再会
(……どうなってるんだ?)
おかしい。
今の今まで僕は、あの神社の境内にいたはずだ。
夢でも見ていたのだろうか。
にしては、かなりリアルな夢だったけれど。
外はもう明るい。
枕元のスマホを手に取ると、画面に表示された時刻は午前七時過ぎだった。
そろそろ支度をしなければ学校に遅れてしまう――と、布団から身体を起き上がらせたとき。
画面に表示されていた壁紙を見て、僕は硬直した。
「…………なにこれ」
思わず、声が漏れていた。
スマホの壁紙に設定されていた、一枚の画像。
それは、今はもうあるはずのない、けれど見覚えのある一枚の写真だった。
一人の、少女の写真。
あどけない笑みを浮かべた、まだ幼さの残る顔。
年齢は小学校の中学年から高学年といったところか。
そこに映し出された姿を見て、僕は息をすることさえ忘れていた。
(……なんで、どうして……)
幻覚かと思った。
けれど、見間違えるはずがない。
長い黒髪をなびかせたその少女は、まぎれもなく。
十年前に姿を消した、僕の姉だった。
「…………」
十年前のあの日から、姉はこの世から存在自体を消したはずだった。
僕以外に姉を覚えている人はいなかったし、本人の写真だって一枚も残っていなかったはず。
けれど、あるはずのない姉の写真が、画面には映し出されている。
夢でも見てるのか、と思った。
けれどすかさず自分の頰をつねってみれば、普通に痛い。
夢じゃない。
一体何が起こっているのか――と考えたとき。
ふと、あの神社でのことを思い出した。
――ちゃんとした願掛けの方法、教えてあげるよ。
丑の刻参りだ。
鏡宮に誘われて実行したそれは、昼間にお参りするよりもずっと効力があるのだと、彼女は言っていた。
なら、あれは夢ではなかったのか。
神様にお願いをしたから、僕の望み通り、姉は帰ってきたのか?
姉が消えたのは、十年前の春だった。
まさかその当時に時間が戻ったのでは――と思い、僕は自分の身体を見下ろした。
あの頃の僕は、まだ四歳だったはずだ。
けれど、身体が縮んだような感じはなかった。
着ている寝間着もいつもと変わらない。
部屋の壁には中学校の制服が掛けられているし、カレンダーも現代のものだ。
時間は巻き戻ってはいない。
ということは、ここは変わらず現代であって、そして、今この世界には姉が存在している。
(……夢じゃない。……夢じゃない!)
僕は弾かれたようにベッドを飛び出すと、そのままリビングまで走った。
姉がいる。
姉にまた会える。
ずっと待ち望んでいたそのときが、ついにきた。
家の階段を駆け下りて、勢いよくリビングの扉を開ける。
すると、そこには。
「……――」
見慣れない、仏壇があった。
リビングの扉を開けた、その正面。
白い壁を背にして、そこには立派な金仏壇が置かれていた。
「…………え?」
昨日までは、こんな場所に仏壇なんてなかった。
予想外のことに呆気に取られていると、リビングの奥の方から母の声が届く。
「あら、社。今日はなんだか賑やかねぇ……」
その声は確かに母のものだったけれど、なんだかいつもより元気がないように聞こえた。
「母さん? なんで、ここに仏壇が――」
そこまで言いかけて、僕はギョッとした。
リビングの奥を覗くと、そこにいた母は食卓の椅子に腰かけて、だらりと首を斜めにしたまま、虚ろな目でこちらを見つめていた。
まるで覇気のない、ほとんど死人のような顔だった。
「……母さん、どうしたの?」
僕は恐る恐る尋ねた。
いつになく青白い顔をした母は、「何が……?」と、消え入りそうな声で言う。
その頬は痩けていて、顎のラインも骨張っている。
なんだか気味が悪い。
その異様な雰囲気から逃れるように、僕は辺りを見回して、姉の姿を捜した。
けれど、母以外にはリビングには誰もいなかった。
「社……どうかしたの?」
なおも母が僕に声をかけてくる。
仕方なく、僕は母に尋ねた。
「あの……姉さんは?」
瞬間。
母は首を斜めにしたまま、その細い肩をびくりと跳ねさせた。
そして、
「ああ……そうねえ。そろそろ十年だものねぇ……」
言いながら、母は気怠げに右腕を持ち上げて、仏壇の方を指差した。
「今日もちゃんと……お姉ちゃんに挨拶するのよ?」
その言葉に、僕は背筋が凍る思いがした。
母に促されるまま、再び正面の仏壇へと視線を戻す。
リビングの壁際に据えられた、立派な黒塗りの金仏壇。
そのすぐ隣にある棚の上に、黒い額縁に入れられた写真が飾られている。
遺影だった。
そこに写っている顔を見て、僕は愕然とした。
額縁の中で、あどけない笑みを浮かべている一人の少女。
それはまぎれもなく、スマホの壁紙に設定されていたあの写真と同じ。
十年前から時が止まったままの、姉の遺影だった。
第2章 (終)




