Side.098 二つの失踪事件と隠蔽工作 Two missing persons cases and cover-ups
午後10時5分。パーティー会場では緊急体制を取りながら殺人事件の捜査を行っていた。ホテル内に入る前に危険物や拳銃を持っていないかを確認された鑑識は山本が持っていた赤ワイン入りのワイングラスから指紋を検出した。赤ワインの成分からは青酸カリの成分が検出された。これで赤ワインに青酸カリを混入させて殺害したという殺害方法が分かった。
身体検査を行ったが青酸カリは誰の体からも検出されなかった。どうやって犯人は赤ワインに青酸カリを混入させたのか。大野たち捜査員たちは頭を抱えた。
このトリックが分からないと容疑者がいつまでたっても絞り込むことは困難だろう。
「犯人は被害者である山本尊に招待状を送った人物ではありませんか」
海原警部の指摘を聞いて大野はあることを思いだした。それは招待状に文章。
『明日香が死んで15年になりますね。あの日のことをあなたは覚えていますか』
15年前に死んだ明日香という女性。彼女がこの事件に関わっているとしたら、酒井忠義衆議院議員と井伊尚政法務大臣と瀬戸内平蔵検事とホテル支配人の大塚と神部首相補佐官の5人が容疑者として浮上するのではないか。
大野警部補は身体検査と事情聴取を終わらせた浅野房栄に声をかける。
「浅野房栄さん。15年前に死んだ明日香さんという女性のことを知っていますか」
突然の質問に浅野は顔を曇らせた。
「なぜあなたがそれを知っているの。あの事件は政府が隠蔽したはずなのに」
浅野は周りにマスコミ関係者がいないことを確認して、事実を伝える。
「1998年の8月1日。衆議院議員会館に女性のバラバラ死体が送られたのよ。死体はダンボールの中にバラバラになった状態で押し込まれていたわ。DNA検査の結果から死体は経済界の大物の令嬢の物と一致したわ。1990年から行方不明になっていた彼女の名前は倉田明日香。失踪事件当時は18歳だったかな。彼女が今も生きていたら、菅野弁護士くらいの歳になっていたはずよ」
それだけの話を聞いても大野にはなぜこの事件が隠蔽されたのかが理解できなかった。
「その事件はなぜ隠蔽されたのですか」
「ここだけの話にしてくれるなら教えてあげるわ。実は倉田明日香さんのバラバラ死体が押し込まれていたダンボールの中に一枚の紙が入っていたの。その紙には何も書かれていなかったけど、その紙から神部首相補佐官の息子杉谷雄介の指紋が検出されたのよ。彼は1997年の7月20日から失踪していたわ。夏休み初日の失踪事件としてマスコミは過熱報道したわ。この前あなたたちが解決した国会議員失踪事件も同時期に発生したから、マスコミはこの失踪事件との因果関係を疑ったわ。」
ここまでの話を聞いた大野は二つ理解できないことがあった。
「二つだけ分からないことがあります。まずなぜ神部首相補佐官の息子は杉谷雄介なのですか。次に倉田明日香さんの失踪事件と杉谷雄介さんの失踪事件には因果関係があったのですか」
「事件当時神部首相補佐官は離婚したの。杉谷は母方の姓ね。そして倉田明日香さんの失踪事件と杉谷雄介さんの失踪事件の因果関係は、18歳になった頃に失踪したことくらいかな」
浅野は話を戻すように真実を打ち明ける。
「倉田明日香さんのバラバラ死体には、土が付着していて、その成分を分析したら、群馬県清明村にある山の土の成分と一致したの。その山を捜索したら、腐敗した杉谷雄介の死体を発見したらしいわ。死因は射殺。バラバラ死体にもあった手錠で拘束された跡が右腕にあったことから二人はどこかに監禁されていたということは分かったけど、そこである不祥事が浮上したわけ」
「不祥事ですか」
大野の呟きを聞き浅野は頷く。
「それは馬場研究所の研究資金を環境省幹部が出資していたこと。環境研究という名目でね。馬場研究所が多くの人間を監禁して研究を進めていたという実態を隠すことにしたその環境省幹部は事件を隠蔽することにしたわ。その事件の隠蔽工作に加担したのが酒井忠義衆議院議員と井伊尚政法務大臣。1999年12月31日。その環境省幹部は世紀末のカウントダウンと共にマンション屋上で投身自殺したの。その環境省幹部の弟はこのホテルの支配人大塚さんよ。そして瀬戸内平蔵検事と杉谷雄介は高校の同級生で大親友なの」
浅野の長い話は終わった。その衝撃的な真実に大野は声が出なかった。
二つの失踪事件と環境省幹部と政府関係者の隠蔽工作。これらの事件と今回の殺人事件に因果関係があるとしたら、犯人は明日香という名前を聞いて顔を曇らせたあの5人の中にいる。
その仮説は過去の事件を掘り起こされたくないために犯人は隠蔽工作に走るということでもある。大野は隠蔽を許さない。事件の真相を明らかにするために、大野は政府関係者300人を敵に回してもいいと決意した。




