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5話

 また何かあれば呼んでください。先生はそう言って部屋を後にする。私は深々と頭を下げた。


「ありがとうございます。あの、お爺さんもありがとうございます」

「あんた、鈴原さんだったかな。ちょっといいか?」

「はい」


 何だろう。胡座をかいていたお爺さんはゆっくりとベッドから降りる。スリッパを履くと、部屋の外に向かう。何処か場所を移すのかと思ったが、何のことはない。扉を開けると、廊下にてお爺さんは足を止めて振り向いた。


「まだあんたには名乗ってなかったか。その表札にも書いてるがな。儂は平坂という」

「あ、はい。鈴原です」

「場所を変えようかとも思ったが、またさっきみたいなのがあったらいかんからな。とりあえず此処で構わんか」

「え、ええ」


 随分と物をはっきり言う人だと思った。それでも、自分勝手に振舞っているわけではないと分かる。だからこそ、平坂さんの言わんとすることが何となく察しがついたのかもしれない。


「あまり聞くべきことじゃないが、知っておきたい。……あの娘は、死ぬのか?」

「……っ」


 本当にはっきり言う人だ。私の動揺を見抜いて、それだけで理解したようだ。


「そうか。だがあの娘はちゃんと知っているのか?」

「な、何を。平坂さん。何故貴方がそんなことを……」

「あの娘が言ってたからな」

「……!?」


 紗也佳が……。一体、何を言っていたと言うんだ。


「此処は時間だけはたっぷりある。今だけだがな。同じ病室同士、歳は違えど身の上話くらいするわい」


 その後に、紗也佳ちゃんが言っておったと話す。


「お父さん頑張ってるから私も頑張るってな。けど最近悩んでもおった。私、何の病気何だろうって。お父さんが話したがらないみたいだから、聞かないようにしてるって。お父さんの絶対治るって言葉を信じてるって。それは、本当か?」

「……」


 紗也佳がそんなことを。私の負担にならないように、そこまで気を遣っていたのか。紗也佳に対する申し訳ない気持ちがせり上がる。そして、平坂さんの本当かという問いに、私は何も言えないでいた。


「……だろうとは思っとったがな。本当に治るならちゃんと言えるはずじゃ。それを中途半端に治るという言葉だけで済ますから、心に迷いを持ってしまう。病は気から。騙すならとことん騙さんといかん。迷いを与えると治るもんも治らんぞ」


 治るものも治らない。そう言われた私のなかで、何かが音を立てた。自分の奥底に閉まっていた何かが、吹き出したのかもしれない。


「そんなもの、詭弁です。治ると言えるならとうに言っている。治らないじゃない。治せないからこそ、私は何も言えないんだっ!」


 そうだ。紗也佳の病気は治せないわけじゃない。私が不甲斐ないからだ。本当ならすぐにでも海外に向かう。最高の医療技術で、とっくに治してもらう。それをしないのは、それが出来ないのは、私に力がないけだ。


「……金か」

「……」


 此処が病院だということも忘れて、つい声をあらげてしまったことに、私は後悔の念が募る。顔を俯かせ、平坂さんの問いに私は震えた声で応答した。


「……えぇ」

「そうか。それは……歯痒いな」


 顔を上げられない私は、平坂さんの表情が分からない。その言葉にどんな思いが込められていたのか、私は分からないままに放置した。僅かながらに、ひそひそと人の気配を感じて、私の発した声に病院関係者の人や患者さんが、様子を伺っているのだと察した。


「……すまんかったな。つい、出しゃばってしまった。年の功か、あの娘のこともつい、孫のように思えてしまったんでな」

「いえ……」

「今日は空いているのだろう。儂は席を外すから、今日はお前さんが付いててやるといい」


 平坂さんはそう言って、ゆっくりと向き直す。引き摺るようなスリッパの音を立てながら、何処かへと歩いて行った。

 私は近くの人たちにお辞儀をしてから、紗也佳のいる病室に入る。もしかしたら紗也佳にも聞こえてしまったかと心配になったが、杞憂だったようだ。ベッドで眠る紗也佳は、落ち着いた様子ですやすやと寝入っていた。


 とんだ八つ当たりをしてしまった。平坂さん。あの人も、紗也佳のことを心配してくれていたというのに。


 紗也佳の小さな頭を撫でながら、私は固く目を瞑った。あとであの人に謝らなければ。そして、平坂さんの言う通りだ。


 ちゃんと言うんだ。紗也佳に、自分の病気のことを。そして、近々手術をしないといけないことを。いつまでも逃げるわけにはいかない。

 大丈夫だ。何も心配するな。私は眠っている紗也佳に語りかける。けどそれは、紗也佳に対してのものなのか。自分に対してのものなのか。私にも分からなかった。

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