LⅢ
ノルンの不思議な提案に私は硬直する。
魂を結ぶとはいったいどういう事だろうか。
私の頭の中で色々なことが浮かんだ。
「いい?よく聞いてアイリス、あなたは今とても危険な状態なの。今はまだ完全に死んだわけじゃないけれどいつ消えてもおかしくないのよ。だけど、私たちとしてはあなたに消えてもらうと本当に困るのよ」
ノルンは私を置き去りにして話を進める。
「あなたは私たちのような神でさえも理解できない現象に陥っている。普通は一つの肉体に二つの魂が宿ることなんてありえないの。それに、あなたのその奇妙な体質の事も理解できない。だから、私の魂を使って肉体と魂の結合をより強固なものにするの。分かってもらえたかしら?」
分からない。分かるわけがない。
神にも分からない現象?それがただの人間である私にわかるはずないじゃないか。
私の頭にいろいろな考えが逡巡する。
そうこうしている間に、私の手がだんだんと薄くなっていることに気づいた。
「いけない、もう存在が消え始めている。もう迷っている暇はないわ、すぐに始めるわよ」
ノルンは私の手を強引に引っ張り、私の手の甲に息を吹きかけた。
淡い光とともに、私の手の甲にノーツが浮かぶ。
「少しだけぞわっとするかもしれないわ」
ノルンはそういうと私のノーツに額を付けた。
何とも言えない感覚が私の体中を駆ける。
ノルンの額を通じて得体の知れない何かが私の中に入ってくるような感じがした。
「これで大丈夫。もう喋れるはずよ」
「え…」
アイリスはのどを押さえた。
健康的とは言い難いが、しっかりと色の付いた手。
手の甲にはノーツが浮かんでいた。
しかし、そのノーツは今までの物とはまるで違った。
全く見覚えのないノーツがアイリスの手の甲にはっきりと刻まれている。
「これは?」
「私の力が加わったノーツ。そうねぇ、“絆の印”ってところかしら」
「絆の印?」
「そう、絆の印。人との絆を記し、自分の力とするノーツよ」
ノルンはそう言って空中に扉の形を描いた。
すると今まで何もなかったはずのところに扉が現れる。
「さぁ、仲間が心配しているはずよ。戻ってあげたら?」
アイリスは促されるまま、扉に手をかけた。
扉の奥から眩くも優しい光があふれる。
アイリスはその光に飲み込まれていった。
「あそこまで過酷な運命を背負っていくなんて…。でも、私の力はあの爺さんに監視されているし。全く、何が大神よ!ただの頭の固い爺さんじゃない!」
ノルンは近くにあった椅子を蹴り飛ばした。
「アイリスに何もありませんように」
ノルンは自分のやっていることがいかに滑稽か理解していたが、そう言わずにはいられなかった。
「ん…」
気が付くとアイリスはヴァルハラゲートの前で倒れていた。
周りには心配そうに顔を覗き込む仲間たちの姿があった。
「大丈夫か?」
一番近くで見ていたロイが心配そうに声をかける。
「ええ、ちょっとふらついただけだから」
アイリスはそう言ってゆっくりと起き上がった。
固い地面にしばらく寝ていたせいか、体中が痛い。
腰をさする手の中に違和感があった。
アイリスはその違和感の正体を見る。
そこには小さな指揮棒があった。
「何だこれ」
ロイはその指揮棒を持ってみる。
木でできているその帽は軽く、とても扱いやすかった。
「アイリスに似合ってるじゃないか」
ロイが茶化すようにアイリスに放り投げた。
アイリスは慌ててキャッチする。
「人に向かって物を投げないでよ!」
アイリスの怒りはロイに届くことはなかった。
「そろそろ行こう」
アイリスをなだめながらネジ子が言う。
アイリスは深呼吸をして、気分を落ち着かせた。
「それじゃあ、開けるわよ」
アイリスは鍵を門に差し込む。
そして、ゆっくりと回した。
門を押してみるとゴゴゴという重い音とともに開いていった。
その奥から光が漏れ出す。
さっき見たような光がアイリスたちを照らしだす。
その光に目が慣れ始めると、門の奥に建物が見える。
今まで見たことのないような建物が立ち並ぶ不思議な空間。
そこまで伸びる階段の横には緑が生い茂っていた。
「これが、ヴァルハラ…」
アイリスは息をのむ。
仲間に目配りをしてから門の奥へ入っていった。
一歩踏み入れたその瞬間、何かがアイリスの頬をかすめる。
後ろを振り返ると、光の槍が門の奥の暗闇を照らしていた。
「人の子らよ!ここは貴様らが来るようなところではない!即刻立ち去れ!」
声の主を探すと、階段の中ほどに立っていた。
長身の整った顔をした男。しかし、それが人外だということは一瞬で理解できた。
その背中から大きな翼が生えていたのだ。
その男はアイリスたちを睨みつけると手を横に払った。
するとその手に光が集まり、男の身長ほどの槍になる。
「もう一度言う!ここは貴様ら人の子が来る場所ではない!」
男はそう言うが、アイリスたちはその場から一向に退かない。
というよりも、退けないのだ。
後ろの門がゆっくりと閉まっていくのを確認したアイリスが男に言う。
「閉まってしまったけれど」
「下らぬことを抜かすな!第一、ヴァルハラゲートが人間を入れたまま閉まるわけがないだろう」
ロイは男に目配せする。
そして、後ろの門を指さした。
「……」
男は口を開けたまま言葉を失った。
「それと、俺は大神様に呼ばれてるんだけどな」
ダイが前に出てきて説明する。
「え!大神様が!?人の子にか!?」
男は驚きを隠せない様子で混乱している。
その一瞬のスキをついてダイが男につかみかかった。
「ごめんね」
ダイが男の頭を掴み、そのまま階段に叩きつけた。
ズンッという音とともに階段の男が叩きつけられた部分がひび割れる。
砕けた破片が辺りへ飛び散る中、ダイは男が気絶しているのを確認する。
「よし、進もうか」
ダイはさわやかな笑顔を向けて、階段を駆け上っていった。




