6話
紗也佳が目を覚ましたのは夕方くらいになってからだった。
「お父さん?」
「ああ、そうだよ」
紗也佳はゆっくりと起き上がろうとする。私はそれすらも心配になって止めた。
「寝たままでいいから。無理はするな」
「……うん」
紗也佳は何処か寂しげな表情を浮かべていた。それぐらい感じ取れた私だが、無理をさせるわけにはいかない。出来るだけ優しく、大人しくするように言い聞かせる。
紗也佳はまず謝った。発作が起きて迷惑を掛けたこと。せっかくの休みだというのに、時間を浪費したこと。私が気にするなと何回か口にして、ようやく紗也佳は謝罪を終えた。
その後平坂さんがいないことを尋ねてきた。それについては、ちょっと呼ばれたようだと適当に誤魔化す。
それからして、紗也佳は昼に話したかったであろうことを話し始めた。花札が意外に面白いこと。最近は平坂さんにも勝つようになってきたことなどだった。
私は紗也佳の話をしっかりと聞いていた。一言一句漏らさないように聞いて、私は強く心を持ち直す。紗也佳にもだいぶ待たせてしまった。
紗也佳の話がひと段落ついたのを見計らい、ようやく私は、紗也佳に病気のこと、手術のことを話した。
「そう……なんだ」
「すまない。今まではっきり言ってやれなくて。お父さんな……」
「ううん、言わなくても分かってる。私のこと心配してたからでしょ。怖がるんじゃないかと思って」
「あ、あぁ……」
それもなくはないが、何より自分が怖かったからだとは言えなかった。
「その手術で、治るわけじゃないんだよね」
「……そうだな。一旦悪化してるのを持ち直すといったところか」
そうなんだ。それで治ったらいいのに。そう言いたそうな顔だ。けどこの娘はそれを言わない。そういうところは香奈恵に似たのか。私よりずっと強い娘だった。
「それで、いつその手術をするの?」
「あぁ。予定では、明後日にするらしい」
「そうなんだ」
これで病気のことも話した。手術しないといけないことも。けど、もう一つ話さないといけないことがある。私の心は、まだこんなにも弱い。紗也佳から訊かれるのが怖くて堪らなかった。
「それで、その手術って……」
「紗也佳……」
「ううん、何でもない」
「そう……か」
胸が激しくがざわついた。たったそれだけの言葉で、締め付けられるような思いだった。
「その手術って、成功するの?」
紗也佳はそう訊こうとしたのかもしれない。でも、紗也佳は私の顔を見て、何でもないと取り下げた。今の私はどんな顔をしているのだろう。何て、酷い表情をしているのだろう。娘に気遣われるなんて、何て酷い親なんだろうか。
そして平坂さんが戻ってきた。私は慌てて立ち上がり頭を下げる。昼は大声を出してしまったこと。平坂さんは気にするなと笑みを浮かべた。
紗也佳が様子を見て当然ながら心配していたが、平坂さんがちょっと水を零してしまったことだ。と機転を利かせてくれた。
せっかくということで、そのあとは三人で遊んだ。トランプや花札といった類のものだったが、紗也佳が楽しんでくれたようで、私はそれだけで安心出来た。
ただ私にとって初めての花札は意外に難しいものだった。ほとんどが私の負けで終わってしまう。
「またお父さんの負けだね」
「思ったより弱いの」
「ぐっ……。も、もう一回」
「そろそろ違う遊びにしない?」
「いやちょっと待ってくれ。今度こそ勝つ」
「とは言っても、もう何回目になるか分からんぞ。おっ、美紀ちゃんちょうど良かった。ちょっとやっていかんか」
たまたま開いていた引き戸の扉から看護婦さんが見えた。いやもう看護師さんか。
「い、いえ私今勤務中なんですけど」
「一回、一回だけじゃ。ちょっとだけ。ずっと三人でやるより人数を変えると面白いからの」
平坂さんは美紀さんという看護師さんの手を引いて部屋の中に連れ込んできた。けっこう強引な人でもあるな。
「わ、分かりました。一回だけですよ」
まだ三十くらいの美紀さんはついに根負けして混ざることにしたようだ。
「で、何をやるんですか?」
「花札ですけど、分かります?」
「えぇ。ちょくちょくこうやって平坂さんに相手をさせられてますから。最近は紗也佳ちゃんの相手も多いですけど」
そんなことまでしてたのか。
「えへへ……」
「まぁいいんですけど」
「それよりさっそくやるぞ」
今度こそ勝って名誉挽回しなければ。意気込む私だが、勝負の世界は厳しかったようだ。
「弱いのう」
「あ、あの私そろそろ戻らないと」
「す、すいませんもう一回だけ」
「お父さん……」
「む、むぐっ……」
紗也佳の視線が何処となく冷たい気がする。花札って奥が深いな。