多分、藪の中の図書館
最後まで読んでみてください。僕は俺なんて使い慣れてないし、小説を書いた経験もそんなにない。でも幻想文学の盛りにできうる限り尽力したいのさ。感想もぜひ、レビューもぜひ、お願い致します。
ギィーーーーーーーーっと耳障りな音が遠くから、眩しい光と一緒にやってきた。深い森のトンネルの中、錆びれた線路の上に立ち、機関車のライトが近づいてきたような。
え? 平々凡々な、いつまでもうだつの上がらない映画監督の手法だって?それで結構さ。嘘じゃあない本当にそうして俺の夢が始まった。すうっとね、ジェットコースターで内幕から外に飛び出る感覚、あれに近かった。
おっと、つまづきそうになった。背中をだれかに押されたような気がする。
気づけば気の抜けたように立っていたんだ。おかしいさ、僕は僕の意思で立ってるってのに、何だかソファに腰かけてるみたいにさ、脱力感に包まれていたんだ。ちょっと気を抜けばヒョロヒョロっと倒れちまう、そんな頼りない態で、ちょこんと立っていた。
木の優しさが足裏に伝わってくる。ちょっと俺の重さでヘコんじゃったような、そんな柔軟さ。
「あっ!図書館」
俺の左斜めには、カウンターがあって司書が二人ゴソゴソとやっている。肥えた四十過ぎの、いかにも、大きなマヨネーズの隣に置けば良い芸術になりそうなおばさんと、その奥で座って頭を大げさに震わせてるこれも三十後半のおばさんが、まぁ忙しそうにしている。
カウンターの前は開けていてね、赤いと言うより紅い、京都の寺院の血天井のシミみたいな色をした絨毯がドンっと敷かれてる。その上にはシャンデリア。古いよこれも、趣味が古いさ。金のメッキがところどころ剥がれてる。でもその光は、薄くて淋しげで、悲劇的だった。空気がこのシャンデリアのためにかすんでいるって具合さ(明るく照らしはしないんだ)カウンターを左手に、「コ」の字型に本棚が並んでいた。
本棚はノッポ、とにかく俺の2倍はある。嘘じゃない。それも木製で、黒ずんだ茶色(要するにバーのテーブルみたいな色さ)
ギュウギュウに並べられてるのは色トリドリの洋書みたいな本たち。これもよく集めたもんだと感心するくらい洒落た雑貨のような本さ。赤、緑、青、茶、どれもこれもシャンデリアの哀しい明かりにセピア色に変じて映った。
アジア風の紅い絨毯に俺の足は乗っていやしなかった。俺はちょっと離れてその光景を見ていた。司書の他に人はいそうになかった。とにかく俺は、居心地が悪くなって本棚の間に身を潜めた。
この図書館は、多分、藪の中。だってね、こんなボロ木材で防音なんてしようがないだろう?大抵車の音や、様々の喧騒が耳に入るものさ。でもこの図書館は、あんまり静かすぎる。宮沢賢治の何とかの多い料理店みたいな感じさ。へへへ。
本棚は幾つか並んでいた。天井はまぁ低くなかったが、ヤカタ自体の広さはどうも狭い。無理して本棚を押し込んでるって印象さ。
僕は本棚の間をゆっくり歩き出した。西洋風のヤカタは全く俺にとって不思議で、やっぱり異様だった。でも、ちょっとワクワクしたんだ。高い本棚がカラフルなトンネル、その隙間を進んでいく、こんな経験は、俺の人生の中になかった。前に『世界の図書館』みたいな題名の本で見たような、オシャレで心躍る小世界。所々むき出した壁に掛けられた洋風のランプが、辺りの背表紙をほんのり照らして、本棚はまるで虹色幾何学模様の銀河鉄道。満員電車、所々ヒトにもたれて楽してる奴がいる。俺は見てるぞ!はは。ブゥーンっと汽笛が本と本の隙間から鳴りそうな予感。そのうちカラフルな背表紙が光沢を失ったタイルのように見えてくる、錯覚かね。はは。パッパッパっと灯りが過ぎ去っていく。色褪せたオレンジの光。ゆっくりゆっくり、静かに静かに、本のために灯り、洋館の錆びた空間を優しい光線で包む、ランプよ。お前は献身的だな。トンネルは続いていく。ああ、古本の匂いがする。落ち着く香りだ。ちょっと湿っぽくて、鼻腔に沁み入るそんな香りだ。斜め上に赤い分厚い本の群れ。辞書かな? 暗くて文字がわかんないや。本に敷かれた板をなぞってみた。すぅーっと細いから、たまに指が空に浮くや。棚と棚の間で途切れてパチンパチン。俺は本棚の仄暗いトンネルをどこまで歩いてきただろう。広くないなんて嘘だった。いつまでも続いている。闇、夕陽、闇、夕陽、ねぇ、照明を当てられてギラギラ光る宝石よりずっと綺麗で、美しいじゃないか。
不意にこのトンネルを支えている本たちの息吹を感じた。そんなに本なんて読まないけれど、こんなに美しい装飾にちょっとね、触れたくなった。壁掛けランプのそばで立ち止まって、胸元のワインレッドの本を取ってみた。表紙はよくわからない、英語じゃないけど読めない。おうとつはあるけれど何だかそっけない装丁だ。箱に入った世界文学全集みたいなそんな味気なさ。取り上げた一冊が悪かったのかな?ちょっと興がさめてしまった。ランプのともしびに文字を読む。〇〇の〇〇。なんかビッシリ文字で埋まっていた。ケッ、違う本でも取るかと思って閉じた。立ち読みは苦手なのさ。
つと、その時、裏表紙と本文の間にやけに分厚い間隙があるのに気づいた。
「何だろう」
指をはさんで開いてみた。左の手に表紙より濃いワインレッドと、右の手には古書独特の日焼け色。カビ臭い匂いがぷぅんとあたりに散る。
なにやらワインレッドが窮屈そうにしている。茶色い封筒みたいなのがへばりついてたのさ。俺は最初、貸出期間票かなんかをしまうやつだと思った。でもそれにしてはずいぶん厳重だぜ。だってやけに細長くて、不格好なのさ。だいたいそのまま貼り付けりゃ済むのだから、もったいぶって封筒に入れなくたっていいじゃないか。
頭上の壁掛けランプは沈黙して、しゃがみ込んだ俺を見下ろしていた。俺はゴソゴソとまるで盗っ人のように封筒の上端を弾いた。なぜだろう、俺は本当に盗っ人みたいな感じに襲われていたのだろうか?それともヤカタの薄暗さが俺の心臓を縮めたのか?わからない。とにかく俺は、必死に封筒の中に指をぐっと差し入れた。固い感触、指に吸い付いて離れない感じ。乾いた親指が粘着して、ぐっと引きずり出した。
「あ」
--------俺の顔。
灯火のセピアに透かされた、俺の顔写真。学生証みたいにかしこまって、でも幽霊みたいな俺の顔。
「わっ!」
静謐は破られた。
------俺はいつもの布団にいた。頭がジーンと痛む。しばらく胸の動悸が止まらなかった。汗でシャツが湿って臭い。悪寒が夢の後から余韻となって背筋をダニのようにスルスルっと走った。
ドキッとしたんだ。まるで指名手配犯が人に指差された時みたいに。俺は予告されていたのか?運命は俺をあの一冊に、ワインレッドに導いたのか?決められていた。全部が全部?
俺は思うんだ。幻想はさ、自分で作り出すしかないんだ。自分のまなこで、探すのさ。でもね、きっと、きっと、嫌だけれども、きっと、幻想は、計算機の勘定と同じ。
またのお越しをお待ちしております。