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孤独

 


(……なんで居ないんだよ、鏡宮)


 半ば八つ当たりのような感情が、胸の奥に芽生える。


 なぜ、よりによって彼女なのか。

 他の誰かが一人や二人いなくなったって、僕は何も気にすることはなかったのに。


(なんで鏡宮なんだよ……!)


 僕は辺りを睨みつけるようにして教室の中を見渡した。

 けれど、どこを捜しても、鏡宮の姿は一向に見当たらない。


 彼女のいない教室は、ひどく味気ないような感じがした。


 なんだか胸にぽっかりと穴が空いたようだった。

 何か大事なものが失われてしまったときのようなこの感覚は、まるであのときの――十年前に姉が消えたときのことを彷彿とさせた。


 その考えに至ったとき、僕はハッとした。


(……そうか。僕は、今)


 寂しいのか、と自覚した。

 鏡宮がいなくなったことで、僕は今、孤独を感じているのだ。


 ひとりでいることが寂しい、だなんて。

 少し前の僕ならば考えもしなかった。


 いつのまに、僕はこんな風になってしまったのだろう。


 知らず知らずの内に、鏡宮の存在に甘えてしまっていたのかもしれない。

 彼女が隣にいてくれることを、当たり前のことだと錯覚していたのかもしれない。


 ――私、刀坂くんに甘えすぎてるのかな?


 彼女の言葉を思い出して、僕は頭を振った。


 ちがう。

 彼女が僕に甘えていたんじゃない。


 甘えていたのは、僕の方だ。


 彼女が隣にいてくれることの有難さを、ちゃんと理解していなかった。

 だから僕は今、彼女を失ってこんなにも孤独を感じているのだ。


 寂しい。


 鏡宮に会いたい。


 彼女に、隣で笑っていてほしい。


 あの明るい笑顔にどれだけ救われていたのかと、僕は今さらになって気づかされる。




 


       ◯






 昼休みが終わる頃には、僕は学校を飛び出していた。


 午後の授業はまたサボることになる。

 けれど今回は、前回のようにただ神社でボーッとするつもりはない。


 鏡宮に会いたかった。

 彼女の学校に行って、直接会おうと思ったのだ。


 もちろん、この世界の彼女が僕のことを覚えているとは思えない。

 接点のない僕らは赤の他人同士であることは承知している。

 たとえ実際に会ったところで、彼女はきっと僕のことを知らないだろう。


 けれど、それでも僕は彼女に会いたかった。


 それに、心配だったのだ。


 例の事件のせいで、猫殺しの罪を着せられている鏡宮。

 前の世界では、その重圧に耐えかねて、彼女は僕の街へと引っ越してきたのだ。


 もしもまだ彼女が前の学校にいるのだとしたら、今ごろ彼女はどうなっているのか。

 周りに白い目で見られて、つらい思いをしているかもしれない。


 僕は所持金がギリギリ足りるのを確認すると、最寄駅から電車に乗り込んだ。


 目指す先は、まだ一度も訪れたことのない場所だ。

 けれどその地名は、テレビやネットのニュースで何度も目にしている。


 駅と学校の名前が同じなので、間違うことはない。


 隣の県。

 僕の地元からは電車で二時間ぐらいの所だ。


 そこに、鏡宮がいる。


 今からだと、そこへ着くのはちょうど六時間目の授業が終わる頃だろうか。


 下校時刻に間に合えば、鏡宮に会えるかもしれない。

 正門の前で待ち伏せ――というと聞こえは悪いけれど、いま僕が彼女に会うにはそれしかない。


(頼む。間に合ってくれ……!)


 逸る気持ちを抑え、僕は揺れる車両に身を任せた。






       ◯






 結局、目的の学校に着いたのは午後四時を回った頃だった。


 終礼の時間はもうとっくに過ぎている。


(ちょっと遅かったな……)


 正門付近に突っ立っていると、下校する生徒たちがチラチラと僕の方を見ながら通り過ぎていく。


 鏡宮の姿はない。

 もしかすると、もうすでに下校したのかもしれない。


(……何をやってるんだ、僕は)


 心の中で、一人ごちる。


 つい勢いでここまで来てしまったけれど、この様子だと彼女に会うことはできそうにない。

 このままでは、ただの無駄足だ。


 試しに一度、そこらを歩いている生徒に鏡宮のことを聞いてみようかとも思ったけれど。

 しかし例の事件のことがある手前、安易に彼女の名前を口に出すことは躊躇われた。


 あれほどテレビやネットで報じられていた事件なのだ。

 犯人は見つかっていない――とニュースでは言っていたけれど、しかしここの学校の生徒のほとんどはきっと、鏡宮の噂を知っている。

 僕のような第三者が下手に首を突っ込むことで、彼女がまた非難を浴びてしまう可能性もある。


(もう少しだけ、待ってみるか……)


 それから二時間ほど待ってみたものの、やはり彼女は現れなかった。


 やがて閉門の時刻となり、すべての生徒が敷地の外へと追い出される。


 門の施錠にやってきた教師はちらりと僕を見て怪訝な顔をした。

 うちの学校に何の用だ――とでも言いたげな視線だった。


 他所の学校の制服を着ている僕は、特に目立つのだろう。


(そろそろ潮時かな)


 僕は諦めてその場を離れることにした。






       ◯






 夕暮れの中、僕は歩いた。

 どこへ向かっているのかは自分でもわからない。


 そろそろ電車に乗らなければ帰りが遅くなる。

 わかってはいるのだけれど、なんだか駅に向かうことすら億劫になっている。


 どうせ家に帰っても姉はいないし、鏡宮にも会えないのだ。


(鏡宮。僕はどうすればいい?)


 赤い景色の中で、僕は思案する。


 あの日。

 例の神社で丑の刻参りをしたことで、世界は変わった。


 なら、もう一度神様にお願いをすれば、僕はまたあの世界に戻ることができるのだろうか?


(でも……)


 たとえ前の世界に戻れたとしても、そこには姉が存在しない。

 死んではいないけれど、生きてすらいないのだ。


 なら、もっと別の世界を望めばいいのだろうか。


 けれど成功するという保証はないし、下手をすればさらに状況を悪化させる可能性もある。


(僕は、どうすれば……)


 ひとり頭を悩ませながら、ふらふらと街の端の方まで歩いてきたとき。


 ふと、赤い何かが視界に入った。


「…………あ」


 何気なく目をやると、そこには鳥居が建っていた。


 痩せっぽちの、かなり古そうな木製の鳥居だった。

 閑静な住宅街の隙間に隠れるようにして、ひっそりと佇んでいる。

 

 鳥居の奥を覗くと、幅二メートルくらいの狭い参道がまっすぐに伸びていた。

 足元は舗装されてはいるけれど、あちこちにヒビが入っている。


 かなり古い神社だろう。

 突き当たりに見える小さな社殿は、まるで掘っ建て小屋みたいだった。


 その姿を目にしたとき、僕は不意に、鏡宮の言葉を思い出した。


 ――私もね。引っ越す前は、こんな感じの小さな神社でいつも一人でいたの。少し前から、友達とあんまりうまくいってなかったから。


 

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