LⅤ
今回と次回は短め
登り始めて数時間。
果てしなく続く階段をひたすら上り続けるアイリスたちに疲れが見えてきた。
もしかしたら自分たちは一段も登れていないのではないか。
そう錯覚してしまうほどに周りの景色は変わらなかった。
「いつまで登れば大神とやらに会える?」
ネジ子はばてていたアイリスを軽々しく持ち上げ、ダイに尋ねた。
「さぁ、俺が前に来たときはここまで長くなかったはずだけど」
赤面するアイリスをよそに二人は会話を続ける。
その時、上の方に建物の影が見えた。
「あれか?」
ロイが目を細める。
アローンの物よりもはるかに大きく、荘厳な雰囲気を放つ建物がそこにはあった。
アイリスは唾をのむ。
「いよいよね…」
ネジ子の腕からポンと飛び降り、地面に立つ。
そしてまっすぐ目の前の建物を見据えると、階段を一段上った。
一段上るごとに高まっていく緊張感。
まるで肺を鷲掴みにされているような息苦しさがあった。
アイリスは最後の一段を上る。
見え始めたときはとても小さかった建物が目の前にそびえたっていた。
「ここにいるのよね?」
アイリスはダイに聞く。
「ああ、ここが大神様の住む神殿だ」
中を覗き込もうとするが、薄いカーテンのようなものがかかっていて、うまく見ることができない。
しかし、そのカーテン越しに椅子に座る人影が見えた。
「来たか」
人影が放った声は重く、全身が震えるような声だった。
「人の子よ。ここは本来神が住まい、神がその存在を保てる場所。貴様ら人の子の匂いがするだけで嫌がる者もいる。それでもここに招いたのは下でおきている現象について問いただすためだ」
カーテンの奥の人影は声を低くした。
「どうして、下で魂があふれている」
アイリスたちにピリッとした空気が流れる。
「それは私のせいです」
レイチェルが一歩前に出て、人影に言った。
「私が旅について行きたいなんて言ったから…」
レイチェルは少し涙目になりながら、人影に説明した。
「ほう、そんなことが」
人影は頷く。
しかし、アイリスにはこの人影が最初から知っていて話を合わせているように見えた。
「ならば、貴様は自分がしたことをやり直したいとは思うか?」
人影はゆっくりと立ち上がり、アイリスたちに向かって歩く。
そして、布の前で立ち止まった。
「もし、やり直したいと望むならばこの手を取りたまえ。我が力をもって貴様の望みをかなえてやろう」
人影は布の隙間から手を伸ばした。
その手はしわくちゃで、老人の手そのものだった。
レイチェルはゆっくりと手を伸ばす。
しかし、その手で布を掴む。
「いいえ、私はやり直したいなんて思わない。そんな後悔も含めて全部が私だから」
レイチェルはそういうと、一気に布を引っ張った。
布が勢いよく外れる。
そこにはしわだらけの老人が一人立っていた。
「それが、貴様の答えというわけか」
老人はゆっくりとレイチェルに手を伸ばす。
「逃げて!」
階段の下の方から声がした。
ヒュン
レイチェルの顔の横を何かが通り過ぎる。
それは老人の腕に当たると光の玉になって消えた。
「こざかしい真似を!」
老人は腕を大きく振る。
しかし、そこにアイリスたちの姿はなかった。
「危なかった…」
アイリスは息を整えてその場に座り込む。
「それにしてもさっき助けてくれた人は…?」
辺りを見渡してみても、それらしき人は見当たらない。
アイリスたちは不思議に思いつつも、近くにあった建物へと入る。
「あら、無事だったのね」
そこにはアイリスにとって見覚えのある人物が立っていた。
「ノルン…さん?」
ノルンは頷き、アイリスの手を取った。
「よかったわ、あなたが無事で」
そう言ってからロイたちのほうを向いた。
「私はノルン。運命を司る神様ってところかしら」
ノルンはロイたちに笑顔を向けた。
「えっと…僕たちも自己紹介したほうがいいかな」
「いいえ、その必要はないわ。あなたたちの事ならよく知っているもの」
そういうとノルンは手を横に振った。
すると光の玉が集まっていき、やがてきれいな細長い紙ができた。
「ロイ・ブラッド 314歳クロリア出身の魔術師
幼い頃に受けたまじないにより、不老となった。使う魔法は…」
「もういいだろ」
ロイはそう言って紙を千切る。
「これで分かってくれたかしら」
ノルンがそういうとロイは深くため息をついた。
「ところで、大神様はとっても怒っている様子だったけれど一体何をしたの?」
「それは…その…」
レイチェルが言葉を詰まらせる。
「レイチェルが大神とやらの住処にかかっていた布を取ったんだ」
ロイはノルンに告げる。
ノルンは目を見開いて驚いた。
「そんな…」
言葉を詰まらせ、絶句している。
そしてあごに手を当てて考え出した。
「やっぱりいけない事よね…」
レイチェルは少しうつむきながらしょぼくれた。
「いえ…そういう事じゃなくて」
ノルンは顔を上げてレイチェルをじっと見つめる。
「あの布は人間はおろか、私たち神でさえ触ることができない大神様の結界です。それを触って取ってしまうなんて…失礼ですが、貴方はいったい何者なんですか?」
ノルンの表情は何かとても恐ろしいものを見たかのようにおびえていた。




