LX
アイリスは目の前に立つ男を知っていた。
知っているはずだった男は不敵な笑みを浮かべた口を開く。
「それ、嘘だから」
男はそういうと背中を丸める。
「ふっ」
息を一気に吐き出すと男の背中から大きな翼が生えてきた。
バサバサと羽ばたくその翼はとても幻想的で、それと同時に恐ろしいもののように感じた。
「改めて自己紹介をしようか。俺の名前は“ダイス”。遊戯の神ってところかね」
ダイスは不敵な笑みを浮かべ、そう言った。
「遊戯の神か…。それじゃ、この空間は貴様が作った遊技場か?」
トーラの問いにダイスは頷く。
「目的はなんだ」
トーラは鋭い目でダイスを問い詰めた。
しかし、ダイスは意に介さない様子で笑う。
「やだなぁ、怖い顔しないでよ。俺はただ遊びに付き合ってほしいだけさ」
へらへらしながら、ダイスは人差し指を立てた。
「まず、第一の試練。この空間で君たちがすべきことを言いなさい」
ダイスは両手を広げて一回転した。
そして再びアイリスたちのほうを向き、止まる。
「シンキングタイムは3分あげよう。頑張って答えを出したまえよ」
パチン
ダイスが指を鳴らすと、煙とともに大きな時計が現れた。
その時計から針の音が聞こえる。
「さあ、考えたまえ人の子よ!」
ダイスが楽しそうに声を張る。
その声と同時にアイリスとトーラは頭を寄せる。
「あいつはああ言っているが、どうする」
「ダイの力は本物よ。あまり逆らうのは得策ではないかも」
「なら、ここから出るために考えろという事か…」
ふたりはそろって周囲を見渡す。
さっきまでいたヴァルハラと同じような景色で、周りにはいくつかの神殿とその中央に大きな階段があった。
「構造は同じか…。なら、出口を探すのが優先事項だな」
トーラはそう言って階段を下る。
しばらく降りた先には案の定、巨大な門がそびえたっていた。
「やっぱりな…」
一人で納得しているトーラの後ろでアイリスは息を切らしながら階段を下りてきた。
「置いていくなんてひどい…」
アイリスの言葉にトーラは振り向く。
しかし、トーラはアイリスのことを見ていなかった。
トーラの瞳はアイリスの奥、階段の一番上の神殿を捉えていた。
「時間だよ。答えは出たかな?」
ダイスは楽しそうに上から降りてくる。
「ここから出ること、だろう」
トーラが答えるとダイスは大げさに驚いた。
「すごいじゃないか!よく分かったね」
「馬鹿にしているのか?」
トーラはダイスに鋭い目を向ける。
「おお、怖い怖い。落ち着きなよ、君たちは第一の試練をクリアしたんだ。もう少し喜びなよ」
ダイスは笑顔を崩さずに右手の指を二本立てた。
「それじゃ、第二の試練だ。と言っても、もう何をすればいいのか分かってると思うけどね」
「出口を探すこと」
ダイスの言葉にトーラが返す。
「それじゃ、制限時間は10分だ。それと、ここから少しだけスリルを味わってもらおう」
ダイスが指を鳴らすと、その場に巨大な砂時計が現れた。
そしてその中に何やら人らしきものが横になっていた。
「…ロイ?」
アイリスは横たわるロイに話しかける。
「……ん?」
ロイは目を覚まし、寝ぼけたような眼で辺りを見渡す。
そして、自身のみに起きている異変に気付いた。
「どうなってる…」
ロイは焦りながら、ガラスを叩く。
しかし、ガラスは一切割れる気配がなかった。
「ロイ!」
アイリスが外からガラスを叩くと、ロイがそれに反応するようにアイリスのほうを向いた。
しかし、ロイの目はアイリスを捉えてはいなかった。
「そこに誰かいるのか!?」
「無駄だよ、彼にはガラスの向こう側の景色が見えていないからね」
ダイスが砂時計をコンコンと叩く。
「君たちがこの空間の出口を見つけることができれば、ロイの事も助けてあげよう。ただし、もしも見つけることが出来なければ、この砂時計の砂が全て落ち、残念ながらロイは埋もれてしまうだろうね」
ダイスは楽しそうに笑った。
「ダイスッ!」
アイリスがダイスに掴みかかろうとしたが、その腕をトーラが抑えた。
「アイリス、行くぞ。こんな奴などにかまっていては時間が来てしまう」
トーラに諭され、アイリスはしぶしぶその場から動いた。
アイリスとトーラは階段を上っていく。
少し上ったところでトーラが止まった。
「私とアイリスは強いぞ。必ず時間内にロイを助け、貴様を跡形もなく消し去ってやる」
トーラが振り返らずに放った言葉からは確かな怒りが感じられた。
「それで、何も考えずに階段を上ってきたけれど、こんな適当に探して出口なんて見当たるの?」
先に上ったはずのアイリスがトーラの後ろで息を切らしながら言う。
「ああ、大丈夫だ。出口ならある程度見当がついている」
トーラはアイリスを心配する素振りすら見せずにどんどん先に進んでいく。
そして、階段の一番上にある神殿に着くと、おもむろにその柱を触り始めた。
「何をしているの?」
アイリスの質問にも答えることなくはしらを一本一本確かめていく。
やがてすべての柱を確かめ終わるとトーラは頷き、ようやくアイリスのほうを向いた。
「これならいけるな」
「トーラ…、一から説明してもらえないかしら。私にはさっぱり分からないわ」
アイリスがそういうと、トーラはまるで憐れむような眼でアイリスを見た。
「私たちは何を探していた?」
「え?」
トーラの突然の質問にアイリスは固まる。
「私たちは出口を探していただろう。それくらい覚えておけ」
「それじゃあ、ここが出口って事?」
アイリスが神殿を指さすが、トーラは首を横に振る。
「正しくはここではない」
そういうとトーラは神殿の床に勢い良く拳を振りかざした。
ドォンという低い衝撃音とともに、床にひびが入る。
「答えはこの神殿の下にあるはずだ」
トーラはひび割れた床を何度も殴った。
すると、床の一部が下に落ちたのが見えた。
その穴から下を覗き込む。
そこにはヴァルハラの入り口にあったような巨大な石の門が床に張り付いていた。




