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カミサマ

 


       ◯


「これでわかったか?」


 いつのまにか、僕はカミサマのもとへと帰っていた。

 それまで幼稚園児だったはずの身体も、今は中学生の姿に戻っている。


「貴様の姉はな、十年前、学校でいじめられていたのじゃ。これでわかったじゃろう?」


 相変わらず眠そうな目をしたまま、カミサマは改めて言った。


「……あれは、本当のことなの? ただの夢じゃなくて?」


 未だ戸惑いを隠せない僕に、カミサマは小さく溜息を吐いて言う。


「夢であればどんなに良かったか。貴様の姉はいつも、神に手を合わせながら、心の中で泣いていたのじゃ。学校には自分の居場所がない。毎日がつらい、とな」


 それを聞いて、僕は胸が苦しくなった。

 僕の前ではいつも笑っていた姉が、僕の見えないところで、あんな風に傷ついていたなんて。


「神としてはやはり、信心深い人間のことは救ってやりたい。あの娘っ子はいつも神への祈りを怠らなかったし、たまに境内の草むしりもしていたからの。それに比べて貴様は、ろくに手を合わせようともしなかったが……」


「やっぱり、僕のせいなの? 僕がいつも姉さんにくっついていたから……。僕に合わせるために、学校での付き合いを疎かにしたから、姉さんは仲間外れにされたの?」


「それは、いじめの理由としては後付けに過ぎん。きっかけなんて、そもそも些細なことじゃ。貴様の姉は、周りの嫉妬を買ったのじゃ」


「……嫉妬?」


 カミサマは無意味な毛づくろいの手を止めると、改めて僕の方を向き直った。

 といっても、相変わらず僕を見上げるその瞳は開いているのかいないのかわからないけれど。


「貴様の姉は愛らしいじゃろう。周りの小童どもは少なからず、あの娘っ子に興味があった。しかし弟想いであるあの娘っ子は、そんな周りからの好意を無下にしたのじゃ。小童どもは自分が振り向いてもらえないことに腹を立て、あの娘っ子にちょっかいを出すようになった。それに周りが便乗していじめが始まり、いつしか常態化したのじゃ」


 好きな女の子が振り向いてくれないから。

 思い通りにならないから。


 だから、姉をいじめた。


 もともとは『好き』という感情から始まったはずなのに、どうして。


「好きだったから、姉さんをいじめたの? そんなことをされたら姉さんは悲しむのに……。それって何だか、矛盾してない? 余計に嫌われるだけじゃないの?」


「それがわかっていても、やめられない人間もいる。友人のいない貴様にはわからぬかもしれんがの」


 言われて、僕は黙った。

 カミサマが言うように、友達のいない僕にはきっと理解できないのだろう。


 好きな相手を大切にできない。

 どころか、相手を傷つけようとしてしまう。


 それは何だか、以前僕があの街で会った女の子――玉木のことを彷彿とさせた。


 鏡宮を失って、悲しみに暮れていたあの少女。

 彼女は、幼い頃からずっと一緒だったという鏡宮のことを傷つけた。


 猫に鏡宮を取られたから。

 寂しかったから。

 だから、鏡宮の大切にしていた猫を殺した。


 それで鏡宮が悲しむことは、わかっていたはずなのに。


「貴様の姉は、もうここにはいたくないと言った。じゃから、吾輩が連れていったのじゃ」

「……さっきの、丑の刻参りだよね?」


 夜中に家を抜け出した姉は、神社の神様に祈りを捧げていた。

 あれはどう見ても、僕もよく知る丑の刻参りで間違いなかった。


「そうじゃ。あの娘っ子が望んだからこそ、吾輩はその願いを叶えた。貴様の目には、姉が突然この世から消えてなくなったように見えたじゃろうがの。しかしそれがなければ、貴様の姉はいじめに耐えかねて自殺していたじゃろう」


「じゃあ、僕が姉さんに帰ってきてほしいって願ったのは……姉さんにとっては、自殺するくらいにつらいことだったってこと……?」


 僕が丑の刻参りで、姉に帰ってきてほしいと願ったから。

 だから姉は、つらい世界に耐えかねて自殺してしまったのだ。


「考え方によっては、そういうことになるやもしれんの。じゃが貴様の姉は、貴様のことは愛しておったはずじゃ。その証拠に、自分が消えた後は弟が寂しがるのではないかと、あの娘は心配しておった。じゃから吾輩がそれに代わって、貴様のお守りをしてやっていたのじゃ」


「それで、姉さんはどこへ行ったの?」


「…………」


 僕が尋ねると、カミサマは一瞬だけ、不服そうに薄目を開けた。

 けれどすぐにまたいつもの顔に戻って、


「……吾輩への興味は一切なしか」


「え?」


「いや、こっちの話じゃ。……そうじゃな。貴様の姉は、それまでのつらい記憶を忘れ、姿を変えて、そして遠い街へと旅立っていった」


「……死んじゃったわけじゃないよね?」


 わずかな希望を持ちながら聞くと、カミサマはまるで人間のようにこくりと頷いてみせる。


「会いたいか? 貴様の姉の、変わり果てた姿に」


 その問いかけはどこか含みがあって、無駄に僕を不安にさせる。


 けれど、僕の答えは決まっていた。


「会いたい。姉さんに。……たとえ、どんな姿になっていたとしても」


 会いたい。


 会って、謝りたい。


 姉がこんなにも寂しい思いをしていたのに、僕は今まで、何も気づいてあげられなかったのだから。


「あいわかった。ならば貴様をもう一度あの世界へ連れていこう。次は吾輩も同行する」


 言い終えるが早いか、カミサマはまたしてもその短い前脚を僕の額へと伸ばす。


 そうして肉球のやわらかな感触が届いたと思った瞬間、僕の意識は再びどこか遠い場所へと沈んでいったのだった。




       ◯






「ねえ、カミサマ。君は本当に……本物の『神様』だったんだね」


 再び幼稚園児の姿となった僕は、揺れる電車に身を任せながら、膝の上で丸まっている白猫に目を落とした。


「いかにも、神である。……が、『神そのもの』というわけではない。この身体は所詮『神の化身』じゃからな」


「化身?」


 車内の乗客はそれほど多くはなかったけれど、僕が話し出すと、周りからは自然と視線が集まった。


 小さな子どもが一人で電車に乗っているというのはそれだけでも目立つ。

 そこへさらに膝に猫を乗せて、いきなり話し出したのだから無理もない。


 さすがに、カミサマの声は僕だけにしか聞こえていないみたいだけれど。


「化身というのは、仮の姿ということじゃ。神がこの世に降り立つとき、そのままの姿で現れることはできぬ。吾輩が貴様の前に現われるには、この白猫の身体を借りる他なかった」


「仮の姿……。じゃあ君は、神様だけれど、身体だけは普通の猫ってこと?」


「何か引っかかる言い方じゃが……まあ、そういうことじゃ。そういうことでいい」


 不承不承といった様子で、カミサマは頷いた。


 と、そこへ次の駅へ到着するアナウンスが入る。


「次はー、岩倉。岩倉でございます。お降りの方は……――」


 耳を打ったのは、聞き覚えのある名前。


 つい数日前、僕も訪れたあの街の名前だった。

 鏡宮が以前住んでいた場所だ。


 そして、テレビやネットのニュースで何度も目にした、あの猫の首の事件があった街だった。






       ◯





 駅を降りた後、僕らはひたすら歩いた。


 途中、何度か知らない人に心配されたり、怪しい人に連れて行かれそうになったりもしたけれど。


 西の空が少しだけ赤みを帯び始めた頃には、僕らの足はとある神社へと辿り着いていた。


「ここじゃ。貴様も見覚えがあるじゃろう」


 カミサマの案内で僕が連れて来られたのは、以前僕も訪ねたことのある、あの小さな神社だった。


 閑静な住宅街の隙間に、ひっそりと佇む古い鳥居。

 その奥には幅二メートルくらいの細い石畳の道が伸びている。


「ここに、姉さんがいるの?」

「貴様の姉『だった』人物が、この先におる」


 だった、とカミサマは過去形で言う。

 つまり今の姉はもう、別人なのだ。


 過去を忘れ、僕のことも忘れてしまったという、姉の変わり果てた姿。


「……いこう」


 僕は自分に言い聞かせるように言って、足を踏み出した。


 境内の突き当たりには、掘っ建て小屋のような粗末な社殿がぽつんと建っている。


 そして、その付近から子どもの声が聞こえてきた。


 二人の、女の子の声。

 遊んでいるのか、楽しそうに高い声で笑い合っている。


 やがて僕が社殿の目の前までやってきたとき、


「! わあっ!」


 いきなり社殿の裏側から飛び出してきた人物と、僕は正面衝突した。

 そうして勢いのまま、僕の身体は後ろに倒れた。


「いっ……!」


 石畳の上に背中を打ち付けて、僕は仰向けになった。

 その上から、相手も覆いかぶさるようにして倒れてくる。


「! ご、ごめんね! だいじょうぶ⁉︎」


 高い声が、頭上から降ってきた。


 仰向けになったまま、僕は恐る恐る目を開ける。


 するとそこには、夕暮れに染まり始めた空を背にして、僕を見下ろす一人の女の子がいた。


 僕と同じくらいの、幼稚園児ぐらいに見える女の子。

 淡い色のワンピースを着て、長い髪を片方だけサイドテールにしている。


 ぱっちりとした、くりくりの目。

 幼いながらも、整った愛らしい顔。


 見覚えがある。

 初めて会うはずなのに、僕はこの子を知っている。

 確かな面影が、そこにあるのだ。


「……鏡宮……?」


 僕は瞬きをするのも忘れて、その子をまっすぐに見上げていた。


 あきらかに鏡宮の面影を持った少女が、そこにいたのだ。


 

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