ⅩLⅤ
「あ…ぁぁ…」
アイリスは絶望の顔を浮かべて放心していた。
ロイの身体からどくどくと赤い液体が流れだす。
その赤はだんだんと広がっていきアイリスの手に触れた。
ぬるぬるとした生暖かい液体。
その正体が血だと理解したのは少し時間が経ってからだった。
「はぁ…ばれないと思ったんだけどなぁ」
ロイの後ろに立っていたトラズが歪な刃の剣をもって笑う。
自分の顔に手を当てるとその顔はグランなっていった。
「ロイ!返事をしろ!」
ネジ子がロイを揺さぶる。
しかしロイは苦しそうな表情を浮かべているだけで目を開けない。
「あまり動かすな。血が止まらない」
クラークはそう言ってネジ子を止めた。
そしてグランのほうを向く。
「私の旧友にひどいことをしてくれたな」
「あぁ、それは申し訳ないことをした。謝るよ」
グランは嘲笑を浮かべながらそう言って頭を下げた。
「弾けて吹き飛べ業火の岩よ、この地に降りて裁きを下せ!第一級“ボルケーノ”!」
クラークが呪文を唱えると地面が揺れ動いた。
ドンっ!
地面から赤々とした岩が飛び出してくる。
岩はグランめがけて一直線に降り注いだ。
グランは眉一つ動かさずに全て切り捨てた。
「ほう…、第一級魔法の詠唱か。略式よりも俺を殺せるかもとか思っていたのか?そんな淡い期待を抱いているようじゃ、誰も殺せねぇよ」
グランはその手に持つ剣を自分の腕に突き立てる。
ズブズブと腕に剣が刺さる。
「“レオ”」
グランは短く唱え、猛々しい獅子を出す。
その獅子に自分の血を分け与えた。
獅子のたてがみが真っ赤に染まる。
「レオは血を欲していてな。血を与えれば与えるほど強くなる」
赤い獅子はクラークを見つめて牙をむき出しにしている。
「その獅子に気をつけろ!奴に噛まれたら一時的に魔法を奪われる!」
トラズの警告は一足遅かった。
「ぐっ!」
クラークの腕からぼたぼたと血が流れ落ちる。
「貰ったぜ、お前の魔法」
グランはそう言って拳を見せる。
そこにはクラークのノーツが刻まれていた。
「とはいえ、この魔法使いづらくないか?もう一度同じこと繰り返すだけじゃなぁ」
グランはクラークの首をつかんで持ち上げる。
「まぁいいか。魔法を奪われた魔術師は何もできないわけだし、このままいっそ殺しても誰からも文句言われねぇよな」
ぎりぎりと音を立てて首が閉まっていく。
「かはっ…」
クラークは必死にもがく。
しかし、グランの力は強く、クラークの首は閉まっていく一方だった。
「そろそろ落ちろよ。もがいていてもつらいだけだぞ」
それでもクラークは必死に抵抗する。
ゴウッ!
何かが物凄いスピードでグランの頬をかすめた。
グランが後ろを見ると後ろの木がバチバチと音を立てて燃えている。
「魔法?」
「そうよ。あなたを狙ったのだけれど、当たらなかったわね」
グランの前にレイチェルが立つ。
「これはこれは、最強の魔術師様じゃないですか。この若輩者と一戦交えて下さるとは光栄ですなぁ」
グランがにやにやと気味の悪い笑みを浮かべながら深々と頭を下げた。
「あら、私のことを知っていたのね。貴方みたいな世間に迷惑でしかないような人にまで名前が広まっているのは悪い気分ではないわ」
レイチェルは表情を変えずにそう言う。
「でも、貴方と一戦を交える前に」
レイチェルはロイに近づく。
「木の葉を揺らす風よ、命をもたらす聖なる水よ、この者を癒し今再びこの者を祝福せん。特級“アンク”」
レイチェルの手に魔法の光が集まる。
光はレイチェルの手をつたってロイに流れていった。
すると、ロイが背中に深々と負った傷が見る見るうちにふさがっていく。
「ん…」
ロイがゆっくりと起き上がる。
その様子を見てアイリスが安堵の息を漏らす。
「あれ?傷が…」
ロイは自分の身体をまさぐる。
そしてレイチェルのほうを見た。
「君か、ありがとう。また助けられてしまった」
ロイの言葉にレイチェルは少し照れくさそうに顔をそらした。
「さて、さっきは不意打ちだったから受けちゃったけど次はないよ」
ロイは首を鳴らしながらグランに近づいていく。
アイリスはその様子を黙って見ていた。
しかし突如大声を上げた。
「近づいちゃダメ!」
ドォン!
すさまじい音とともに地面が割れる。
「チッ、外した」
よく見るとさっきまでロイがいたところからレオが飛び出してきていた。
「“伏獅子”。倭ノ國の戦法を応用した技だったんだが、あまり使えたものじゃないな」
グランは気味の悪い笑みを浮かべる。
(あの技を使ってくるとしたら、むやみに近づけない。それに魔法を奪われる可能性もある。じゃあどうすれば…)
アイリスは必死に考える。
そして一つの答えにたどり着いた。
「第四級“エコー”」
アイリスは地面に手をつき、そこに魔力を流し込んだ。
魔力の反響で伏獅子の位置が手に取るようにわかる。
「ロイ!三歩先にレオがいるわ!右に二歩分移動!そのまま前に跳んで!」
アイリスの指示に従ってロイはステップを踏む。
そしてグランの目の前に立った。
「よぉ」
ロイは短く言って全力で顔を殴る。
グランの身体は錐揉み回転をしながら飛ぶ。
「近づくなんて馬鹿な奴だな。食らい付け“ファング”」
レオがロイに飛び掛かる。
しかし、レオは勢いよく地面に叩きつけられた。
メキメキと音を鳴らしながら地面にめり込んでいく。
「その重さは罪の重さ、裁きの大岩を抱えろ第一級“グラビトロン”」
レイチェルが手を前に突き出してゆっくり下げていく。
その動きに合わせるようにレオの身体が地面に沈んでいった。
「さて、形勢逆転だ」
ロイはいたずらっぽく笑った。
しかし、グランはその歪な笑みを崩さなかった。
「はてさて、それはどうだろうな」
ザクッ
グランが倒れたところから大きな爪が飛び出してくる。
その爪はグランの脚を深々と刺していた。
「言ったろ…レオは血を与えれば強くなる…」
その言葉を最後にグランは気絶した。
主を失った魔法の獣は低い唸り声をあげてレイチェルの目の前に立った。




