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3話

 明朝、会社に出勤した私は仕事にこれまでよりもさらに精を出した。いわゆる営業マンである私は、どれだけ案件を取れるかが勝負となる。


 だが一日中駆け回った結果、意気込みと疲労に反し、成果は思うように伸びなかった。


 会社に戻ると、ストーブのスイッチを入れていた社長が私に声をかけてきた。少し無精髭が生えていて、ジャンバーに作業ズボン。いつものスタイルだった。


「お~、さぶいさぶい。お、どした鈴原。今日ダメだったか?」

「ええまあ……」


 社長直々に声を掛けられる。一般的な会社なら中々ないことだと思う。ただうちの会社の場合、従業員数が十人に満たないのだから、わりと普通の出来事だった。

 むしろ益岡社長とは良く話していると思う。歳がそんなに離れてないこともあるだろうし、私自身彼に拾われた身だ。釣りが趣味で共通していることもあり、何かと仕事以外のことで話すこともよくあった。


「珍しいな。鈴原が不調だなんて。ここ最近なかっただろ」

「あ、いや……」


 最低限のノルマは取れていることを話す。しかしそれではダメなこと。娘の治療費のために金を稼がなきゃいけないことを端的に伝えた。


 私の娘のことは社長も知っている。あまり詳しいことは伝えていなかったが、今まで以上に窮地であると初めて伝えた。


「そうか。ここんとこ妙に気合入ってたのは、そういうことか」


 あまりベラベラ話すことではないが、私は具体的な金額までも口から滑らせてしまう。今までの付き合いから、いつものように話してしまった。それを耳にした社長は、素直にその金額に驚き、神妙な顔つきになった。


「あの、益岡さん、もしあれでしたら、少しだけでも貸してもらえませんか」

「……え!?」


 恩義のある人だ。自分の上司に当たる人だ。会社のことも考えないといけない人だ。分かってる。分かり切った事実ではある。


 だが私にはまともな担保もなく、貯金もほとんどない。いや、圧倒的に足りない。諦めたくない。どうにか出来ないか、私は申し訳ないと思いながらも頭を下げた。


「……すまんが、それは」


 顔を背けて、社長は無理だと口にする。当然だった。それがきっと経営者として、いや普通の人間であれば、そう答えるに違いなかった。


「いえ、こちらこそすいません。大丈夫です。忘れてください」

「おい鈴原……」

「はい……」


 背を向ける私に、社長が呼び止める。私は何だろうと振り返った。そこには、眉をひそめる社長の顔があった。


「いや、すまん。何でもない。今日はもういいぞ。あとは俺がやっとく」

「それは……」

「いいさ。たまには、早く行ってやれ」


 私はお礼を言って、頭を深く下げた。わざわざ気遣わせてしまって申し訳ない気持ちと、素直に有難い気持ちが湧き上がったのだ。


 最後は社長に任せて、私は会社を後にした。久々に早く会える。金をどうにかしないといけない焦りはあるが、紗也佳に早く会えると思うと気持ちは嬉しくなる。


 早めではあったが既に暗い。病院に着くと、面会時間は当然のように過ぎていた。私は同じようにお邪魔させてもらうと、入ってすぐ、受付のそばに叶先生がいるのを見付けた。


「先生。どうしたんですか?」


 看護師の方と話しているようだが、この時間、先生がこんなところにいるのは珍しいと思う。私と目を合わせた先生は、訝しげな表情を浮かべてゆっくりと重い口を開いた。


「鈴原さん。夕方頃紗也佳ちゃんが……」

「……!?」


 紗也佳がどうしたというのか。興奮する私を、先生は冷静になってくださいと押し留めた。


「今は何とか治まって寝ていますよ。しかし、またいつ発作が起こるか分からない。危険な状態です」

「そんな……」


 もう寝てしまっている。安静にしないといけない。そう言われては何も出来ない。早くに訪れた私だったが、紗也佳の顔を見ることなく家に帰ることにした。病院を出てからもずっと、先生の言葉が耳から離れなかった。


「恐らく……、いえ、詳しいことは明日にでも検査します。何か分かればすぐに鈴原さんに連絡しますので」


 先生は、何を言いかけたのだろう。香奈恵の病気も、紗也佳の病気もはっきり伝えてくれる人が、何を思って言葉を詰まらせたのだろう。


 もう十分だ。これ以上、何があるというんだ。頭を抱え、私は一人だけの家に入る。


 仏壇で妻に報告だけ済ませる。明日は休みだ。とはいえ、紗也佳の検査が気にかかる。朝早く病院に行こうと思い、いつもと同じように早めに床に就いた。

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