ⅩLⅡ
「はぁ…はぁ…」
久しぶりに走ったせいか、ロイは息が上がっている。
トラズは無事だろうか。
ロイの頭はそれでいっぱいになっていた。
「う…ん…」
アイリスが目を覚ました。
「あれ?トラズさんは?」
「今グランと戦ってる最中だろうな」
ロイのその言葉でアイリスは気を失う前の事を思い出した。
「グランさん…」
アイリスは複雑な顔でトラズの部屋のほうを見た。
ここからトラズの部屋まではかなりの距離がある。
戦っているような音は聞こえてこなかった。
「とりあえずトラズの無事が分かるまで待機だな」
ロイの言葉にアイリスが憤慨する。
「トラズさんが一人で戦っているのに私たちは何もしないというの!?私、そんなこと耐えられないわ。私一人でもトラズさんのところに行ってくる」
アイリスはトラズの部屋のほうへと足を進める。
ガンッ!
アイリスは何か固いものに顔をぶつけた。
「痛った~!」
アイリスは真っ赤になった顔をさする。
よく見ると透明な壁がドーム状にアイリスたちを囲んでいた。
アイリスはとっさにロイを見る。
ロイは呆れた顔をしてレイチェルを指さした。
「何これ!」
アイリスは興奮した様子で透明な壁を指す。
「アイリスが早まらないように私が壁を張ったの」
レイチェルは淡々としゃべった。
「早くこの魔法を解いてよ!」
アイリスの顔は怒りでさらに赤くなっていた。
しかし、レイチェルは首を横に振る。
「アイリスが行って何か変わるの?彼を信じるしかないわ」
レイチェルに諭されたアイリスは何も言えずに座り込んだ。
「おーい」
遠くのほうから聞き覚えのある声が聞こえた。
その声の主は少しずつ近づいてくる。
その人物の顔を見てアイリスの表情は明るくなった。
「トラズさん!」
少し怪我をしてはいるがその顔は紛れもないトラズだった。
「無事だったのか」
ロイがトラズを少し残念そうな顔で見た。
「それで、グランさんは…」
アイリスが聞くとトラズはうつむいた。
「…グランは逃げたよ。『嬢ちゃんによろしく』だってさ」
アイリスは自分の気持ちがわからなくなっていた。
旅を始めて最初に助けてくれた人。
しかし、その正体は魔法院を襲撃した指名手配犯。
一体どんな顔をすればいいのか分からなかった。
「それじゃあひとまずムドウに報告するか」
トラズはそう言って管理局のほうに向かった。
「よかった…。無事だったのか」
ムドウはトラズの顔を見て少しほっとした表情を浮かべた。
「あぁ。だが、やつを逃がしてしまった」
ムドウは真剣な表情をして考え込む。
そして本棚の奥へと消えていった。
しばらくして一冊の本を持って戻ってくる。
「これはグランの本だ。本来ならこの本も廃棄されるけど、俺が預かった」
ムドウは本を開く。
そこにはびっしりとグランのことが書かれていた。
ムドウは次々にページをめくる
「このページだ」
アイリスたちが本を覗き込むとそこには魔法院を襲撃した時のことが書かれていた。
「13時00分 魔法院襲撃。魔法院職員の大半が死亡したため、詳細は不明。その時発動された魔法は古代魔法にすら匹敵するほどだった」
アイリスは真剣な顔でグランの起こした事件の記録を見ていった。
時折来る吐き気に耐えながら魔法院襲撃事件の記録を読み終える。
文章を読んだだけで血の匂いがした気がする。
「あんなに優しそうだったのに…」
アイリスの中ではグランは親切な猟師なのだ。
ここに書いてあるようなことをするとは到底思えなかった。
「優しそうな猟師を演じていただけさ」
ムドウは本をめくりながら答える。
そして本の最後のほうのページを開いてアイリスたちに見せる。
「12時46分 魔法院職員“人狼”の部屋へ侵入、戦闘開始。人狼は深手を負い、グラン本人も消息を絶つ」
さっき起きたことがもう書かれていた。
アイリスはふと思った。
「これ、間のページを見ればグランさんが何をしていたのか分かるのでは?」
ムドウは一つ前のページをアイリスに見せた。
そこには何も書かれていない空白のページがあった。
「魔法院の記録から抹消された魔術師は魔法院で起こしたことしか記録されない。つまり、やつが何のためにここに来たのかも全く見当がつかない」
次へ進む手掛かりが無くなってしまった。
アイリスたちは肩を落とす。
「そういえばあいつ、まだ本番じゃないとか言ってたな」
トラズはあっさりととても大事なことを言った。
「何でそういうことを先に言わないんだ!」
ムドウは珍しく怒った。
「いや、言おうと思ったんだけどタイミングがなくて…」
トラズはムドウの気迫に押されて後ずさりをした。
ムドウは長いため息をついて考え直すことにした。
「本番じゃないってことはまた来るってことだよな。目的はトラズと仮定して考えよう」
ムドウは情報を整理していく。
「奴は俺の部屋に入って部屋を荒らすことなく堂々と待っていた。捕まるリスクがあるのにだ」
トラズはあごに手を当てる。
「それほど自信があったか、俺に会わなければいけないことがあったか…」
「後者だとしたらトラズを自分のほうに引き入れようとしている。そして思ったよりも向こうは焦っているということになるな」
「それならグランの言う“本番”はすぐにやってくる。あまり準備している暇はなさそうだ」
ロイはそう言って外に出ていった。
「どこ行くの?」
アイリスが聞くとロイは振り返ることなく答えた。
「町の様子を見に行ってくる。来ると分かっている敵に対して罠を張るのは常識だろ」
「彼の言っていることは確かだ。俺たちも行こう」
ムドウはロイについて行くことにした。
「俺も何もしないのは性に合わないからな」
トラズもそれに続く。
「そうね。うちの団員を一人で行かせるわけにはいかないもの」
結局アイリスたちもついて行くことになった。




