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人魚と少年

作者: アレン

むかしむかし、美しく歌がとても上手い人魚がいました。

海の底にある人魚の国の姫です。

姫はとても好奇心旺盛でよくお城を抜け出しては海の上へ行っていました。

姫の父である王はそんな姫に頭を抱えていました。

そこで王は姫に二つの約束をさせたのです。


決して人間に姿を見られてはいけない。

人魚の血が人間に渡ることが決してないようにする。

さもないとこの国を追放にする。


人魚の血は人間の病を治す万病の薬になるのです。

だから王は特にこの事を姫に強く約束させました。




ある日姫はいつものお気に入りの岩場で歌を歌っていました。


「誰かいるの?」


夢中で歌っていると後ろから声がしました。

姫は驚き歌うのをやめて振り返ります。

幸い声と姫との間に岩があって姿は見られていません。

姫は急いで逃げようとします。


「待って!どうか行かないでくれ」


人間は焦ったように言って姫に近づこうとしました。


「来ちゃだめ!」


姫は叫びました。


「どうして行かないでなんて言うの?」


姫は人間に問いました。


「君の歌をもっと聴きたいんだ」


人間が答えます。


「どうして私の歌を?」


姫は問いました。


「君の歌が好きだからだよ」


人間は笑いながら答えました。


姫は目を丸くして驚きました。自分の歌が好きだなんて生まれて初めて言われたのです。

人間はこの近くに住む少年で、よく姫の歌を聴いていたと言いました。


「良かったらこれからもここで歌ってくらないか?僕は毎日ここに来て君の歌を聴くから」


少年のお願いに姫は悩みました。

人間に姿を見られてはいけないとわかっています。しかし、姫は少年に惹かれていました。


「わかったわ。でも私の姿をあなたに見せることは出来ないの。だから今のように岩を挟んでなら」

「ああ、それで君と会えるなら」


そうして姫と少年は明日もここで会おうと約束しました。



次の日、姫は約束通り岩場に行きます。

恐る恐る昨日の場所へ行くと少年も約束通り岩場に来ていました。


姫は少年の為に歌います。

今まで誰かのために歌ったことがなかった姫は今まで一番美しい歌を歌いました。


歌が終わると少年は大きな拍手を姫に贈りました。

そして明日もここに来てくれないかと言います。


姫にはそれを断る理由がありませんでした。




次の日も姫は岩場に来ましたがそこには少年の姿はありませんでした。

その日は酷い嵐だったからです。

昨日の少年は漁師をしていると聞いていた姫は心配になりました。


しばらく待っていると、海の彼方に一隻の船を見つけました。

その船は小さく波で大きく揺れて今にも沈んでしまいそうです。


まさかと思い姫はその船へ近づきました。


船がはっきり見える場所まで来て姫は中を確認します。

船には三人の男が乗っていました。

一人はとても強そうな大男。

もう一人は白髪の生えたおじいさん。

そしてとても美しく少年がいました。


船では悲鳴のような声が飛び交っています。


「もっと帆を引っ張れ!」


大男が怒鳴ります。


「だめだ全然舵がきかない!」


おじいさんが嘆きます。


「もうすぐ港だ!諦めるな!」


少年が叫びました。

姫は驚きました。少年の声はあの岩場で聞いた声そのものだったのです。

そう思った瞬間、大きな波が船を襲いました。


「あぁ!!」


船は成す術もなく波に飲み込まれてしまいました。


姫は急いで船に近づき必死に少年を探しました。

海に潜ると船の隙間に挟まってしまい今にも溺れそうな少年を見つけます。

姫は少年に近づき彼を岩場まで連れていきました。

少年は気を失っています。

姫は静かに海へ帰っていきました。


次の日、姫は岩場を訪れました。

少年の事が心配でしたが、同時に怯えてもいました。

昨日少年に姿を見られてしまったのです。

もしかしたらもう二度と来てはくれないんじゃないかと姫は不安でした。


しばらく待ちましたが少年は来ません。

姫は諦めて帰ろうとしました。


「待って!」


後ろから声がして振り返ると息を切らした少年が立っていました。

少年は姫に近づきます。


「こ、来ないで!」


姫は叫びました。でも少年は姫を無視して近付いてきます。

もう少しで姿が見えてしまうというところで少年が止まりました。


「どうして姿を見せてくれないの?」


少年は悲しそうに尋ねました。

姫は答えられません。


「君の姿を見てみたいんだ。この目で君を見たい」


また答えられません。


姫も少年の顔を見たいと思っているのです。

昨日見た少年の顔をもう一度と。

しかしそれは姫も少年に姿を見せなければいけないということです。

それは王と約束したことに反してしまう。


でも姫は少年の顔を見たいという願いの方が勝り少年の方へ出ていきました。


「やっぱり昨日のは君だったのか」


少年は優しく美しい笑顔を浮かべました。


少年の

短い黒髪、茶色の瞳、逞しい出で立ち、

その全てが姫を魅了し虜にしました。


姫の

美しい金髪、琥珀色の瞳、神秘的な姿、

その全てが少年を虜にしました。


二人はこのとき恋に落ちたのです。




それから姫は少年と岩場で会い続けました。

姫は少年の為に愛の歌を歌います。

少年はそれを姫の隣で聴いていました。


とても幸せな時間でしたがそれは長くは続きませんでした。

少年の母親が病で倒れてしまったのです。

その頃少年の国では不治の病が流行っていました。

少年の母親がかかったのはこの病でした。


少年は日に日に元気を無くしていきます。

姫はそんな少年を何とか助けたいと思いました。


「ねぇ、ナイフと小瓶を持ってきてくれない?」


姫は少年に言いました。

少年は何の事だか分かりませんでしたが姫の言う通りにナイフと小瓶を持ってきました。


それを受け取った姫はナイフで自分の指を切り、小瓶に血を流し込みました。


「これをお母様に飲ませてあげて。そうすれば病気が治るはずだから」


それを聞いて少年は喜びました。

しかし姫は血を渡すために少年に約束をさせました。


「これが私の血だということは誰にも言わないでください。もしも言ってしまったなら私はもうあなたと会うことは出来ません」


少年は必ず守ると言いました。



次の日姫がいつものように岩場に行くと沢山の人間が姫を待ち伏せしていました。

姫は囚われてしまいました。


姫は深く悲しみました。

少年が約束を破ってしまったと思ったのです。

そして姫は歌を歌いました。

とても悲しい歌を。



姫は歌い続けました。

しかし姫の声は日に日に弱くなっていきます。

人魚は陸には長くとどまれません。

三日たってしまうと消えてしまうのです。


姫はもう二日囚われたままになっていました。

次に太陽が昇ると消えてしまいます。

もう姫は半分諦めてしまっていました。


その夜。外が騒がしくなりました。

姫は何事かと外を確認しました。

するとそこには少年がいたのです。


少年は姫を見つけると笑顔を浮かべました。


「ああ、ここにいたんだね」


少年は姫に手をさしのべます。

しかし姫はそれを振り払いました。


「あなたは約束を破りました。もうあなたとは会えません」


少年は悲しそうな顔をしました。

姫は何故そんな顔をするのかと不思議に思います。

すると少年は今までの事を話しました。



少年は母親に姫の血を町で買った物だと言って飲ませました。

そして母親はみるみるうちに病気が治りすっかり元気にまったのです。

村人に何処で手に入れたのかを聞かれましたが少年は絶対に話そうとしませんでした。

しかし少年が用事で一日町へ行ったとき、村人が少年の家を調べたのです。

そこで隠していた姫の血の入っていた小瓶が見つかってしまいました。


「だから村の人が君を捕まえに行ってしまったんだ。僕が気づいたのは今日村に帰ってきてからなんだ」


姫はその話を黙って聴きました。

初めは少年が嘘をついているのではと思いましたが直ぐに本当のことだと分かりました。

少年の目は真っ直ぐで嘘をついているようには見えなかったからです。


姫は少年の事を信じると言いました。

そして自分は次の太陽が昇ると消えてしまうと伝えました。


「それなら早くここから逃げよう。僕が君を海まで連れて行く」


少年はそう言いました。

でも姫はそれを拒みました。


「そんなことをすればあなたはこの村に戻って来られなくなる。それは私が消えてなくなるよりも辛いことなのです」


それを聞いて少年は姫を抱き締めました。


「例え村に帰ってきてこれないとしても君が消えてしまうよりもずっといい」


少年は姫を連れて逃げました。

村人に見つかり追われても走り続けます。


もうすぐ岩場へたどり着く。

二人はホッとしました。

しかし、その瞬間少年が倒れてしまいました。

村人が放った矢が少年の腹に刺さったのです。


姫は悲鳴をあげて少年を抱き上げました。

傷からは止めどなく血が流れて少年の服を染めていきます。


後ろから村人の声が近付いてきます。


「早く逃げて」


少年は姫に訴えました。

村人がもうすぐそこまで来ていましたが、もう海を太陽が照らそうとしていたのです。

太陽に当たった姫の体が薄くなっていきました。


「お願いだ。逃げて」


そんな少年に姫は微笑みました。


「私はあなたに会えて幸せでした。私にとってあなたは私そのものです」


姫はそういって少年に口づけました。

口から少年へ自分の血を与えたのです。


「なんで……」


少年は姫を見ました。

もう姫の体は後ろの海が見えるほど透けてしまっています。


「私はあなたに会えて幸せでした。私にとってあなたは私そのものです」


姫は笑いました。

その顔には後悔は全くありません。


少年は涙を流しました。

姫から血をもらい治りかけていますがまだ体を動かす事が出来ません。

もう姫を海へ連れて行く事が出来ないのです。


「ごめん、本当にごめん」


少年は姫に謝り続けました。

その間にも姫は日の光に溶けていきます。


「どうか泣かないでください」


姫は言いました。


「私は消えてしまうけれど、ずっとあなたを思い続けます」


少年は頷きました。


「僕もだ。毎日ここへ来て君を思い続けるよ」


少年と姫は笑顔で約束をしました。



その瞬間姫は朝日に溶けて消えました。





それから少年は約束通り毎日岩場を訪れました。

目を閉じて姫の事を思い出します。


姫が歌ったあの歌を。

少年の為に歌った愛の歌を。


そうすると海の彼方から姫の歌声が聞こえてくるような。

少年はそんな風に思い笑顔になるのでした。





そして海の近くにある小さく村にこんな言い伝えが残りました。


『海辺の岩場に行くと美しい歌声が聞こえる。それはとても美しく優しい人魚の歌』








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― 新着の感想 ―
[一言] 切ないけれど、いいお話でした。
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