LⅨ
大変お待たせしました。これからはもう少し早く更新しますので、お付き合いください
「げほっ」
辺りを包む砂埃の中でアイリスは仲間を見失っていた。
視界が悪く、自分の手元ほどしか見えない。
「ロイ?クラーク?みんな、どこにいるの?」
いくら頭を動かしても、砂埃が止む気配はなく、アイリスはだんだん心細くなっていった。
「そうだ!過去へ戻れ、“ウルズ”!」
アイリスは手を前に突き出し、ノーツを発動させる。
すると、周りの砂埃はどんどん地面に吸い込まれるように下に落ちていく。
やがて完全に砂埃が消えると、神殿には何もなかった。
何も起きていなかったのではなく、文字通り“何もかもがなくなっていた”のだ。
「あ…れ…?」
アイリスの顔が引きつる。
「皆がいない?もう、こんな時にかくれんぼなんてしてないで出てきてよ」
アイリスは笑いながら辺りを探す。
しかし、どこを探しても誰も見つからない。
それどころか、自分以外の生き物の気配が感じられなかった。
「どうなっているの?」
アイリスは焦りを隠せない。
次第に心細くなり、その場に座り込む。
「まさか…失敗?」
「いや、成功した」
アイリスのすぐ後ろから声がする。
アイリスが振り返るとそこにはトーラが背中合わせで座っていた。
「何であなたが…」
「それはお前の心の中にいたからだよ」
トーラはゆっくりと立ち上がる。
「お前はヴァルハラゲートを“三度”通った。それは覚えているか?」
トーラはアイリスのほうを向き、問いただすように言った。
「そんな訳ないわ。ここに来たのは今回が初めてよ」
「いや、お前は確かに三度通った」
アイリスの答えにすぐ訂正を入れる。
アイリスはよく考えてみることにした。
(私がここに来たのは、今回が初めて。だけど、トーラは三度通ったと言っている。私にはダイ達と入った一回の記憶しかない。まさか…)
「ノルン…」
アイリスが漏らすように言ったその言葉をトーラは肯定する。
「お前がヴァルハラゲートを開ける前に見た“夢”。あれは、ノルンがお前を呼んだことによる意識障害だ。強大な力はたとえ魔術師であろうとその影響を受けるからな」
アイリスはだんだん呼吸が早くなる。
「お前に落ち度があるわけじゃない。ただ、このヴァルハラはこの短期間にヴァルハラを行き来したお前を反逆者として隔離したんだろうな」
「それじゃ…」
「ここにはお前と私、二人しか存在しない」
アイリスの視界が歪む。
急な吐き気がアイリスを襲い、その場に吐瀉物をまき散らす。
しかし、いくら吐いても気分は良くならない。
「そこまで私と一緒にいるのがショックだったか?」
トーラが尋ねるものの、アイリスは独りで何かをつぶやいている。
「そんな…それじゃ、私の“計画”は?私の旅はここで終わり…?」
うわ言のように繰り返しているその言葉の意味をトーラは理解できなかった。
「アイリス、もう少し気をしっかり保て。まだ一生ここで過ごすと決まったわけじゃない」
トーラはそういうと、神殿の入り口に向かう。
そこから出ようとするが、何か見えない壁のようなものに阻まれ、外に出ることができなかった。
「なるほど、ここが“出口”か…」
トーラはそういうと、その透明な壁に右手を付ける。
大きく深呼吸をし、全体重を右手にかけた。
トーラの足元が大きくひび割れる。
しかし、透明な壁はびくともしない。
「思ったよりも頑丈だな」
トーラはちらっとアイリスを見る。
まだ立ち直っていないようで、ずっと同じことをつぶやいている。
「役立たずな子孫だな」
トーラは再び壁を見る。
ゆっくりと構え直し、手に魔力を込めた。
「久々に使ってみるか」
そういうとトーラは魔力を込めた手を壁に付けた。
「我が前に立ちふさがる者はすべて等しく我が敵なり“愚かなる鉄槌(ザ・フール)”」
トーラの手に込められた魔力が爆散し、その衝撃が壁に伝わる。
その爆風はアイリスにも届き、アイリスはトーラから目を離せなくなった。
しかし、そんな強力な魔法をもってしても、アイリスたちを封じ込める強固な壁は崩れなかった。
「チッ」
トーラは舌打ちをする。
しかし、トーラの魔法は全く無意味というわけではなかった。
「私も頑張らないと…」
アイリスはそう言って壁に歩いていく。
そっと壁に手を当てると、そこには確かに何かがある感触がした。
アイリスは人を隔離するために作られた鋼鉄の壁を思い浮かべる。
「今までやってきたことを応用すれば…」
アイリスは自分を落ち着けるために口に出す。
そして、頭の中でその鋼鉄の壁が壊れるイメージをした。
そのイメージが頭から離れないうちに、壁に魔力を注ぎ込む。
すると、見えない壁がピシッという音を立てた。
「トーラ、これならいけるかもしれない!」
アイリスはすっかり立ち直り、いつものように目を輝かせている。
「出られると分かった瞬間に命令とは…私の血を引くだけのことはあるな」
トーラはそういうと、アイリスの手に自分の右手を重ねた。
「アイリス、いいことを教えてやる。二人の魔術師が同じイメージを共有し、全く同じタイミングで魔力を当てることで、その魔力同士は同調し、より強力な魔法となる」
トーラは面白いものでも見たかのように口角を上げる。
「さぁ、神に一矢報いてやろうじゃないか」
トーラがそういうと、アイリスの頭の中に大きな壁のイメージが流れ込んでくる。
「準備はいいな?さぁ、行くぞ3、2、1…」
ドンッ!
アイリスとトーラの魔力が壁に伝わる。
ふたりがスッと手を離すと手を当てていたところから、ガラガラという音を立てて壁が崩れる。
アイリスは試しに神殿の外に手を伸ばしてみた。
そこには今まであった壁はなく、そのまま神殿の外の空気を掴む。
「やった…やった!」
アイリスは子供のようにぴょんぴょんと跳ねながら喜ぶ。
「さて、戻るとしよう」
トーラはアイリスの手を引き、神殿を出た。
「戻るって、どこにかな?」
今までいた神殿の中から声がする。
アイリスは素早く振り向いた。
すると、そこには一人の男が立っていた。
「ダ…イ…?」




