LⅠ
「いったいこれは?」
クラークが紙を覗き込み、ダイに聞いた。
「俺は独自の情報網を持っているからね。それで、君たちがこの事件にかかわっていることは把握している。君たちには正直に話してもらいたい」
ダイは真剣な目をして、アイリスを見た。
その眼はただ真実を知りたいという気持ちがこもっていた。
「ええ、それなら真実をお話しします。ただ、私たちが出す条件を飲んでもらえますか?」
「条件?」
「はい、ここでお話したことをここにいる者以外に伝えることは止めてもらえますか」
ダイはすぐにうなずいた。
「それなら…」
アイリスは死の谷でおきたことのすべてをダイに話した。
なるべくわかりやすくそして的確に。
ダイはそれを真剣な表情で聞きながら相槌を打っていた。
「…これが、事件の全てです」
アイリスが話し終わると、ダイはあごに手を当てて考え始める。
しばらく考えたのち、ポンと手を叩いた。
「そういうことか」
ぽつりとつぶやき、アイリスのほうを見る。
「ありがとう。約束通り、このことは誰にも言わないでおこう。それと…」
ダイの言葉が詰まる。
「どうした?」
ロイが顔を覗き込むと、ダイは苦笑いでアイリスのほうを向き直した。
「いいにくいんだけど、ついて来てほしい場所があるんだ。勿論、お仲間も一緒に」
言いにくい場所というのが気になったが、アイリスは快くうなずいた。
「ありがとう。それじゃ、準備をするから少し待ってもらえるかな」
ダイは部屋の闇へと姿を消した。
薄暗い部屋に遺されたアイリスたちは改めてさっきの紙を見てみた。
『ナイトランド(通称:死の谷)霊魂復活事件捜査資料 No.00 “死亡遊戯”』
丁寧な字でそう書かれた紙と、その詳細と思われる紙が数枚。
その中に不思議な紙を見つけた。
「この国で死亡したものの魂は全て、死の谷へ集まる。もしその話が本当なら、三年前のあの事件の謎がつかめるかもしれない」
最初の字と打って変わって殴り書きのように紙の端っこにそう書かれていた。
「あの事件?」
ロイは首をかしげる。
アイリスたちには何のことだか、さっぱり理解できなかった。
その時、ダイが闇の中から現れる。
「準備できたよ。でも、そこの人は先に治療が必要みたいだ」
ダイはクラークを指さした。
「あなた、今魔法使えないでしょ」
そう言えば、魔法院でグランの攻撃を受けてから、クラークは魔法を発動させていない。
元から魔法を多用するほうではなかったが、それでもおかしいことに気づいた。
クラークから魔力を感じないのだ。
「実は…」
アイリスはダイに魔法院でおきたことを説明した。
「…ほう、そんなことが」
ダイは興味津々な様子でアイリスの話を聞いていた。
「あいつの魔法はトラズの魔法と酷似しているからな。そこから考えると、魔力を“喰われた”っていうのが最有力かな。ただ、喰われたとはいえ少しは残っている。まだ、治療は間に合うよ」
ダイはそう言うとパチンと指を鳴らした。
「天命の戦士にしばしの休息を“休憩室”」
辺りの景色がまた変わっていく。
黒かった天井は白く清潔感のある天井に張り替わり、テーブルと椅子が消えてその代わりにフカフカそうなソファが出てきた。
「この部屋の制約は、一定時間この部屋の外に出られないこと。そして特典だが、この部屋にいる間はありとあらゆるものが回復していく。体力も、魔力も、気力もな」
ダイはそういってソファに深々と腰かけた。
「まぁ、ゆっくりしてくれよ。しばらく休んだらすぐに出発するから」
ダイの言葉に甘えてアイリスたちはソファに腰かけた。
大分疲れがたまっていたのか、アイリスはソファに背を預けてそのまま寝てしまった。
ふと、アイリスが気付くとそこは真っ暗な空間だった。
ただただ広く、何もない空間。
「お前がアイリスか」
その空間に背の小さい一人の女性が立っていた。
アイリスはその女性に見覚えがない。
しかし、すぐに正体がわかった。
「トーラ…」
トーラはアイリスのほうを向いた。
「寝ようとしている間に聞こえてきた話によると、お前が私の子孫らしいな。背の小ささはまるで呪いだな」
トーラは自分の頭の上で手を平行に振った。
おどけるような口調なのに、表情が一切変わらないのが不気味だった。
「ねぇ、教えてよ。どうしてあなたは私にとりつくの?」
アイリスは少しでも理解したいと必死になっていた。
「私も好きで憑りついているわけではない。お前が私の子孫だから、その魂の片隅に私が残っていたというだけだ」
トーラは無表情のまま答える。
「この体は私の物なの。私が寝ている間に勝手なことしないでよ!」
アイリスは声を荒げてトーラにつかみかかった。
「勝手なことをしているつもりはないな。私はただ眠りの邪魔をされたくないだけだ。それにお前の命だって救われているじゃないか」
確かにトーラのおかげで救われた場面はある。
しかし、トーラが出てくるせいでアイリスは独りになる気がしてならなかったのだ。
「私は私の力で解決したい。だからお願い、これ以上私の邪魔をしないで」
アイリスがそう言い放ったところで目が覚める。
体中が汗でびっしょりになっていることに気づいた。
「ふぅ…」
バッグの中から水筒を取り出して、飲む。
ぬるい水がのどをつたっていく感覚がした。
「汗が…」
服が肌に張り付く。
タオルを取り出して体をふくことにした。
少しだけさっぱりしてから仲間たちを見る。
みんな疲れているようで夢の中にいた。
アイリスはさっきまで座っていたところにもう一度座る。
あれはただの夢で、本当はトーラなどいない。
そう思い込んでもう一度だけ、目を閉じる。
しかし、あの空間で見たトーラの顔が浮かんですぐに目を開けた。
アイリスは眠るのが怖くなった。




