ⅩⅩⅩⅥ
新章第一話です。仲間をそろえたアイリスに待ち受けるものとは-
フォールを旅立ったアイリス率いるノーツアクトの一行は東のほうにある魔法院の本部を目指して歩いていた。
「魔法院ってどういうところなんですか?」
アルヴァは首をかしげる。
「魔法院は魔術師を管理する施設というのは前に言ったわね。魔術師を名乗るのなら一度魔法院に登録しておかなければいけないの。だから、魔法院には膨大な量の魔術師たちの記録があるわ。それゆえに魔法院はその建物自体が街みたいに巨大なものになっているの。そこで働いている人たちでさえ迷ってしまうようなほどにね」
アイリスの説明にアルヴァは想像を膨らませる。
「魔法院に一度登録を済ませれば何かと便利なことがあるからな。一度僕たちも立ち寄っていったほうがいい。何故かアイリスは嫌がっているけどね」
ロイはアイリスの腰辺りをつついた。
はしゃぎながらも一行は足を進める。
やがて視界が開けてくる。
そこはレイチェルにとって懐かしい景色だった。
「スバラ平原だわ…」
レイチェルが感嘆の声を漏らす。
死ぬ前にもう一度見たいと願ったが結局それは敵わずに命を落としてしまった。
その景色が今目の前に広がっているのだ。
レイチェルは静かに興奮していた。
「ここに出てしまえばそこまで急ぐ必要はないわ。せっかくだからゆっくり行きましょうか」
アイリスはレイチェルの気持ちを汲んでそう提案した。
レイチェルはネジ子の身体を借りて平原を走り回った。
懐かしい草を踏みしめる感覚。
まだ慣れてないせいかその場に倒れこんでしまった。
寝ころんだまま大きく息を吸い込む。
緑の生い茂る匂いが鼻に入ってくる。
まるで昔に戻った気分だった。
「レイチェル」
ロイの声で現在に戻ってくる。
「そうね。これ以上はネジ子にも負担がかかってしまうわ。止めておきましょう」
レイチェルは少し物悲しそうにネジ子の身体から出た。
「ありがとうネジ子。おかげで昔を思い出せたわ」
面と向かってお礼を言われたネジ子は少し恥ずかしそうにうつむいてしまった。
「そんなことしていると置いていくわよ~」
遠くでアイリスが呼んでいる。
三人はアイリスのほうに駆けて行った。
「魔法院かぁ…」
アイリスはいまだに不機嫌な顔で歩いていた。
「いつまでうじうじしている気だ?行くって決めたんだろ」
ロイは辛辣な一言を放つ。
「それはそうだけれど…」
珍しく優柔不断になっているアイリスに仲間たちはすっかり呆れてしまった。
「第一もうすぐそこまで来てしまっているんだ。ここまで来て引き返すなんて言うなよ」
ロイがまっすぐ前を指さす。
その先にはいつか見た建物が見えた。
荘厳な気配を纏ってその場に立つその建物は強固な城塞のようにも見えた。
「あれが魔法院本部だ」
近くに立ってみるとさっきよりも威圧感が増す。
壁は石レンガを組んで作られており、ちょっとの衝撃ではまず崩れないようになっている。
更にその壁のところどころに守護魔法の陣が彫られている。
外界の人間を拒んでいるその壁には入り口らしきものは一切見当たらなかった。
「どこから入るんですか?」
アルヴァがアイリスを見上げる。
アイリスはドヤ顔で自慢げに説明し始めた。
「それはね…」
アイリスが古びたレンガを二回たたいてから指で陣を書いていく。
すると今まで壁だった場所に立派な門が現れた。
「さ、入りましょうか」
アイリスは門に手を当てて力を込める。
門はピクリとも動かない。
はぁとため息をついてロイが手伝う。
すると少しずつ門が動いていき、やがて完全に開いた。
「さ、行きましょう」
何事もなかったかのようにアイリスは中へと入っていった。
仲間たちも続いて入る。
中に入るとそこはまるで一つの町のようだった。
外にいるときは聞こえてこなかった人々の笑い声があふれている。
「珍しい守護魔法だな」
ロイは壁の陣をまじまじと見つめる。
守護魔法に関してあまり勉強してこなかったアイリスにはさっぱり分からなかった。
「ここまで来たらすぐに登録してしまいましょう」
アイリスは半ばやけくそになっていた。
アルヴァたちは異国に来た観光客のごとくあたりを見渡す。
ゆっくりとした足取りで何とか目的の建物にたどり着いた。
「魔法院 魔術師管理局」
そう書かれた看板にアイリスは身震いをする。
嫌な思い出がフラッシュバックしてきて目眩がした。
「アイリス、大丈夫か?」
ネジ子が体を支えてくれたおかげで倒れずに済んだ。
「ええ、何とか」
頑張って笑うが、顔から脂汗がだらだらと流れる。
「まぁ、ここで立っていても仕方ない。とっとと済ませてしまおう」
ロイは建物の扉に手をかけた。
ギィィという音を立てながら木製の扉が開く。
少し埃っぽい館内はとても広く、入り口の目の前にカウンターらしきものがあった。
その奥にはどこまで続いているかわからない巨大な本棚にびっしりと本が並べられていた。
「ようこそ。魔術師管理局へ」
カウンターに座る男が声をかけてくる。
メガネをかけた瘦身の男はひ弱という言葉がぴったり合う見た目だった。
「俺はこの管理局の職員、ムドウという者だ。まぁ、気楽にムドウさんとでも呼んでくれたまえよ」
男は飄々とした態度で自己紹介をする。
アイリスたちが固まっているとムドウは独りで続けた。
「君たちまだ登録していない魔術師だね?ならここで説明するからちょっとついて来て」
登録していないことがすぐにわかったこのムドウという人物はもしかしたらすごい人なのかもしれないとアイリスは思いつつ、ついて行くことにした。
「改めて言わせてもらおう。ようこそ、魔術師管理局へ」
ムドウは真剣な表情をして説明し始めた。
「ここは魔法院の仕事のうちの一つである“魔術師の管理”をしているところだ。僕たち管理局の職員には日々膨大な量の魔術師たちの記録が送られてくる。それを仕分けし、魔術師の功績の管理をする。また、何かしらの罪を犯した者はここにある記録が抹消される。そういったことをしているのがここ、魔術師管理局だ。さて、説明はこれくらいにして君たちの適性を調べよう」
ムドウは奥の部屋へと入っていく。
アイリスの心は不安でいっぱいになってしまっていた。




