殴り返してこいよ
何で無抵抗なんだよ
私の体力が無くなり私の拳が痛さで動かなくなると大がゆっくりと立ち上がる。血だらけで酷い顔になっている。
「どうだ、少しはすっきりしたか?お前が認めなくても現実は変わらない。色々な人が来るんだ、お前が参列しないわけにはいかないんだ。面倒臭いことは俺が全部やる。座っているだけでもいいから葬儀には絶対連れていくからな」
そう言って大がふらつきながら部屋から出ていった。
そこから先はほとんど覚えていない。喪服なんて持っていなかったが大がレンタルか何かで用意してくれていた。
葬儀が終わり告別式が終わり火葬場へと向かう。私は情けないことに力なく座って身体中の水分を全部出し尽くすように涙を流すことしか出来なかった。大は喪主を務め全ての業務を行っていた。多分あの日から寝ていないんだろう。全てを終えて家に帰ってきてリビングの電気をつける。
いつもなら楽しいはずの日常に何も感じなくなってしまっている。このままここで寝て目が覚めなければいいのに、いっそ強い睡眠薬でも買ってきてそのまま眠ってしまおうか・・・・・・
「奏、よく頑張ったな。今週は学校を休んでいいから今日は風呂に入って寝ろ」
「何で・・・・・・お前はそんなに冷静なんだ・・・・・・母さんと悠がいなくなったんだぞ・・・・・・旅行とかじゃないんだ・・・・・・二度と会えないんだぞ」
胸ぐらを掴んで引き寄せ思いきり頭突きする。あまりの痛さに手の力が抜けて倒れるが大がすぐに腰を掴んでお姫様抱っこのように抱き上げる。
「俺には約束がある。病気や事故以外ではお前は死なせないからな」
そう言って脱衣所に連れていかれる。脱がされたくなかったら脱げとか無茶苦茶なことを言ってきたから一発お腹を殴ってから扉を閉めてシャワーを浴びることにした。情けないことに熱いシャワーは身体中の水分を失った感覚の私には染み渡る心地よいものだった。お風呂場から出て体をタオルで拭いて服に着替えてふらついた足取りで部屋に向かう。心配そうに部屋まで運ぼうかと聞いてくる大のお腹を一発殴ってから部屋に向かう。部屋に入ってベッドに倒れてから私の意識は完全になくなった。
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