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EP7 「雪原の魔物」 前編

本小説に登場する地名や人物、兵器、全て現実の物となんら関係ありません。





 降り注ぐ、白く冷たい結晶が、その長大な砲身に触れる度に音を立てて消えていく。


 連続砲戦により熱された71口径8.8㎝砲が冷やされ、澄んだ音を立てるのを聞きながら、タカクラは空を見上げた。


 灰色の空。深々と降り注ぐ雪。見渡す限り広がる白銀の大地。

 そこには幻想的でありながら、どこか空虚な世界が広がっていた。


「寒いな・・・」


 タカクラは呟きながら、熱々のコーヒーの入ったマグカップを口へと運んだ。


 戦闘服の下に、セーターを着込み、その上から冬季戦用の外套を纏う。だが、見た目が大きく変わるほど着込んでも、強烈な冷気の侵入を抑えきることができない。

 カチカチと歯を鳴らしながら、貪るようにコーヒーを啜る。味などもはやどうでも良かった。熱さえ取れれば良い。喉が焼ける感触とともに身体の中心に火が灯る。


「はあ、はあ、はあ」


 浅く短い息が、タカクラの口から洩れた。


 口内から胃へと滑り落ちる褐色の液体(コーヒー)がもたらす「痛み」が、寒さに凍る彼の体を揺り起こしていく。

 金属製のマグカップを両手に押し抱く様にしながら中身を全て飲み干したタカクラは、コップを戦闘室の床に置くと、次に外套のポケットへと手を突っ込んだ。

 分厚いグローブに覆われ、寒さで悴み中々云う事を聞かない己の指に苦労しながら、煙草を取り出し、火をつける。


「スー・・・ハー・・・ゴホッ、ゴホッ・・・」


 深々と吸い込んだ紫煙と共に侵入してきた冷気に喉が悲鳴を上げる。


「・・・畜生」


「大丈夫ですか?車長(マスター)


 咳込むタカクラに、彼の戦闘AIを務めるヴリュンヒルデが心配げな声で問い掛けた。


「さすが将軍様と呼ばれるだけのことはあるな・・・」


 連邦最強の守護神である「冬将軍」 その脅威は、この「PANZER VOR!」の中でも変わらないらしい。

 苦労して火をつけたばかりの煙草を車外に投げ捨て、首元に巻くマフラーを引き上げながら答える。


「私に与えられている情報の範囲では、この寒気はリアリティに拘った結果としか言えません」


「まあ、そうだろうな。本当に死なないだけでも良心的ともいえるのか」


 ヴリュンヒルデの答えに、マフラーに口元を埋めたまま、タカクラは苦笑いを浮かべた。

 連邦のモデルになっているのは、リアル世界で云う所の「寒くて赤い熊の国」だ。

 匂いフェチの皇帝もちょび髭の独裁者も、この国の冬将軍の前に敗北し、苦渋を飲まされている。


「指定レベル以上の冬季戦装備を身に纏っている限り、バットステータスを被ることはありません」


「・・・なら、もう少し快適でもいいと思うぞ」


 冷静に言うヴリュンヒルデに、タカクラは着ぶくれた己の体を見回した。


「確かに戦闘能力に支障はないが・・・」


 寒冷地用装備は、何も身に着ける衣服に止まらない。オイルや可動部に塗り込むワセリンまでもが特注品。

 命を預ける相棒の調子は、砲もエンジンも、その全てが絶好調だった。眼前に立ち上る幾条かの黒煙も、それを暗に証明している。

 凍結した地面を苦労して掘り進めて作った戦車壕の前に広がる平野は、まさしく殺戮地帯と呼んで差支えない。

 装甲猟兵、戦車も・・・長射程、高威力を誇る71口径8.8cm砲が作り出す鉄火の結界は、何者の突破も許さない様に思えた。


「しかしだな・・・この寒さは、やり過ぎじゃないのか?」


 タカクラの口から白い息が漏れる。


 これでは敵にやられる前に、寒さにやられる。今更ながらオープントップの戦闘室が恨めしい。

 防御力はともかく、戦闘時では大きな視界を与えてくれる戦闘室は敵の情報だけでは無く、もれなく雪と風をも付け加えてくれる。


「これが戦場の風です。車長(マスター)


 何処かで聞いたことのある台詞を呟くヴリュンヒルデ。彼女の言葉とともに、タカクラの心と体に冷風が吹きぶさむ。


「畜生・・・」


 それしか言えなかった。


 金と時間を浪費しながら苦行に挑む。どれだけサドなんだ!このゲームは・・・タカクラは舌打ちしながら、戦闘室の装甲板から顔を覗かせた。

 呻りを上げるエンジン音。鋼脚とキャタピラが、凍った大地を踏みしめる。風に乗って、再び戦場音楽が流れ始めていた。

 この『2日』ですっかりと聞き覚えた戦闘機械の鼓動。間違えるはずがない。連邦軍のお出ましだ。


 タカクラは白い大地の奥、黒い染みの様に見える敵軍の姿に目を細めた。

 天候は悪化の一途を辿っていた。空を覆う雲と吹くぶさむ風雪によって視界は良いとはいえない。だが、まだ狩りに支障が出るほどでもなかった。


「ヴリュンヒルデ」


「準備できています」


 ヴリュンヒルデの言葉を表すかの様に、71口径8.8cm砲が微妙に上下する。


「初弾、徹甲。用意よし!目標、近接中の敵装甲部隊」


「ジュガシヴィリ(装甲猟兵)からやるぞ。コールチン(戦車)は後回しだ」


「了解しました。車長(マスター)


 アイピースの裾についた雪を払いのけ、ペリスコープをのぞき込む。


―――クソがッ!またゾロゾロきやがって。


 イベント名『チェルキッシュ防衛戦』


 内容は、ただ定められた期間内、ある一定ラインを死守し続けるだけだったが、敵の多さとGMの嫌味かとも思える有難い気象条件にクリアーした者は多くない。

 特に、敵の多さは機動戦を行う装甲猟兵にはあまり良い条件でなく、すぐに敵で埋まり、飽和する戦場は平原フィールドにも関わらず、鼠小屋とプレイヤー達に恐れられていた。


 フィールドに現れる主敵、シュガシヴィりは火力は標準ならが、その機動力と防御力には定評がある。

 どうしても火力が低くなりがちな高機動型装甲猟兵にとって、装甲の固いシュガシヴィリを撃破にするのは骨がおれる。

 その上、一対一で負けなくても相手は数で押してくるのだ。敵の出現率が高いのに、現れる敵が固いともなれば、その苦労は容易に想像できるだろう。

 撃破率を出現率が上回った後、プレイヤー達に待っているのは無慈悲なアイアンローラーだけだ。


「距離4500・・・4000・・・3500」


 ヴリュンヒルデが迫る敵との距離を正確に測距していく。


 突っ込んでくる敵梯団の先頭は勿論、シュガシヴィリだ。

 遠すぎて詳細な装備までは分からないが、その目立つ頭部ユニットは見間違えようがない。


「距離3400・・・3200・・・」


 タカクラはトリガーに指を掛けた。


「3000!」


「撃てッ!」


 ヴリュンヒルデの「3000」という声とともに、叫びながら引き金をひく。


―――いけッ!


 凍った大地に真っ赤な火球が花開いた。潜む対戦車自走砲(ホルニッセ)に装備された71口径8.8cm砲が乾いた砲声を響かせる。

 冷風を押しのける様に、硝煙の匂いをたっぷりと含んだ熱風が戦闘室を吹き抜け、タカクラの頬をうつ。


「命中!敵撃破ですッ!」


「次弾装填急げ!指示あるまで弾種そのままッ!」


「装填良しッ!」


「撃てッ!」


 だが、タカクラ達にその熱を感じる余裕はなかった。再び、砲声がタカクラの頬を叩く。

 矢継ぎ早に指示を飛ばし、機械的に敵を屠っていく。

 迫るシュガシヴィリの数は10を超えていた。PT数補整により、敵の出現率が落ちているとはいえ多いことに変わりない。


「撃破です」


 ヴリュンヒルデの報告を聞くまでもない。スコープの中、8.8cm砲弾をくらったシュガシヴィリの胴体が真っ二つに引き裂かれる。


「よしッ!次だ。次。急げッ!」


 轟音とともに砲口に火球が産まれ、タングステン弾芯をその身に秘めた高速徹甲弾が、秒速1000mを超える勢いで灰色の空の下を駆ける。


 いくらシュガシヴィリが、良好な傾斜装甲を備えようと関係なかった。

 3000mの距離を3秒足らずで駆け抜けた高速徹甲弾が、その身に膨大な運動エネルギーを抱えたまま、我が身を装甲へと叩きつける。

 アルミで出来た弾殻が着弾の衝撃で一瞬ではじけ飛ぶが、その背骨ともいうべきタングステン弾芯は折れることなく、シュガシヴィリの胴体を貫き破壊する。


「撃破ッ!」


 ヴリュンヒルデの声。タカクラは、自動装填装置の呻り声を聞きながら唇を舐めた。


(・・・ここまでは順調)


 ホルニッセが、その長大な毒針を振るう度に、押し寄せるシュガシヴィリが鋼鉄のガラクタへと変わっていく。

 迂回しようと左右に展開していく機体もあるが、逆にタカクラ達にとっては、その機動は救いだった。

 防御力の低いホルニッセにとっては数と高速度を持って、我武者羅に押し切られる方が怖い。冷静に状況を見ながら、間抜けな敵機に地獄への片道切符(8.8cm砲弾)を押し付ける。


「目標をコールチンに変えます」


 ヴリュンヒルデの声に、タカクラはアイピースから顔を離し、上体を上げた。

 戦闘室の装甲板から頭を覗かせ、周囲を観察する。興奮に火照った頬が、急に冷やされる気がした。

 戦闘で忘れていた冷気が、また体をはい回る。これは相性の問題だ。一方的な殺戮の痕を眺めながらタカクラは思った。


「了解。砲を任せる」


「分かりました。優先脅威目標は近接順とします」


「やれ」


「撃ちますッ!」


 ヴリュンヒルデの声とともに、砲声がタカクラの顔をうった。人の目には、黒い塊の様にしか見えない敵戦車が4000m向こうで炎に包まれる。

 それは装備とスキル、遠距離砲戦に特化した能力値が揃って初めて為せる業だった。いくら狙撃仕様とはいえ装甲猟兵の装備する7.5cm砲では、こういった芸当は不可能だ。

 シュガシヴィリに比べ、速度で大きく劣るコールチンの群れをヴリュンヒルデが容赦なく狩っていく。


 正面装甲厚90mmを誇るコールチンは、その丸々とした砲塔と低い車体から避弾経始に優れ、決して弱い相手ではない。

 装甲猟兵が相手の場合は、射角から装甲の薄い上部を狙われ、「T-〇〇は棺桶だぜッ」と笑われるているが性能は優秀なものを持っている。


「T-〇〇が8.8cmに勝てないのは運命だ。相手が悪かったな」


 だが、それも程度の問題だった。少々の装甲差など誤差でしかない。

 運命。決まり事の様に撃破されていく連邦の戦車群。装甲の厚いコールチンが相手でもホルニッセの毒針は効果を減じることはなかった


「悪く思うなよ。近づかれたら終わりなんだ。俺達はな」


 戦場の女神は気まぐれだ。保険をかけているとはいえ、大量のシュガシヴィリやコールチンを相手に近接戦闘をこなす戦力は、タカクラ『達』にない。

 逆をいうと彼らにできる戦いは、一方的に狩るか、一方的に狩られるしかないのであった。


 雪が積もり、自分達の隣で小山の様になった僚機の姿を見ながら、タカクラは息を吐いた。


「つまらないかもしれないが悪く思わないでくれよ。毎回、毎回、女の子の背に隠れて戦うってのはあまり良い気分じゃないんだ」


 砲声がタカクラの言葉をかき消す様に響いた。


「後・・・一日。このままクリアーできることを祈っているぜ」


 雪に埋もれたアイゼン・ベアの姿から視線を戻しながら、タカクラはヴリュンヒルデと愛車が作り出す戦場へと、再び意識を戻した。






機体解説「Ⅳ号対戦車自走砲改」


 本物語の主人公である「タカクラ」の愛車。愛称は「ホルニッセ(スズメバチ)」


 Ⅳ号突撃砲を経て、遠距離砲戦に特化していく内にたどり着いたタカクラの夢(漢の浪漫)。

 56口径8.8cm砲から、WWⅡレベル装備としては最強クラスの攻撃力を誇る71口径砲に換装し、ますます攻撃力を上げる。

 しかし、作中でもある通り、強化したとはいえⅣ号戦車レベルの車体では8.8cm砲は大きすぎ、その弊害は防御力などにしわ寄せが出ている。


 ヴリュンヒルデのライバル、ベルナ嬢が登場しなければ、Ⅳ号駆逐戦車になっていたのは裏話。









何も考えず勢いだけで読んでください。感想等もよろしければ・・・。


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