僕の運命を変えた2人 中編
僕に対する痴漢行為は収まる所かエスカレートしていき最悪な出来事が起こる。だけどその日は僕の運命を変える2人に出会うことになる日でもあった。
痴漢行為は最初は何かの間違いだと思ったが、回数が増えていくうちにそれは勘違いから疑惑に変わり、耳元で『またね』と囁かれたことをきっかけに確信へと変わる。
ただ情けないことに触られると恐怖が勝り、声が出なくなった。それに周りには同じ学校の生徒が居る。そんな中、男なのに痴漢されていると知られたらどうなるだろう?
そんな情けない理由を自分に言い聞かせ、20分間の通学時間が永遠に続くように感じ、それが早く終わるようにただただ祈り続ける。
早く着け
早く着け
早く着け
手の感触に嫌悪、恐怖、怒り、悲しみ様々な思いが混じり合い、胃袋に詰め込んだ朝ご飯が逆流するように登ってくるのを口元を手で抑え耐える。
その様子に興奮したのだろうか『感じてるの? 悪い子だね♪』と耳元で荒い息混じりに囁きながら何かをお尻に押し付けてくる。
この感触は自分の良く知っているものだった。その瞬間、恐怖や怒りなどを越えて頭が真っ白になった。頭が考えるのを拒否して意識が薄くなり、車内が混雑していなければその場で倒れていただろう。
男はしばらく擦り付けるように動くと、ズボンに熱いどろどろとした欲望の塊をまるで自分のものだとマーキングするように塗りつけてくる。
駅のアナウンスがして体が自然と出口に向かう。その瞬間『気持ち良かった?』と囁かれ体は改札口に向かわず男子トイレの個室に向かう。個室に入ると鍵も締めずそのまま便器に胃袋にあったものを全て吐き出してしまう。
何分吐いたか分からない。吐き気は治まらないが、空っぽの胃袋からはもう何も吐き出すことは出来なかった。ふらふらと立ち上がり洗面台の鏡を見つめる。酷いとしか言えない顔をしていた。ハンカチを濡らし汚れたズボンを拭く。そしてハンカチを洗いまた拭く。
その滑稽な姿を映す鏡を見て、何故か涙が溢れてくる。怒りではなく情けない自分に対しての涙だった。
時計を見るとすでに1時間目が始まっている時間だった。帰る勇気もサボる勇気もない僕はふらふらとした足取りで改札口に向かう。
足が鉛のように重く感じ、一歩一歩が苦しい。足が縺れ倒れる。朝のラッシュは終わっているが人が少ないわけではない。けれど僕に声をかける人は居なかった。
このまま死んで消えてしまいたい・・・・・・
そんな時、僕の体は空を飛ぶように浮き上がる。何が何だか頭が真っ白になる。
「大丈夫かい?」
僕はがっちりした大柄のスーツの男性にお姫様抱っこされていた。
心臓が高鳴る
息が荒くなる
変な汗が出る
「ふぇ・・・・・・はぃ・・・・・・全然大丈夫れひゅ!!」
気持ちが動転して変な声を出してしまう。まるでゲームや漫画でヒロインと主人公の初めての出会いのシーンのようだった。口元とズボンの匂いが気になりうずくまっていると逆にその男性は、心配になったのか顔を近づけて、少しでも顔を動かしたら唇が合うんじゃないかという位置まで顔を近づけてくる。
僕が合わせたその瞳はイヤらしさや興味本位といったものは全く感じずただ心配していると分かる瞳だった。こんな状態でしかも相手は男性なのに僕の心臓は自分が記憶している中で一番激しく動いている。相手に聞かれないように心臓を押さえるとその男性は、少し我慢してねと僕に伝えて救護室まで僕をお姫様抱っこのまま運んでくれた。男性は周りの視線を気にせず救護室の人に事情を話してベッドに寝かせてくれた。
色々なことが起こって頭の中がぐるぐる回っている。時計を見ると1限目は完全に終わっていた。もう間に合わないと分かると疲れが一気に溢れていつの間にか眠りへと入っていた。
「すみません、はい、急に大事な用事が入りまして。今日は休みます。明日残業でも何でもしますので・・・・・・はい・・・・・・辞職にしていただいても大丈夫です。」
電話の声で目が覚める。辞職・・・・・・何のことだ?
どれくらい寝ていたか分からないが僕はゆっくり布団から起き上がる。時計を見ると12時を回っていた。少しパニックになるが逆にここまで来るとさぼるしかないと諦めがついた。小学生から高校までの間で、一度も無断で休んだことがなかったので少しドキドキした。
「起きたかい?大丈夫かい? 」
目の前の男性は初めて会った僕なんかの心配をしてくれている。かなり大きな男性でスーツの上からでもがっちりしているのが分かった。お父さんもがっちりしているがそれ以上だった。そういえばお礼を言っていない
「えっと、僕は工藤葉といいます。色々と迷惑をかけてすみませんでした」
「俺は大石大。全然大丈夫だよ」
大きな手を差し出してくる。ぎゅっと抱きしめるように手を握ると優しく握り返してきてくれた。ただそれだけのことなのに何故か心臓の動きは早まった。どうしたんだろう僕は・・・・・・こんな気持ちは初めてだった。
「これから行けば午後の授業には間に合うと思うが・・・・・・さぼるのはどうだ? 」
意外な言葉に僕は戸惑った。てっきり学校に行くように勧められると思ったが答えは逆だった。
「元気がないからなぁ。そういう時はぱーっとご飯を食べてぱーっと遊んだ方がいい」
そう言うと答えを聞く前に大さんは僕の手を引っ張って外へと連れ出した。どうしたんだろうか、手を握られているだけで心臓がどんどん高鳴っていく。
授業をサボる事にどきどきしているのが原因だろうか?
それとも僕はこの人の事が気になっているのだろうか?
もしこれが恋心だったらどうすればいいのだろうか?
答えの出ないもやもやとした気持ちとは裏腹に大さんと一緒に食べるご飯や、一緒に遊んだゲームセンターは今まで経験したことがない程楽しかった。そして夜になる頃には僕の元気は戻っていた。こんなにお腹の底から笑ったのはいつぶりだろうか、大さんと一緒にいると今朝電車で起きた事が無かったと思うぐらい楽しかった。
「今日はとっても楽しかったです大さん。また僕と遊んでくれますか? 」
「あぁ、こんなおっさんでよければいつでも」
僕は勇気を振り絞って連絡先を聞いてみる。そうすると大さんが自分の携帯を僕に渡して、操作がイマイチ分からないからやってくれと伝えてきた。その様子がおかしくて笑うと大さんは頭を掻きながら申し分けなさそうにしていた。大さんとは初めて会ったのに一つ一つの行動が気になってしまう自分がいる。
僕は男で大さんも男・・・・・・
僕の好きは『ライク』であって『ラブ』ではないはず・・・・・・
朝の事がショックで気持ちがおかしくなっているだけ・・・・・・
自分の良く理解できない感情を考えないように無理やり閉じ込める。これ以上大さんと一緒に居ると明日からの電車がきっと辛くなる、大さんは明日一緒に居ないのだから。もし頼めば一緒の電車に乗ってくれるかもしれない、でもそれは自分が同姓に痴漢行為をされていることを伝えてしまう可能性がある。
それは凄く嫌だ!! 絶対嫌だ!!
僕は逃げるように家に帰ろうとしたがそれは出来なかった。僕の腕を大さんが握っていたからだ。
「葉君、もしよかったら俺の家に来ないかい? 」
「ふぇ・・・・・・」
情けない声を出してしまう。
えっとえっとえっと・・・・・・どういうことだ?
家に誘われている?
えっともし恋人が出来たとしてデートの帰りに家に誘われたとしたらつまりそういうことでそういうことがそうなってああなって。考えられる許容量を越えてしまいパニック状態になってしまう。
「ひゃあい・・・・・・お邪魔します」
無意識に返事をして僕は大さんの家へと向かっていた。大さんの家は自分の家の最寄の駅から2駅程で、いつでも遊びに行けるなぁと頭で大さんの家に通う自分を勝手に妄想する。
想像とは違い大さんの家は一軒屋だった。実家なんだろうかそれとも・・・・・・少し心臓が痛くなる・・・・・・あれっ・・・・・・何だこの気持ちは? もし大さんが結婚していたらどうなるの? 僕には関係ないことでしょ。
「大、遅いぞ、お腹空いてるんだけど」
玄関に現れた女性の姿を見て頭が真っ白になる。
あれっ・・・・・・なんで僕は落ち込んでるんだろう。
「おいっ、大、この子誰?すぐ紹介しろ!!」
目の前の女性が大さんの胸ぐらを掴んで僕の方を見てくる。あれっ・・・・・・奥さんではないのだろうか?夫婦とは思えない雰囲気と行動にきょとんとしてしまう。
「この子は工藤葉君。駅で知り合った俺の友達」
「私は大石奏、こいつの妹。大の友達という事は私も友達だよね?うん間違いない」
そう言って笑顔で手を差し伸べてくる。手を握り返すと興奮気味に痛い位に握り返してくる。大さんと似た雰囲気についつい笑ってしまう。部屋に入るとソファーに案内される。大さんがご飯を作るから食べていけと言われて頷く。大さんの手料理。無意識ににやついてしまう。
しばらくすると皿に盛られた大盛の炒飯と鍋に入ったわかめスープと取皿とお椀が置かれる。何と言うか男の料理と言うものだろうか。手を合わせて食事が始まる。母さんの料理も美味しいけど大さんの料理もとても美味しかった。食事の後に自己紹介をしながら他愛も無い話しをする。
楽しい時間を過ごせば過ごす程、明日の事が心配になってくる。幸せな時間を重ねれば重ねるほど辛い時間はどうなるのだろう?
「葉君、何か心配事か悩みがあるんじゃないか? 」
「葉君私達に話してみない? 話して楽になることもあるしね」
2人に話して拒絶されたらどうしよう? しかし2人の顔を見ていて何故かその心配は無いような気になる。それどころか勇気付けられている自分がいる。そしてあれだけ隠そうとしていたことを僕は自然と2人に打ち明けていた。
かなり不定期に更新します。気長にお待ちください。