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ノーツ・アクト  作者: 蜂屋 柊楓
第三章 神域ヴァルハラ
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LⅦ

「何で、フェンリルが…」

仲間たちの驚く声が後ろから聞こえてくる。

しかし、一番驚いているのはアイリスだった。

「……」

アイリスは手に持った指揮棒を見る。

少し古いデザインの指揮棒には淡い光が宿っていた。

「こざかしい真似を!」

大神は顔を赤くしながら構える。

さっきよりも早く攻撃を仕掛けてきた。

バァン!

まぶしい光の中で、フェンリルの猛々しい声が響く。

光が止むと、苦しそうな顔をした大神がじっとフェンリルを見つめていた。

汗をだらだら流す大神には右腕がなかった。

フェンリルは無造作に口から何かを吐き出す。

ボトッという重い音を立てて、地面に吐き捨てられたものは、大神の右腕だった。

「貴様ァ…」

大神の顔が歪にゆがみ、目を見開いてアイリスを見る。

「ここから生きて帰れると思うなよ…」

そういうと、大神は振り返って去っていった。

大神が歩いた道にはボタボタと赤々とした血が垂れていた。

「どうすんの、これ」

ロイが血を見ながら言う。

「私…とんでもないことした?」

アイリスの顔がだんだん青ざめていく。

ロイたちはみんな黙って首を縦に振った。

ドサッ

アイリスはそのまま意識を失った。


「…い、おーい」

ぺちぺちと何かが頬を叩く。

目を開けると、ロイが木の枝で頬を叩いていた。

「…何するのよ」

「あ、やっと起きたか」

周りを囲む仲間たちは心配そうな顔でアイリスを覗き込んでいる…ということはなく、みんな揃ってまたか、という顔をしていた。

「アイリス…いくらなんでも気絶し過ぎじゃないか?一度医者にでも見てもらった方が…」

ネジ子が心配そうに言うが、アイリスはそれを拒否した。

「医者は嫌よ。何をされるかわからないもの。それに、そんなに大したものでもないから大丈夫よ」

アイリスは蒼い顔をしながらそう言った。

アイリスには思ったよりもトラウマが多いようだった。

「いまさら謝っても許してもらえないよね…」

アイリスはノルンを見る。

ノルンは黙って首を縦に振った。

「よし、ここから逃げましょう」

アイリスは素早く身支度を整え、ノルンの神殿の入り口まで移動する。

「楽しそうなことしてるじゃん」

アイリスが周囲を確認し、外に出ようとした瞬間、聞き覚えのない女の声がした。

「上だよ」

アイリスが上を見上げると、そこにはアイリスと同い年ぐらいの女の子が座っていた。

「初めまして、人の子。私はバーニー、神様だよ」

スタッと見事な着地をして降りてくる。

そして、手を前に出した。

「握手しようよ」

ニコッと笑い、アイリスが手を出すのを待っている。

アイリスがその手を取ろうとした時、

「バーニーに触っちゃダメ!」

ノルンの叫び声が聞こえた。

その直後、バーニーの手から火柱が上がる。

「あーあ、つまんないの。あともうちょっとで人間の直火焼きができたのに」

バーニーは子供のように不貞腐れた。

「だからやめとけって言ったじゃない」

アイリスの後ろから声がする。

そこにはバーニーと対照的な大人びた雰囲気の女の子が立っていた。

恐らく、この子も神なのだろう。

「私はフロスト。人の子、大神様に危害を加えてそのまま帰れると思うの?」

淡々としゃべってはいるものの、その声には確かな怒りが見えた。

フロストの左腕が少しずつ凍っていき、巨大な氷塊と化す。

「あ、私もやる!」

バーニーは子供のようにはしゃぐと、その右腕が巨大な火柱に包まれる。

「さぁ、人の子!本気でかかってきな!私たちが相手になってあげる!」

バーニーはまるで新しい玩具でも見つけたように目を輝かせた。

楽譜スコアフェンリ「遅い」」

アイリスがフェンリルを呼ぶ前に、指揮棒ごと冷気に包まれる。

「っ!」

アイリスの右手が指揮棒と一緒に氷漬けにされた。

「後ろだよ」

アイリスが振り向くと、バーニーの顔が目の前にある。

バキッ!

アイリスの顔に、火の付いた拳がぶつかる。

「アイリス!」

ロイが近づこうとするが、神殿の入り口に大きな氷の壁が出現する。

「人の子は順番も守れないのかしら」

フロストはそう言ってアイリスの頭を持つ。

そして、氷の壁に勢いよくぶつけた。

「カハッ…」

アイリスの口から血が流れる。

そして、アイリスは動かなくなった。



「アイリス。少しだけ私に体を貸せ」

真っ暗な空間でトーラが語り掛ける。

「嫌。もうこれ以上、仲間に怖い思いをさせたくないわ」

「ここで死ぬぞ」

「……」

「奴らを倒す、私にはそれしかできない。だがアイリス、お前は違うだろう。私にできないこともできる。なぜなら、お前はこの時代に生きる、この時代の人間なのだから。だから、ここで死ぬな」

アイリスはトーラの顔を見る。

そこにあったのは、冷酷な悪魔ではなく、我が子を心配する親のような顔だった。

「分かった。だけど、約束して。誰も殺さないで」

トーラはこくりと頷き、消えていった。


「ねぇ、もう終わり?つまんないよ~」

バーニーはアイリスの近くにしゃがみ込む。

「……」

アイリスは声を出さない。

「フロスト、この子もう動かないよ。次の奴にしようよ」

フロストが「そうね」と言って、氷の壁を壊そうとしたその時だった。

ガッ

バーニーの腕を何かが掴む。

「え?」

そして、ロイたちは聞き覚えのある声を耳にする。

「煩い蠅どもだ」

そこで声を発したのはアイリス、もといトーラだった。

「貴様はバーニーと言ったか」

トーラはバーニーを見てニヤリと笑う。

その笑った顔に背筋が凍る。

「どうやら、火を使う輩らしいな。なら、いいものをやろう」

そういうとトーラはおもむろにバーニーの火の付いた方の腕をつかむ。

ジュウゥ

肉が焼ける音とともに、辺りに嫌な臭いが充満する。

しかし、トーラはその手を離さなかった。

「“異法”『氷呪コキュートス』」

トーラがそう唱えると、バーニーの腕に冷気がまとわりつく。

そして、指先から少しずつ凍っていった。

「クソッ!」

バーニーは腕の炎の火力を増す。

しかし、トーラの技はその炎すら凍らせた。

「いやっ、止めて。お願いだから、止めてぇ!」

バーニーが泣き叫ぶが、体を凍らせる冷気は止まらない。

やがて、バーニーは悲痛の表情を浮かべたまま、氷漬けになった。

「さて、次は貴様か」

トーラはバーニーを一瞥すると、フロストのほうを向いた。

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