LⅣ
お待たせしました
階段を上り始めてどれくらいの時間が経ったのだろうか。
いっこうに終わりが見えてこない。
もしかしたらこの階段は永遠に続いていて、私たちは神様にもてあそばれているだけなのかもしれない。
アイリスはそう思い始めていた。
アイリスだけではない。ほかの仲間たちのそう思って半ばあきらめかけていた。
「あれ、人間?」
その出会いは突然だった。
階段の中腹にある白い神殿のような建物から白い服に身を包んだ男が出てくる。
見た目こそ普通の人間のようだが、彼の放つオーラはどこか神聖なものを感じた。
「君は誰だ?」
ロイが戦闘態勢を取りながら話しかけた。
「名を尋ねるときは自分からが人間の常識じゃないのかい?」
男は笑顔でロイに答える。
「僕はロイ。魔術師だ」
「そうかそうか」
男は満足そうにうなずいた。
「それじゃあ俺も名乗らないといけないね。俺は、アローン。色彩を司る神だよ」
随分とあっさりした自己紹介でアローンは自身が神であると名乗った。
予想していたとはいえ、すんなりとこの現実を受け入れられるほどアイリスは割り切れていなかった。
「君たちは大神様に会いに来たんだろう?なら、今は止めた方がいい」
アローンは階段の上を見上げながらそう言った。
「どうして?」
アイリスが尋ねるとアローンはバツの悪そうな顔をする。
「いや、今大神様は大分機嫌悪いから」
その時地面が大きく揺れた。
そしてさっきまで晴天だった空の一部がどす黒い雲に覆われていく。
「まずいな」
アローンは短くそう言うとアイリスたちを無理やり引っ張った。
「痛たた…ちょっと、急に引っ張らないでよ」
アイリスは手首を押さえながら、アローンを睨んだ。
「まぁまぁ、死ぬよりはましでしょ?」
アローンはそう言ってさっきまで立っていたところを見る。
一筋の光が階段を横切る。
その直後だった。
すさまじい爆音とともに階段がはじけ飛んだ。
決して比喩などではなく、階段がその形を保ったまま上空へ吹き飛んだのだ。
「何これ…」
「“神の怒り”ってところかな」
アローンは階段が飛んでいったはるか上空を見上げながらそう言った。
「今朝からずっと荒れてんだよ。あまり近づかない方がいいよ」
しかし、アローンの忠告に聞く耳を持たずにロイは階段を上り始めた。
「おいおい、俺の話を聞いてたのかい?」
「ああ、聞いてたさ。でも、僕たちは進むしかないんだ。旅を止めるわけにはいかない」
ロイは振り向かずに階段を上り続けた。
「そうか、それなら少し力ずくで止めないとね」
アローンはそういうと一気にロイに近づく。
そしてロイの胸のあたりに手を当て後ろに押した。
ロイはバランスを崩し、階段を転げ落ちる。
「痛っ~」
ロイは腰をさすりながら立ち上がった。
「何をするんだ!」
「人命救助さ」
アローンは悪びれる様子もなくそう言った。
その時、後ろの方で爆発が起きる。
そこはさっきまでロイが昇っていた階段の一部だった。
「これでひとつ貸しだね」
アローンは笑顔を向けた。
「それで、君たちはどうして大神様のところに?」
「それは僕が聞きたいよ。ダイに無理やり連れてこられたんだから」
ロイはダイを睨む。
ロイは誰にでも楯突く性格のようだ。
(まるで子供ね…)
アイリスはロイを温かい目で見守ることにした。
「俺もよくわからない。大神にこいつらを連れて来いって言われただけだし」
ダイは肩をすくめた。
「それじゃあ、一つ君たちに“神の祝福”を与えよう」
アローンはそう言って全員の手の平を包むように触る。
するとそこに翡翠色に光る丸が浮遊していた。
「彩色“エメラルド”。これを身に着けておけばまぁ、少しぐらいは大神様と対話できるかもしれないよ。何せ、緑色には人を落ち着かせる効果があるからね。神様に効くかはわからないけど」
アルヴァは興味津々といった様子で翡翠色の球に触る。
思っていたよりも柔らかく、ぷにぷにとしていた。
その感触はまるで表面の乾いた絵の具のようだった。
「あんまり触らない方がいいよ、割れるから」
アローンは慌てた様子でアルヴァを止めた。
エメラルドはしばらくアイリスたちの手のひらの上で浮かんでいたが、やがてゆっくりと落ちてくる。
そしてそのまま手の中へと吸い込まれていった。
「少し様子を見て大丈夫そうなら出発するといい。ちょうどいいタイミングでいかないと、何が起こるかわからないからね」
アイリスはアローンのアドバイスを心にとどめて、階段のほうを見る。
そこにはヴァルハラについた時と同じ晴天が広がっていた。
「みんな、行くよ!」
アイリスの掛け声とともに、一斉に動き出した。
出来るだけ上に、限界まで登るということを心の中で叫びながら登っていく。
するとその時、急に空が黒くなっていった。
「横にそれて!」
アイリスは仲間たちに向かってそう叫んだ。
皆思い思いに階段からそれる。
するとさっきまでみんながいた場所が激しく炎上し始めた。
アイリスの指示がほんの少し遅れていれば、仲間たちはみんな黒焦げになっていただろう。
「ここから先は空の様子に気を配って登っていった方がいい」
ネジ子はほんの少し焦げた服の端を見つつ、そう言った。
「しかし、大神様っていうのはどうしてそこまで怒っているんだ?」
「どうせ、ヴァルハラの中で人間の匂いがするのが嫌なんだろう。君たちだって、家畜と同じ空間で暮らしたくはないだろう?」
ダイはそう言いながら、空を覗く。
さっきまでの暗雲は消え去り、青い空が顔をのぞかせていた。
「出発するなら今だよ」
アイリスは頷いて、仲間たちに指示を出しつつ先頭を登り始めた。
アイリスは前を見ることなくただ空の様子を見ながら階段を上っていく。
しかし先ほどの攻撃以降、大神からの妨害は入らなかった。
どこまでも続く吸い込まれそうな青空。
その空はとてもきれいなものだが、今はただ不気味で仕方なかった。




