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ノーツ・アクト  作者: 蜂屋 柊楓
第一章 旅の始まり
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デイジー過去編です

「私はここに来る前、盗賊をしていたの」


不正をしたり、高い税を取って私腹を肥やしている人たちを専門に盗んで、その一部を配っていたりしていたから義賊みたいな扱いを受けていた。

そんなある日だった。

私はいつも通り一軒のお屋敷に盗みに入った。

すべてうまくいって後は出ていくだけという時だった。

「待って」

誰もいないはずの宝物庫から声がする。

「君は誰?使用人の人じゃないよね」

焦っている私と対照的に声の主はとても落ち着いていた。

本当は顔を見られないためにマスクを用意していたのだけど、つけるのを忘れて宝物庫の扉に手をかけた。

中にいたのは少し細い男だった。

「やぁ、君が巷で噂の盗賊さんか。ここにも盗みに入ったのかい?」

男は私を恐れることなく話しかけてきた。

「ええ、そうよ。もうお宝はもらったからあとは逃げるだけだったのにまさか見つかっちゃうなんて、私も運が尽きたかしら」

「逃がしてあげようか」

男は私の顔を覗き込んでそう言った。

「なぜ?」

私は呆れながら聞いた。

男の口から出た理由を聞いてさらに呆れる。

「僕は君のファンなんだ。こうして話をできるだけでうれしいよ。だから君を逃がしてあげる。その代わり、またここにきて僕とお話ししてくれないかな」

なんていうものだからその日はお言葉に甘えて逃げた。

彼との約束を破ることになるけど、そもそも私は彼を知らない。

私は甘い彼のおかげで逃げることができた。別に彼との約束を守ってやる義理はない。

そう思っていたけれど、次の日私はそのお屋敷の前にいた。

今度はマスクも何も用意せずに正門から入る。

私は彼に会いに来ただけ。そう心に言い聞かせて戸を叩いた。

「はーい、今行きます」

奥からバタバタとあわただしい足音。

中から一人の侍女が出てくる。

「あら、お客様ですか。申し訳有りません、ただいまライアン様は留守にしております」

ここの家主はライアンという名前なのか。

一つ情報を提供してくれたことに感謝しながら答える。

「人を探しているのですが…」

言おうと思ってはっとする。

私は彼の名前を知らないのだ。

「そうでしたか、ではその人の名前はわかりますか?」

これは困った。

「えっと、名前が分からないのですが男性で少し細い体つきでした」

侍女はあごに手を当てながら考える。

やがてはっとしたようにポンッと手を打った。

「もしかしたらジュリウス様かも」

「ジュリウス?」

私が聞くと侍女は説明する。

「ジュリウス様はライアン様のご子息です。生まれつき体が弱く、この屋敷の中で療養しております。しかし、ジュリウス様にどのようなご用件でしょうか」

お礼を言いに来たと言うとおかしくなってしまう。

私はとっさに嘘をついた。

「ええ、実はこの間このあたりを散歩していた時に窓からこちらを見るジュリウスさんを見かけて、その、恥ずかしい話ですが一目惚れをしてしまいまして、できれば直接話してみたいと思い伺いました」

我ながら苦しい嘘だとは思うが、私は昔から嘘が下手なのだ。

これで怪しまれたら逃げればいい。

しかし侍女はうれしそうな笑顔を見せる。

「そうでしたか!では少々お待ちください。ジュリウス様に相談してみますので」

そういうとバタバタと二階に上がる。

しばらくして侍女が満面の笑みで降りてくる。

「ジュリウス様は大変喜んでいます。こちらへ」

私は侍女に案内されて二階の奥の部屋に案内される。

「応援しております」

侍女はそういって下がっていった。

私はしばらく扉の前で固まっていたが、意を決して入ることにした。

「やぁ、ほんとに来てくれたんだね」

この前の男がベッドに座っている。

「私はこの前のお礼を言いに来ただけよ」

そう言いながら部屋を見回す。

しかしこの部屋には驚くほど物がなかった。

生活に必要な最低限のものが置いてあるのみで、色も白で統一されていて清潔というよりも何かの実験施設のようにも思えた。

「それでも僕に会いに来てくれたことは変わりないじゃないか。ありがとう、約束を守ってくれて」

ジュリウスは私に微笑みかける。

その笑顔の奥にどこか辛そうなものが見えた。

「僕はね生まれつき体が弱くて外に出たことがないんだ。だからこの部屋が僕の世界であり、僕のすべてだ。僕の世界は白色で、呼べば使用人が来るけどすぐに戻っていってしまう。

でも、君は違う。君の世界はいろんな色で染まっていて様々な人と交流ができる。僕はそんな君にあこがれているのかもしれないね」

そういうとジュリウスは苦しそうな咳をする。

しかし、私にはどうすることもできない。

この時私は心に決めた。

ジュリウスに世界を教えてあげようと。

それから私は毎日のようにジュリウスを訪ねた。

ある時は森にいた鹿の角の一部、またある時は街で売っていた綺麗な石のペンダントを持っていった。

そのたびにいろんな話をした。

そのすべてをジュリウスは興味津々な様子で聞き入る。

やがて私は本当にジュリウスに惚れてしまっていた。

でも私は盗賊、ジュリウスは金持ちの息子。

絶対に成就しない恋を抱えてジュリウスに話をした。

ジュリウスは私の恋心に気づかない様子で話に食いつく。

そんなある日、ジュリウスが珍しく家の話をしてくれた。

「ねぇデイジー。僕はどうすればいいと思う?」

「何が?」

私は首を傾げた。

「実は今、父が仕事の関係で母と話していないらしいんだ。母はとても悲しんでいて、何とかできないかな」

「そんなこと私に聞かれても困るわ。自分で考えなさいよ」

私の返事にジュリウスはう~ん、とうなる。

「確かに君の言う通りだけど…」

その日はずっとその話をしていた。

気付けば外はすっかり赤くなっていた。

「あ、もうこんな時間か。それじゃ、また」

ジュリウスにそう言い残してその場を去る。

屋敷から出ようとしたとき廊下の奥から話声が聞こえた。

「おい。あいつは大丈夫なんだろうな」

「それが、思ったよりも症状が進行しており、持って三か月かと…」

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