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4話

 早くに病院に向かった私は、診察室に通される。そこには、険しい表情をした先生がいた。中々見ない顔だ。だからこそ、逃げ出してしまいそうになる。


「おはようございます」

「おはようございます。鈴原さん」


 一応挨拶を交わす。逸る気持ちを抑え切れず、私は素早く回転椅子に座った。


「それで……」

「ええ」


 先生から紡がれた内容は最悪なものだった。ここ最近安定していたものの、昨日急変してしまった。このままでは、またいつ同じように発作が起こるか分からない。近々手術をする必要があるとのことだ。


「そんな……」


 ただでさえ追い込まれているのに。いや、そんなことは問題ではなかった。


「手術は……、その手術は成功するんですか?」


 話を聞いていて、いや聞く前から感じていたことだ。いつもの先生とは違う。妙に硬い表情のような気がする。それに、口数もだいぶ少なかった。はっきりとは分からないが、重い空気が確かに流れていたのだ。

 私が疑問を口にすると、先生は僅かに反応した。


「正直に言いますと、成功率は決して高くありません。良くて五分。いや、もしかしたら……」

「せ、先生っ! 嘘、ですよね。嘘だと言ってください」


 私は声を荒げた。もう十分だ。これ以上何があるって言うんだ。先生の口を塞ぎたかった。先生の口から悪い冗談ですと聞きたかった。今なら許せる。たちの悪い冗談だが、今の私なら、何とか流せますから……。

 何て淡い希望だろう。何て脆い願望だろう。歪む私の目に映る先生は、眉をひそめて硬く口を閉じる。閉じた瞼が、すがる私を押し退けていた。


 分かっている。先生が嘘を吐く人でないことくらい。私と違い、ちゃんと話してくれることくらい分かっていた。

 それでも……私は突きつけられる現実を受け止められない。私は……。


「……っ、く、ぅあ、あぁっあぁ……、あっ、あぁああっああぁ……」

「全力を尽くします。紗也佳ちゃんは絶対に死なせません」

「ぅくぅ、ぅああっ、あぁああぁ、ぁあぁ……」


 嫌だ。失いたくない。私にはもう、頼れるのは先生しかいなかった。丸くなる私の肩に先生の手が置かれる。


「お願い……します! どうかっ……先生、助けて、ください……!」

「もちろんです。成功させます」


 先生の言葉は力強かった。


 医者でもない私には祈ることしか出来ない。治すことも、痛みを和らげることも、代わってあげることも出来ない。そんな自分が歯痒い。いや、私のやるべき事はある。それぐらいはちゃんとやらないといけない。


 私は涙と鼻水を拭き、少し時間をおいて落ち着かせた。あのままでは紗也佳に不安を植え付けてしまう。何も心配はいらない。何も、怖がることなんかいらない。私が、そう言ってやらないと。手術をすることを伝えないといけない。

 意を決して、私は紗也佳の病室を開けた。


「紗也……」

「はい、私の勝ち」

「かぁ~、これはやられたわい」


 何やら楽しそうな声だった。見ればベッドの上で紗也佳が笑っていた。昨日発作が起こったばかりだというのに。私は慌てて駆け寄った。


「紗也佳。な、何をしてるんだ」

「あ、お父さん」


 紗也佳は無邪気に私を迎える。見れば、同じ病室のお爺さんとトランプをしていたようだ。


「見て、また私が勝ったの」


 いったい何だろう。よくよく見れば、トランプではなかった。私も詳しくは知らないが、恐らく花札という奴だろう。いつの間に紗也佳はそんなものを覚えたのだろう。


「すいません。うちの娘が……」


 私はお爺さんに頭を下げた。紗也佳の遊び相手になってもらっているようだったから。しかし、相手のお爺さんは豪快に笑って見せた。


「かっかっか。なに、儂の方が暇つぶしさせてもらっておる。いつもこうやって一緒に遊んでおるのでな」


 皺まみれの顔が、にっこり笑うことでくしゃくしゃになっていた。いつも遅くに来るとはいえ、そんなことも知らない自分が、父親として恥ずかしくなった。


「ありがとうございます」

「だからいいんじゃって。こんな死にかけのもんにはもう、紗也佳ちゃんくらいしか話す相手もおらんからな」

「え~、駄目だよおじいちゃん。まだまだ元気なのに」

「冗談じゃ、冗談」

「そんな冗談は言わないって……」

「おおすまん、すまん。前に約束したんじゃったな」


 唯一同室の患者ということもあるのかもしれない。紗也佳とこのお爺さんはとても仲が良さげだった。私がなかなか来れない寂しさをこの人が和らいでくれているのかもしれない。


「お父さん、今日早いんだね」

「あ、あぁ。そうなんだ。今日は仕事休みだからな」

「じゃあ今日はずっといれるの?」

「あぁ、もちろんだ」


 やったぁとはしゃぐ紗也佳。本当に昨日発作があったのか疑いそうになる。本当はそんなのなかったんじゃないか。


「紗也佳……あのな」

「げほっ、ごほっ……」


 その時、紗也佳が急に咳き込む。私は慌てて駆け寄った。


「ど、どうした。大丈夫か」

「だい、じょうぶ……っ、だからっ……げほっ、ごほっ!」


背中を摩ってやるが席は止まらない。紗也佳は蹲るようにして苦しんでいた。


「何をしてるんじゃ。はよ、先生を呼べ!」


 摩るだけでおろおろする私に、お爺さんが擦れた声を荒げる。私はハッとなって緊急ボタンに手をかけた。その手に、紗也佳の手が添えられる。


「本当に、大丈夫……。ちょっと、咳が出ただけだから……」

「……っ」


 紗也佳が青い顔で微笑む。大丈夫だと、心配ないと。私を安心させようと、必死に表情を作っていた。

 私は……馬鹿か。何を考えてるんだ。本当に発作があったのかなんて、そんな甘いことを……。


 大丈夫だと紗也佳は言うが、念のため先生に来てもらった。少し落ち着いたらしく、紗也佳はそのまま眠りに入った。

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