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ノーツ・アクト  作者: 蜂屋 柊楓
第一章 旅の始まり
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「これで何日目かしら…」

森の中に吹く風は心地がいいが、風で腹は膨れない。

一人で獣道を進む少女、アイリスはかれこれ三日は歩き続けていた。

世界を見たいという動機で始めた旅だったが、いくら歩いても街が見えてこなかった。

しばらくして、小さな川が見えてきた。

「やっと水が飲める…」

フラフラと吸い込まれるようにアイリスは川に近づく。

川の水は思ったよりも冷たく火照った体が冷やされていく感覚があった。

本当なら水浴びでもしていきたいところだが、だれもいないとは限らない。

軽く顔を洗う程度にしておいた。

「誰?」

アイリスは目の前に感じた気配の主を探したが、誰もいなかった。

「なんだか不気味ね…」

アイリスはその場をそそくさと去っていった。

アイリスの背中を目で追う人影。

「…あの子、珍しいな」

やがてその人影も森の中へ消えていった。


アイリスの体力は限界に近かった。

元々体力に自信がなかったのに、けもの道をずっと歩いているのだから足はパンパンになっていた。

「あとどのくらい歩けばいいのかしら」

近くにあった石に腰かけて腰につけた袋から木の実を一粒取り出して口に含む。

一粒では腹は膨れないが、もう残り少ない。節約せねば。

アイリスは懐から地図を取り出して読む。

「もう少しで町のはずなのだけれど…」

本当ならもう見えてきてもいいころだ。

アイリスが肩を落としていると、目の前の茂みがガサッと揺れた。

「何っ?」

茂みから出てきたのは一匹の鹿だった。

腹の部分からだらだらと血を流している。近くに狩人でもいるのだろうか。

なんにせよこのままでは可哀想だ。

そう思ったアイリスはそっとシカに手を当てる。

アイリスが目を閉じて何かを念じるようにすると手を当てた部分に謎の模様が浮かび、ぽうっと淡い光がシカを包んだ。

するとみるみるうちに怪我が治っていく。

「これで大丈夫よ」

アイリスは鹿の頭を撫でた。

鹿はしばらくアイリスを見ていたが、そのまま走り去っていった。

これがアイリスの魔法、“調和の印”である。

本来、魔法というのは自身の体内または自然の中から、魔力を使いイメージを具現化するものである。

その強さによって3級から特級までの四段階に分類される。

しかし、アイリスの持つ魔法、"印"はこれに当てはまらない。

印はその威力が強大すぎるために、分類ができないのだ。

あらゆるものを調整し、元の姿に戻す魔法。それが、アイリスの調和の印である。

その様子を見ていたものが一人、さっきの人影よりも巨体で、木の陰から顔だけをのぞかせていた。

「何だ…あの小娘」

アイリスはその人影に気づき、素早く近づいた。

「あなた、誰?」

その人物は無精ひげを生やし、獣の皮を着た大男だった。

急いで逃げようとするその男の腕をつかみ問いかける。

「あなた誰って、聞いているのだけれど」

動揺した大男は大粒の汗を流しながら名乗った。

「ああ、俺はこの辺で狩人をしているグランってもんだ。さっき仕留め損ねた鹿を追いかけてたら嬢ちゃんを見てな、何なんだあの不思議な力」

グランの問いにアイリスは答える。

「あれは私の魔法です。こう見えても私、魔術師ですから」

胸のあたりに手を当て、ふふんと鼻を鳴らしているアイリスをしばらく見て、グランは突然笑い始めた。

「嬢ちゃん、嘘はよくないぞ。魔術師っていうのは、子供はなれないんだよ」

確かにアイリスは幼さを残す顔立ちだったし、背も少し小さかった。

その小さな体を震わせて怒り出す。

「失礼ね!私もう、18よ?」

その言葉を聞いてグランは笑いながらアイリスの頭をポンポンと叩く。

「そうか、悪かったな嬢ちゃん。ところで、こんなところで何してるんだ?」

グランの手を払いのけながらアイリスは説明する。

「この森を抜けた先にある、サイフォートっていう街に行きたくて歩いていたのだけれど、この森案外長くて、もう三日も歩き続けているわ」

アイリスは大きなため息をついた。

グランはしばらく考え込んだのちに、口を開く。

「この森は十五分もあれば抜けられるけどな…。もしかしてお嬢ちゃん、方向音痴か?」

その言葉はあまりに突然で、しかし確実にアイリスの心をえぐった。

方向音痴?私が?確かに小さいときはよく迷子になっていたけれど、この年になっても治っていないの?

アイリスの頭はぐるぐると同じ言葉が廻った。

「おい、大丈夫かお嬢ちゃん」

グランの言葉にはっとなったアイリスはとっさに答える。

「私が方向音痴な訳ないじゃない。この森の様子を見ておこうと思っただけよ」

「そうか、なら街の場所はわかるんだな。じゃあ、俺はここで」

立ち去ろうとするグランの腕をつかみ、強引に引き戻す…ことはできないので、必死に止めた。

「待って!街の場所はもちろんわかるけれど、街まで私の護衛をしてくれないかしら」

グランはあご髭に手を当てて考え込んだが、すぐに答えを出した。

「まぁ、良いだろう。お嬢ちゃん一人だと危ないからな。サイフォートまで送ってやるよ」

アイリスは笑顔でグランのほうを見つめていた。

グランはその笑顔を見てやっぱり幼いな、と思ったが口に出したらまた怒られるのでやめておいた。


歩き始めて数分、アイリスは街の入り口の門の前に立っていた。

「ほんとに近かった…」

アイリスは自分の三日間が何だったのかと自分自身を恨んだ。

グランとはこの門が見えてきた辺りで別れた。

終始笑っていたが、アイリスにはその意味が分からなかった。

まぁ、わかる必要もないか…。そう思ってそのまま町へ入っていく。

アイリスと一緒にフードを被った子供のような人影が街に入っていったが、アイリスはそれに気づかなかった。

かくして、アイリスは最初の街、サイフォートにたどり着いたのだった。

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