Side.011 再び浮上した名前 The name which surfaced again
その頃合田と大野は成田空港にいた。二人は空港内の事務所で7月10日のアメリカ行きの搭乗記録を閲覧している。
「やはりないな。国枝博という名前は」
「やっぱり偽装パスポートを使ったということでしょうか」
どこにも国枝がアメリカに行ったという記録はなかった。やはり大野の言うように偽装パスポートを使用して出国したのか。それが事実なら捜査はかなり困難になる。その一日成田空港からアメリカ行きの飛行機に搭乗した人は1000人を超える。国枝をアメリカに連れて行った疑惑がある容疑者は1000人以上いることになる。その全員を事情聴取することは難しいだろう。
防犯カメラにも怪しい人物は写っていなかった。国枝らしい人物が写っていたら捜査は進展すると思ったが、それは見当違いであった。
結局何の手がかりもつかめず二人は警視庁に帰った。
それから一時間後木原と神津も警視庁に戻り合田に捜査の報告をする。
「合田警部。コンビニ強盗事件の捜査を担当した渋谷署で第一容疑者が特定されました。第一容疑者は小早川せつな。彼女は現場から二キロ離れた位置からコンビニ強盗事件の通報をしています。国枝さんをアメリカまで拉致した事件と関係あると思いませんか」
神津は木原の話を補足する。
「さらに小早川せつなはコンビニ強盗事件から二週間後失踪している」
「つまり小早川せつなさんと今回の事件にはつながりがある。そのように考えているのですか」
大野が木原たちに質問すると合田はあることを思いだした。
「小早川せつなか。赤い落書き殺人事件の容疑者に浮上したが音沙汰がなかったあの女が絡んでいるのか」
小早川せつなは赤い落書き殺人事件の容疑者になりかけた女だった。彼女は一年前に病死した麻生陽一の見舞いに来た二十代前半の女。七年前のある事件の主犯であった麻生の正義を受け継いだ者によって西野茂は殺害されたかに思えたが、彼女は容疑者として本格的に浮上することなく事件は解決された。
合田は呟く。
「やっぱり小早川せつなは赤い落書き殺人事件に関わっていたということか」
すると北条検視官が捜査一課に現れた。
「合田警部。渋谷署から押収した指紋と国枝の指紋の照合が完了しました。結果は完全に一致です」
その事実は合田たちを驚かせた。退屈な天使たちが国枝をアメリカまで拉致したという事実は明確ではなかった。だがこれで事実は真実に変わるかもしれない。
「そうか。おそらく国枝は7月9日まで日本にいた。そのコンビニ強盗事件の後で退屈な天使たちによってアメリカまで拉致されたのだろう」
合田の推理は夢物語かもしれない。だが一つだけ分かったことがある。公安調査庁の掴んだ事実は正しいということだ。




