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7話

 紗也佳の手術を明日に控え、私はいつものように仕事に勤しむ。この寒い中の外回りはきついが、少しでもお金を稼がないと。それに、紗也佳に比べれば、これくらい何でもない。紗也佳の病気を考えれば、へこたれるわけにはいかなかった。


「それじゃお願いするよ」

「はい。ありがとうございます」


 私は大きな事務室にて、担当の人と握手を交わす。新しい契約に何とか取り次ぐことが出来た。随分と時間がかかったが、大きなパイプラインが出来た。この会社がうちから発注してくれれば、かなりの利益になる。うちも大きくなってさらに余裕が出来るはずだ。直接インセンティブのこともそうだが、基本給が増えることにもなるかもしれない。私はこの契約に大きな手応えを感じていた。


 これは益岡社長も期待していた案件だ。外に出てから、歩きがてら携帯に手をかける。さっそく報告をしようと思った。

 携帯のディスプレイを見て気付く。数件不在着信があたようだ。マナーモードにしていたせいで気付けなかった。ただ件数が妙に多いような気がする。誰からなんだと不思議に思ったが、会社の電話からかかっていた。珍しいと思う。何件か繰り返し着信があったようだが、そのうち何件かは、社長の携帯からもかかってきていた。何かあったのだろうか。

 私は報告も兼ねて、パーキングに向かいながら電話をかけた。


「あ、益岡さん」

「何で電話出ないんだっ!」

「え……」


 契約が取れたことを伝えたあとの、益岡さんの喜ぶ声を想像していただけに、いきなりの怒号に肝を冷やす。益岡さんがここまで怒って声を荒げるのも滅多にない。私は戸惑いながらも、相手方と交渉していた為にマナーモードにしていたことを伝える。


「そんなことより急げ鈴原! 紗也佳ちゃんが……」

「……!?」


 その言葉で私の鼓動が一気に早まる。何があったというのか。益岡さんが手短に教えてくれた。

 つい先ほど発作があったという。予期しない大きな発作で緊急を要する為に、急遽明日に予定していた手術を行うそうだ。ただでさえ成功率が低いというのに、発作が治まらない状態で、何処まで紗也佳が耐えられるかどうからしい。

 私の携帯に連絡を入れたが繋がらない。病院はそれで、私の仕事場に連絡を寄越した。事情を知った益岡さんが、急いで何回も電話をかけたとのことだ。

 何故、電話に気付かなかったと後悔の念が募る。あらかた事情を聴き終える頃には、私はパーキングにまで戻って来れた。急いで支払いを済ませ、車に乗り込む。


「あ、でもこの後のアポは……」

「馬鹿野郎っ! それくらい、俺が何とかしてやる。それくらいしか俺には出来ねぇんだから任せろ!」

「すいませんっ! 恩に着ます」

「気にするな。んなもん着せなくていいから。事故るんじゃねぇぞ。絶対に行け!」

「はいっ」


 細心の注意を払いつつも、私は全速力で車を飛ばす。とても営業で回る運転ではなかったが、正直のところ、事故さえ起きければ、私は関係なくエンジンを吹かせた。


 紗也佳……。紗也佳……。


 何度も娘の名前を繰り返し念じた。今行くから。待っててくれ。絶対にお金は用意するから。お願いだ香奈枝。紗也佳を、私たちの娘を護ってくれ。



 病院に着いた私は走り込む。いつもと違い、病室から移動している可能性もあると思い受付へと向かった。


「あの、すいませんっ。鈴原です」

「はい。こちらです」


 既に聞いていたのか。受付の人が、もう一人の方に声をかけたあと、速足で案内してくれる。何回もこの病院には足を運んだのに、全く来たことがない場所に連れて来られた。


「ここです。ここに紗也佳ちゃんがいますので。今先生を呼んできます」


 受付の人はそう言って、ばたばたと離れていく。案内されたのは一つの病室だった。いつもは三階であるのに、一階の入り口とは随分離れた人気のない病室だった。廊下の奥には、暗がりのなか手術室と掲げられた部屋が見える。私はそれだけで怖くなった。

 すぐさま紗也佳がいるという病室に入る。コロコロがついていて移動出来るベッドの上で、紗也佳は苦しそうにしていた。


「ハ、ァ……、ハァ……、ハ、ハァ……」


 不規則で激しい呼吸。機械から伸びるチューブが紗也佳の体とつながっていた。


「紗也佳ぁ!」

「ハ……ァ、おと……さん……?」


 紗也佳が僅かに片目を開ける。私は分かるように声を少し荒げた。


「紗也佳。お父さん来たぞ。大丈夫。絶対、絶対助かるからな」


 安心させてやりたい。何も心配ないと。だというのに、私の声は震えるばかりで怖くなっているのが自分でも分かる。紗也佳にはそこまで伝わらなかったのか。私を見てにこっと笑って見せた。


「お父……さん……」

「あぁ、来たぞ。お父さん来てるからな」


 震えながら紗也佳は右手を僅かに持ち上げる。ほとんど上がらなかったが、それでも紗也佳の意思は汲み取れた。私は紗也佳の右手をぎゅっと握りここにいると伝えたかった。無意識にもつい力が入ってしまう。


「聞いて……、いい……?」

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