ⅩLⅧ
「やっぱりあの本だけみたいだ」
仲間たちと合流したムドウが口を開く。
少しロイが睨んだ気がしたが、すぐに目をそらした。
「それじゃあトーラのことはわからずじまいか」
落胆した声でクラークが嘆く。
その中で誰よりも落ち込んでいたのはアイリスだった。
自分の中に恐ろしいものがいるのに、それについて何もわからないことが一番怖かった。
「ねぇ、ロイ」
アイリスがロイにだけ聞こえる声量で話す。
「古代魔法ってそこまで強いの?」
「あれは大戦のときに火力だけを求めた末に完成した魔法だ。強いなんて言葉じゃ足りない」
ロイは何かを恐れるような眼をしながら答えた。
アイリスにはその眼の意味が理解できなかったが、理解しようと努力することは無駄に思えた。
「それで、どうして古代魔法のことを?」
「いえ…何となくよ…」
アイリスは言葉に詰まった。
あの設計図を見せてしまえば早いのに、見せたらきっとムドウさんが大変な目に会う。
アイリスは心のどこかでムドウのことを信じていた。
(この設計図はいつでも見せることができる。私が隠し持っていても問題はないわよね…)
アイリスは後ろ手に持った設計図を誰にも見られないように腰に付けたポーチにしまい込んだ。
「まぁ、トーラのことは後で調べるとして…」
トラズは近くの人の形をした炭の塊に目をやる。
「どうするんだこれ」
散々話し合った末に、グランの遺体は魔法院の調査隊に引き渡すことにした。
「何をやったらこうなるんですか…」
調査隊の隊長が呆れたようにムドウに言った。
「不思議な力」
ムドウはへらへらしながらおどけるような口ぶりでそう返す。
ムドウの説明もあながち間違いではない。
いきなり魔法よりも強力な力の存在を知ればだれもが混乱するだろう。
色々な思考が逡巡した結果、『不思議な力』という答えにたどり着いた。
「トラズはアイリスたちと部屋に戻っているといい。あとの報告は俺がするから」
ムドウに背中を押され、半ば強引に部屋に戻された。
「で、この後どうするんだ?」
ロイが天井を見上げながらつまらなさそうな顔で言う。
「そうね、“異法”についてもう少し知りたいけれど、ここには何も資料はないし…」
「それなら王都に行ってみたらどうだ?」
トラズは人差し指を立ててそう言う。
「王都?何であんな所に行かなきゃいけないんだ」
どうやらロイは王も嫌いなようだ。
「あそこには国中の本が集まる国立大図書館がある。そこに行けば何かしらの手掛かりがつかめるかもしれない」
「それなら少し旅の支度をしてから王都を目指してみましょうか」
アイリスがそう言うとロイは露骨に嫌な顔をする。
しかし、アイリスはそれを無視して自分の所持品を確認し始めた。
トラズが部屋の中央にあるテーブルに地図を広げる。
少し古い羊皮紙に描かれた地図はとても細かく、正確だった。
「これ、どこで手に入れたんです?」
レイチェルが興味津々に地図を覗く。
「これはムドウが作ったんだ。あいつの魔術道具は全部正確だから、こういったものも作り出せる」
そう言いながらトラズは懐から短い杖のようなものを取り出した。
「導きの光よ、ここに道を記せ“ライトロード”」
トラズの持つ杖から光の筋が出て、地図に道を記していく。
「ここが魔法院。そしてこの道をたどった先のここが王都だ」
トラズは光の道を指で伝いながら説明する。
「この光は魔力さえ注げばいつでも見れるから、これを持っていきな」
地図をたたみ、アイリスに手渡す。
それを受け取ってポーチにしまおうとした時、かさっという音がして一枚の紙が床に落ちる。
「あっ」
アイリスが慌てて拾おうとするが、遅かった。
「何だこの紙」
ロイが拾い上げて、その紙を広げる。
「魔力兵器…?」
ロイの鋭い目がアイリスを貫く。
「説明、できるよな?」
「なるほどねぇ…」
ロイはアイリスの説明を設計図を広げながら聞く。
「それで、どうしてさっき言わなかったんだ?いつでも言うチャンスはあったろ」
「それは…」
ロイの責めるような口調にアイリスは泣きそうになる。
「あまりアイリスを責めるな。アイリスにも考えがあったんだろう」
ネジ子が間に入る。
「まぁ、ムドウなら魔力兵器ぐらい作れるだろうし、あくまで抑止力としての兵器かもしれない」
トラズは設計図を覗き込みながらそう言った。
「やぁ、ただいま。手続きに結構時間食っちゃった」
ムドウが扉を勢いよく開けて帰ってくる。
ロイは素早く設計図をたたみ、ベッドの下に滑り込ませた。
しかし、ムドウはそれを見逃さない。
「何隠したの?」
ムドウはベッドの下に手を入れ、設計図を引っ張り出す。
それを開くと、一瞬真顔になる。
そしていつもの笑顔に戻った。
「懐かしいなぁ、この設計図」
「懐かしい?」
「ああ、これは俺が昔作ろうとした魔力兵器の設計図だよ。国に止められたし、そんなに裕福ってわけでもないから断念したんだ。でも、どうしてここに?」
「管理局の奥に落ちてたから僕が拾ったんだ」
アイリスが何かを言う前にロイが説明する。
「そうか、ありがとうね」
ムドウはそう言って設計図を自分の懐にしまう。
「さて、君たちはそろそろ旅を再開するのかな?」
「ええ、そのつもりです」
ムドウの質問にアイリスが答える。
「それなら君たちに餞別だ」
ムドウはそう言って何かを投げた。
慌ててアイリスがキャッチする。
金属のような光沢をしながら、綿のように軽い指輪だった。
裏側にはびっしりと呪いの言葉が書かれている。
「それは天使の指輪といって、身に着けているものを少しだけ幸運にする指輪だ。君たちみたいな旅人に重宝されている品だよ」
アイリスはそのうちの一つを自分の人差し指にはめる。
すると指輪はぴったりアイリスの指にはまった。
「それじゃ、俺はまだ仕事があるから」
そう言い残してムドウは部屋を出ていった。
次回、(少し早いけど)第二章 魔法院編完結




