神具
単行本一冊の文字数はおよそ十万だとか。プロのすさまじさを実感する今日この頃です。
小太刀が去った後、刃向井家は静寂に包まれていた。それを打ち破ったのは日和だった。
「こーくん、大丈夫かな。」
日和は心配そうにつぶやく。
「日和様、今はご主人様を信じましょう。今は、それだけしかできません。」
「うん、そうだね、そうだよね。応援するって決めたんだから、こーくんのこと信じなきゃだめだよね。」
そうはいったものの、日和の表情には陰りがあった。無理もない、心配するなというほうが酷な話なのだから。それは、日和だけではなく、みんな同じだった。またしても、刃向井家は静寂に包まれた。今度は太陽が、それを破った。
「なぁ、狐孤さん。聞きたいことがあるんだが、いいかな?」
「なんでございましょう、私にお答えできることであれば何なりと。」
「小太刀のことなんだが、小太刀はどれくらいの力を持っているんだ?いや、小太刀を疑うわけじゃないんだが、気になってしまってね。」
「ご主人様の力、ですか・・・・・・。言葉で表現することは難しいですね。しかし、あえて言い表すとすれば、“神”ですね。神が言うのもおかしな話ですが。」
狐孤は苦笑して答えた。
「神って、それは少し大げさなんじゃ。」
太陽は狐孤に面喰ってしまい、思わずそうつぶやいた。
「いいえ、決して大げさではありません。ご主人様は“神”の領域に足を踏み入れたお方ですから。」
「それは、どういう意味なんだ?」
「文字通りの意味でございます。だからこそご主人様は“神具の呪師”と呼ばれていたのです。」
「小太刀がそういう異名を持っていたのは聞いたことがあるが・・・・・・、“神具”とはいったい何なんだ?」
「・・・・・・・。」
狐孤は太陽の言葉を聞くと、少しうつむき、悩んだ。しかしすぐに顔を上げ、語りだした。
「わかりました、ご説明いたしましょう。しかし、一つ約束してください。このことは絶対に他言無用です。もし不用意に語れば、あなた方の身を滅ぼしかねません。」
「わかった、約束しよう。日和も、母さんもいいな?」
「「はい。」」
「では、ご説明いたしましょう。まず、皆様は呪がどのようにして発動しているかご存知ですか?」
「えーと、“理”ていう力を利用してるんだよね?」
「はい、その通りでございます。では、その“理”とは何なのでしょうか。皆さまは“理”を何かしらのエネルギーと考えておられますよね?」
「うん、魔力みたいなものって思ってるけど違うの?」
「いえ、別に間違いではありません。しかし、正しくもありません。」
「どういうこと?」
「・・・・・・“理”とは森羅万象の記憶、つまりはデータの集合体のようなものなのです。そうですね、パソコンをイメージしていただければわかりやすいかもしれません。例えば、太陽様がお仕事で必要となる資料をおつくりになるとしましょう。太陽様、まずなにをなさいますか?」
「そうだな、パソコンのフォルダの中から資料に必要なデータを探して・・・・・・なるほど、そういうことか。」
「お分かりいただけたようですね。」
「え?どういうことなの。お父さんはわかったの?」
「ごめんなさい、私もまだピンとこないわ。」
「いいか、資料を呪、フォルダを“理”だと考えるんだ。つまりだ、資料(呪)という結果を作り出すために必要となるデータをフォルダ(理)から引き出す。これが呪の仕組みなんだ。そうですね?狐孤さん。」
「ご明察でございます、太陽様。ですから、呪の行使には“理”に対する知識が必要不可欠なのです。」
「そっか、データを探すっていってもフォルダの中にどんなデータが入ってるのかが分からないとどうしようもないもんね。」
「そういうことでございます。さて、大雑把ではありますが、“理”と呪についてはご理解いただけたかと思います。次は呪具についてなのですが、ここまでくればおおよそ察しがついているのではないでしょうか。」
「呪具とは、呪という資料を保存した記憶媒体、そんなところですか。」
「はい、その通りでございます。一つの呪具には一つの呪しかこめられないという制約はありますが、多くの呪師は呪具を用いることで効率よく呪を行使しているのです。さて、ここまでが神具のことを語るうえで必要となる前知識でございます。ここまででご理解いただけなかったところはございますか?」
日和、太陽、日向は沈黙をもって答えた。
「よろしいようですね。では、はじめましょう。さて、先ほど私は一つの呪具には一つの呪しかこめられないと申し上げましたが、それは容量の問題なのです。2GBのUSBに4GBの情報を詰め込むことはできませんよね、それと同じことなのです。それは、どんなに腕のいい呪師にも覆すことができないものです、ご主人様とて例外ではありません。しかしそれはあくまで“呪具”なら、という話です。神具となれば話は変わってきます。実は、神具という概念自体は呪具が創りだされると同時に提唱されていたのです。しかし、だれにも作り出すことは叶いませんでした。無理もない話です。なぜなら神具とは、“理”そのものを物質化し、道具として行使するというものだったのですから。」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。“理”を物質化って、実体のないデータの集合体を物質化させたってことなのか?そんなことが可能なのか?」
「不可能ですね、普通は。ですから、どんなに腕のいい呪師にも創りだせなかったのです。形のないものに形を与える。それは神の領域ですから。」
「不可能って、でも、こーくんはそれを創ったんだよね。だからこーくんは“神具の呪師”って呼ばれてるんだよね?」
「ええ、ですから最初に申し上げましたよね、ご主人様は神の領域に足を踏み入れたと。ご主人様が元々お持ちだった途方もない才能、そして私という神との邂逅、それらすべてが相まって、ご主人様は創り上げてしまわれたのです。人間に許されざる禁忌の道具、神具を。」
今回は説明回でした。うーん、我ながら話のテンポが悪い。次回作を閣機会があれば、この点を反省したうえで書きたいですね。あ、もちろんこの物語を完結させてからの話ですが。




