はみだし者
姉の消息がつかめないまま、十年の月日が流れた。
当時四歳だった僕も今では中学三年生になり、身長もそれなりに伸びて、見た目だけでいえば思春期の真っ盛りだ。
けれど、心はずっとあの頃に囚われたまま。
僕は今でも、姉の帰りを待ち続けている。
◯
「お前って変わってるよな」
何気ない会話の中で、そんなことを言われた。
放課後の、教室掃除の時間。
クラスメイトの一人が珍しく声を掛けてきたと思ったら、あれやこれやと質問攻めをしてきた挙句、最後にはそう切り捨てられた。
確かに、僕はクラスでちょっと浮いている。
休み時間はほとんど一人で読書をしているし、部活には入らず、休日に誰かと遊ぶ約束もしない。
クラスメイトの大半がどこかしらの友達グループに属しているのを見ていると、僕のように孤立した人間は少数派で、やはり異端視される存在なのだろう。
これも姉の影響かな――と、時々考える。
姉と一緒に遊ぶのが何よりも楽しかった僕は、昔から姉以外の人間にはほとんど興味がなかった。
だからわざわざ学校で友達を作ろうとは思わなかったし、たとえ今回のように話しかけられても、会話の中身を無理に充実させようとも思わない。
変わっていると言われても仕方のないことを、僕は当たり前のようにやっている。
けれど、それが一体どうしたというのだろう?
変わっているというのは『他の人と違う』ということであって、あくまでも僕以外の人間を基準にしたときに使われる言葉だ。
もしも逆に僕のような人間がクラスの大半を占めていたとしたら、そのときはきっと僕のような存在こそが『普通』と呼ばれることになる。
そんな、まるで多数決のように決められる『普通』なんてものは不確かで漠然としていて、僕にとっては至極どうでもいいことのように感じられる。
とはいえ、僕以外のクラスメイトたちにとっては、それだけでは済まされない問題なのだろうけれど。
(……くだらないな)
僕は掃除用具を片付けると、人知れず教室を後にした。
◯
学校を出ていつもまっすぐに向かうのは、自宅の近所にある寂れた神社だった。
田畑と民家とが交互に並ぶ、田舎道の途中。
私鉄の沿線に見える小高い山の入口に、色褪せた赤い鳥居がぽつんと立っている。
そこを潜ると、奥にはこぢんまりとした境内が広がっている。
ちょうど教室と同じくらいの広さだろうか。
背の高い木々に囲まれたそこは日中でも常に薄暗く、手入れのされていない足元は落ち葉と雑草とに埋め尽くされていた。
鳥居の正面には、体育倉庫ぐらいの小さな社殿があった。
いつの時代に建てられたのかもわからない木造のそれは老朽化が進み、格子戸のガラスは割れ放題になっている。
僕の他に参拝客がいるのかどうかはわからない。
少なくとも、僕がここに滞在している間に他の誰かが訪ねてくるようなことは全くと言っていいほどない。
ただ、人間に限らなければ、先客はいつだって居るものだ。
「カミサマ。いるのか?」
僕がそう問いかけると、その声に導かれるようにして、社殿の裏側から『それ』はぬっと姿を現した。
なぁーお、と気の抜けた鳴き声がかすかに耳に届く。
現れたのは、一匹の猫だった。
社殿と同じくかなりの年を取った、覇気のないヨボヨボの猫。
もともと真っ白だったはずの毛並みは薄く黄ばんでボサボサになってしまっている。
よろよろと覚束ない足取りで、そいつはゆっくりと僕の方へと歩いてくる。
そうして僕の前に腰を下ろすと、くっとアゴを上げ、ほとんど目の開いていない、まるで眠っているような顔でこちらを見上げる。
ごはんをくれ、という合図だ。
「よし、待ってろ」
僕はカバンから弁当箱を取り出すと、わざと残しておいた煮干しをそいつに与えた。
『カミサマ』という名前は、僕が勝手に付けた。
由来は言わずもがな、この神社を根城にしていることからだ。
こいつとの出会いは十年前――ちょうど、姉が消えた頃のことだった。
姉がまだこの世に存在していた頃、幼かった僕はよく姉に連れられて、この神社へ何度も遊びに来た。
そして姉が消えた後も、僕は変わらず毎日のようにここへ通った。
ここで待っていれば、いつか姉が帰ってくるかもしれない――そんな気がしていたのだ。
けれど、いつまで経っても姉は帰ってこなかった。
もともと泣き虫だった僕は段々と寂しくなって、ついにはこの境内の端で泣き出してしまった。
そんな僕を慰めるようにして現れたのが、この白猫だった。
(こいつも年を取ったよなぁ……)
あれから十年。
僕は十四歳になった。
そして、カミサマの年齢はもはや誰にもわからない。
僕と出会ったときにはすでに成猫で、今と変わらず毛もボサボサだった。
言ってしまえば出会った当初から老猫のような風貌だったので、名付けの際も『神様』か『仙人』かで迷ったほどだ。
したがって、今では相当な老齢であることは間違いない。
姉がいなくなった後、まるで入れ替わるようにして僕の前に現れた不思議な猫。
最初の頃は、姉が猫の姿になって帰ってきたんじゃないか、と考えたこともあった。
けれど、姉はこんなふてぶてしい感じではないし、髪の毛だっていつもサラサラだった。
たとえ本当に猫の姿になったとしても、こんな不格好な野良猫のようになることはないだろう。
とはいえ、僕はこのカミサマのことが結構好きだったりする。
こんな寂れた神社で、常に一匹で過ごしている孤独な猫。
群れることはおろか、メス猫一匹寄せ付けるところも僕は見たことがない。
たぶん、子どもを作る気もないんじゃないだろうか。
(僕は、こいつに似ているのかもしれない)
自分と重ね合わせてしまうところがあるせいか、僕はこの猫のことを嫌いにはなれなかった。
むしろ羨ましいとさえ思う。
(どうせ似た者同士なら、僕も猫だったらよかったのに……)
もしも僕が猫だったなら、誰にも邪魔をされずに、ここでずっと姉の帰りを待つことができる。
それができればどんなにいいか――と、実現するはずのない夢に思いを馳せていると、
「その猫ちゃん、可愛いね」
「!」
いきなり、背後から声がした。
不意を突かれた僕は内心飛び上がりそうなほどびっくりした。
この神社に、人がいる?
ありえないことだ。
こんな寂れた場所に足を運ぶ物好きが、僕の他にいるだなんて。
僕は心臓をバクバクさせながら、恐る恐る後ろを振り返った。




