LⅪ
「何…あれ…」
現実世界では考えられないような構造にアイリスは混乱した。
「ここはあいつの作った世界だ。これくらい当たり前のように起こるだろうな」
トーラはアイリスと相反して、いつものように冷静だった。
その落ち着き様にアイリスも、少しだけ冷静になることができた。
「やぁ、出口は見つかったかな?」
頭の上から声がする。
アイリスたちが頭上を見上げると、そこにはダイスとロイが入った砂時計が優雅に浮遊していた。
砂時計の中のロイはぎりぎり顔が見えるくらいにまで埋まってしまっていた。
「出口っていうのはこれのこと?」
アイリスが神殿の下を指さす。
ダイスは大げさにのぞき込む動作をして、頷いた。
「まさしくそれの事だ!素晴らしいね、君たちは」
ダイスが指を鳴らすと、砂時計にひびが入る。
その日々は見る見るうちに広がっていき、やがて粉々に砕け散った。
無数に落ちてくる砂とガラス片に紛れて、ロイが落ちてくる。
「ロイ!」
アイリスは一目散に駆け寄る。
「ロイ!大丈夫!?」
アイリスが憔悴しきった顔でロイを揺らすが、反応がない。
「大丈夫、ただ気を失っているだけだ」
トーラがロイの脈を計り、そう答えた。
ロイの服に付いた砂とガラス片を払い、そっと床に寝かせる。
「さて、出口も見つけたし、ロイも助けた。ここにはもう用はないな。アイリス、帰るぞ」
トーラはロイを担ぎ上げ、神殿の下に落とした。
「ぐっ…」
ロイの肺から空気が漏れる。
その衝撃でロイが目を覚ました。
「あれ、ここは…」
ロイは混乱しながら、あたりを見渡す。
「ロイ!」
ロイが上を見上げると、上の方からアイリスが降ってきた。
普段のアイリスのように、高いところから落ちてこけるというようなドジはせず、見事なまでの着地を決めた。
「すごいな、君…。常にその動きができれば僕たちも困らないのに」
「そんなこと、どうでもいいでしょ!大丈夫だった?」
アイリスの鬼気迫る表情に、ロイは冗談をやめた。
その時、上のほうが揺れた。
そして、少し遅れてすさまじい爆音が穴中に響く。
「一体、上で何が…」
アイリスたちは心配そうに上を見上げた。
一方、トーラはダイスと対面していた。
その顔はまるで悪魔のように口角が上がっていた。
「邪魔者には退場願った。さぁ、shallwedance?」
トーラは愉快そうにそういうと、ダイスの目の前から消えた。
次の瞬間、ダイスの顎のあたりを何かがかすめる。
「当たらないか、まぁ仕方ない」
どこからかトーラの声が響いた。
「面白いことするね、君」
ダイスは楽しそうに笑みを浮かべてあたりを見渡す。
しかし、トーラの姿を見つけることはできなかった。
「困ったな、これじゃゲームにもならない」
ダイスは適当に手を振ってあたりに何もないことを確かめ始めた。
「近くにもいないのか…」
「恋しいか?なら、終わらせるとしようか」
トーラの声が聞こえた次の瞬間、ダイスを取り囲むように何本もの槍が姿を現した。
「異法“ゲイボルグ”。生き血を欲する呪いの槍だ。まぁ、名前を覚えたところですぐに死んでしまうから関係ないがな」
ダイスの目の前が陽炎のように揺らめき、トーラが姿を現す。
「……」
ダイスはただトーラを見つめるばかりだった。
「はぁ…、死にそうなのに命乞いも無しか。実につまらん奴だな」
「俺は君が何を求めているか分かっているからね、だから俺からの精いっぱいの嫌がらせだよ」
「そうか、残念だな。それが貴様の最後の言葉か」
トーラが右手を前に突き出す。
突き出した右手を少しづつ握っていくと、ダイスを囲む無数の槍が徐々に距離を詰めていった。
「なぁ、君はチェスをやるか?」
ダイスはいつもの口調でトーラに語り掛ける。
「…生憎、私は頭脳戦は苦手でな」
「そうか、それなら一つチェスのルールを教えてあげよう」
槍の陰に隠れて、ダイスの表情はつかめなかったが、まるで何かを企んでいるような声だった。
「チェスにはキャスリングというルールが存在してね、間に何も駒がない時にキングとルークの位置が入れ替わるんだ」
(まずいっ!)
トーラがとっさに距離をとるが、遅かった。
「“キャスリング”」
次の瞬間、何かを貫く音が辺りに響いた。
肉を貫いた槍が赤く染まっていく。
「ふぅ、危なかった」
「まぁ、君の敗因は姿を現したことかな」
ダイスは槍の山にそう声をかけると、神殿に空いた穴を覗いた。
「やぁ、お待たせ。最後の試練と行こうか」
「トーラは!?トーラはどうなったの!?」
アイリスがダイスにつかみかかろうとするが、手が届かない。
「彼女が気になるかい?それなら、見せてあげるよ」
ダイスがそういうと、ダイスの後ろから赤黒い球体がふわふわと飛んでくる。
それが何かを理解するのに、さほど時間はかからなかった。
「うっ…」
アイリスは口まで上がってきたものを必死に押し戻す。
その球体は今もポタポタと鮮血を滴らせていた。
「ダイス…」
アイリスの目に殺意が宿る。
「殺してやるっ!」
アイリスの声に呼応するかのようにアイリスの周りに無数の魔法陣が広がる。
次々と現れる魔法陣からは無数の刀剣が飛び出していった。
「へぇ…、そんなことできるんだ」
ダイスは最小限の動きですべて避け切る。
「面白いね、上っておいでよ」
ダイスがそういって右手の人差し指を曲げる。
すると、アイリスが何かに引っ張られるように浮かび始めた。
そしてダイスの目の前で静止する。
「それじゃ、最後の試練だ。俺を殺してごらんよ」




