EP6 「ベアリーンで買い物を」
本小説に登場する地名や人物、兵器、全て現実の物となんら関係ありません。
Ⅳ号突撃砲。いや、今度こそ対戦車自走砲と云った方がよいだろう。
10mm程度の装甲板に覆われた戦闘室。スキルや能力値による加算を考えても、その防御力は気休め程度しかなかった。
迷彩色のシートが張られただけの、オープントップ式天井に至っては防御力以前の話。雨や雪は凌げても、単なるシートでは砲弾どころか拳銃の弾さえ防げない。
至る所から隙間風が入りこみ、タカクラの頭上で、風に嬲られたシートがバタバタと苦情の声を上げる。
ゲームを始めてから約3ヶ月。季節的に秋を迎え始めたベアリーンの午後。
待ち合わせの場所に向かう愛車の中、タカクラは自分の直ぐ横に鎮座する砲を愛おしげに撫でた。
「車長・・・手つきがいやらしいです。ゾワッときましたよ。ゾワっと・・・」
タカクラの行動に、すかさずヴリュンヒルデが苦情の声を上げる。
「五月蠅いぞ。ヴリュンヒルデ。少しぐらい感動に浸ってもいいじゃないか」
「そんなこと言っても気持ち悪いものは気持ち悪いんです!一度、自分の顔を鏡に写して見てください」
「お、お前ねー」
あまりのヴリュンヒルデの言いように、タカクラは顔を大きく顰めた。
「大砲撫でながら薄ら笑いですよ。誰が見ても正気を疑う光景じゃないですか」
「お前だって、こいつを載せた時は喜んでいただろ」
懲りずに砲を撫でながら、タカクラは言い返した。
「それとこれは話が別です。もう・・・あんまり触らないでって言ってるでしょう。そんなに触るんだったら、お金取りますよ!」
「こッ、こら!ヴリュンヒルデ!お前、一体何を言い出すんだッ!」
「大丈夫。この小説はR指定です。お子様は読んでいません。それに最近では、某有名週刊・・・・・・」
「あーあーあ―――!」
言葉を遮る様に叫ぶタカクラ。まさに本当に感情の無い機械の様に、淡々と無機質に喋るヴリュンヒルデに最後まで言わせない。
彼女の言っている言葉は、途中から訳の分からないものに変わっていたが、何故か最後まで言わすのは危険に思えた。それは、もう色々な意味で。
黙ったヴリュンヒルデは、今度は無言の抗議とばかりに車体を蛇行させ始めた。
ガタガタと揺れる愛車の上で、タカクラの背を戦闘でも無いのに、冷たい汗がしたたり落ちるのを感じた。
これ以上、ヴリュンヒルデに逆らうとどうなるか分からない。しぶしぶ彼は、砲から手を放す。
運営も目が肥えた読者も、無論、権利者も。彼らは作者の粗相を決して見逃さない。
そして、勝手に妻スキルまで手に入れたヴリュンヒルデに至っては、タカクラを尻に敷こうと虎視眈々と爪を研いでいる。
―――とは・・・いってもな・・・。
やはり、砲に目が行ってしまう。こいつに惹かれない戦車マニアはいない・・・タカクラの横に鎮座する砲には、それほどの魔力があった。
砲自体も、そして車体の改造も決して安い買い物では無かったが、その決断に、一片の悔いも無い。横目で見ながら、つくづくそう思う。
『71口径8.8cm対戦車砲』
戦車マニアにとっては、ロンギヌスよりもグングニルよりも有名な最強の槍。
タカクラの横で、先ほど乗せ換えたばかりの長砲身8.8cm砲が、午後の陽光に照らされ、鈍い光を放っていた。
「やっと・・・ここまで来たんだな」
戦車、その中でも更にマイナーな突撃砲を選び、戦場を這いずり回ったかいがあったというものだ。
初期型戦車の装備する物では、最強の貫通力を誇るアハト・アハトの上位砲。
日々、パージョンアップが続く「PANZER・VOR」だったが、現段階でゲーム内に71口径8.8cm砲を凌ぐ火砲はない。
その上、積み込んだ徹甲弾は通常弾ではなく、タングステン・カーバイトを弾芯に用いた硬芯徹甲弾だ。
同じ形状で、同じ速度で飛ばせるのなら固い弾丸の方が威力が高い。砲弾速度は早くても弾丸事体がへなちょこでは装甲ではなく弾丸の方が砕けてしまう。
生卵をいかに高速で撃ち出そうが、鉄板は破れないのだ。
「最強過ぎる」
砲と砲弾バズルに交互に目をやりながら、うっとりとした声を漏らすタカクラ。眺める彼の目はかなり逝っていた。
放っておけば、また砲を撫でまわし、砲弾に頬ずりしかけない。
「変態・・・」
そんなタカクラを、汚物でも見るかの様にヴリュンヒルデは吐き捨てた。
「子供じゃあるまいし・・・。それに喜んでばかりもいられないんですよ!ただでさえ薄い装甲が、ついには無くなってしまった」
「撃たれる前に撃破すればいい。こいつにはそれが出来る」
「その理屈が通用するなら、戦車を自走砲が駆逐してますよ・・・」
男にとって浪漫は明日への活力を生む強壮剤。しかし、用途を間違えば道を踏み外す麻薬に変わりかねない。
今のタカクラの状態が、まさに後者だった。アハト・アハト最強ー!かっこいー!と、思考が麻痺している。
初期の堅実な装備選びを考えると完全に道を踏み外してしまっていると言っても過言ではなかった。
―――これも・・・全ては、あの女のせいね・・・
ヴリュンヒルデはメモリの中、栗色の髪を持つ女の姿を読み起こした。
背仲の中ほどまで伸ばされた髪は、少しウエーブがかかり柔らかそう。黒色の猟兵服に包まれた肢体は・・・出るところは出て、引っ込む所は引っ込んでいた。
別段、胸が大きいという訳ではない。だが、バランスがいい。現実世界では何かスポーツでもやっているのかもしれない。
人の良さそうな風貌に大きな瞳。少女が大人に変わる間際、春から夏へ。色気は少ないが、その姿には清涼感があった。性格も中庸で、人当りが良い。
―――手綱を・・・引き締める必要がありそうね。
AIと云ってもヴリュンヒルデも女。そんなヴリュンヒルデから見てもベルナは強敵であった。
可愛くて性格も良い。その上、彼女が操る重防御装甲猟兵アイゼン・ベアは、タカクラに大きな富をもたらしていた。
認めるのは悔しいが、ベルナの存在が無ければ、こんなに早く装備の更新はできなかっただろう。
アイゼン・ベアが敵を引き付け、それを横合いからⅣ号突撃砲で狙撃する。装甲猟兵との諸兵科連合は、一度に相手取れる敵の数を大幅に増やした。
これまではどう頑張っても3機以上は難しかった2足歩行兵器との戦いが、4機5機と相手しても楽に戦える。
重防御のアイゼン・ベアは良く敵の攻撃を吸収し、最高の盾として機能していた。相手のレベル次第では2個小隊8機が相手でも戦えるかもしれない。
今回、タカクラが極端に防御を削ってまで71口径8.8cm砲を載せたのも、アイゼン・ベアの存在無しでは考えられなかっただろう。
突撃砲でギリギリ。だが、対戦車自走砲では主役になれない。もはや、タカクラにとってベルナとアイゼン・ベアはそれほど大きな存在へと変わっていた。
「あそこで良かったよな・・・?おい、ヴリュンヒルデ。何時までも怒ってないで、きちんとナビしてくれ。この辺りは初めてなんだ」
「すいません。マーカーは受信しています。彼女達も来ているようです」
思いの外、思考に処理能力を費やしていたようだった。これでは戦闘補助AIとして失格だ。少し、反省する。
タカクラの声に我に返ったヴリュンヒルデは、アイゼン・ベアのAI、フランツの発振する位置情報をマップに表示した。
工業地区が集中するベアリーン西区。改造や修理、補給で何度も来ているとはいえ、タカクラ達の立ち寄る場所といえば、戦車工廠マリー・ベルフェリアしかない。
土地勘にも薄く、工廠が建ち並び、多数のプレイヤー達で賑わう西区で仲間と合流するのは難しかった。
「んッ?」
「どうした?ヴリュンヒルデ」
「いえ、何でもありません」
タカクラに応えながら、ヴリュンヒルデは心の中で拳を握りしめた。怒りで思考に、チリチリとノイズが走る。
―――早く来い!ウスノロめ!
戦闘用の秘匿高速データ回線で送られてきたAI間通信。
それは待ちかねた(・・・と云っても待ち合わせの時間には、まだ少し時間があったが)フランツからの催促の連絡だった。
人当りの良いマスターとは違って、アイゼン・ベアのAIを務めるフランツは厳格で騎士然とした性格をしている。
良く云えば頼れる親父キャラ。悪く云えば融通のきかない堅物爺だった。当然の事ながらヴリュンヒルデとの相性はあまり良く無い。
『黙りなさい。フランツ。あまりゴチャゴチャ云うと・・・その口を永遠に塞ぐわよ!』
『小娘が何を言うか。貴様如きの非力な槍で、我の盾が貫けるものか・・・!』
『なら試してみる?こちらの穂先はタングステン製よ。貴方が大事にしてるお人形ごとぶち抜いてやる!』
新型砲に換装し、砲弾は硬芯徹甲弾。我は2足歩行戦闘機械を駆逐する魔弾の射手。
自信満々に言うヴリュンヒルデ。だが、相手も負けてはいない。
『ふんッ!大した自信よな。小娘。こちらこそ貴様の初撃を受け抜き、この大盾で虫けらの様に叩き潰してやるわ。我が主を惑わすゴミ虫は駆除せんとな・・・』
相手が魔弾の射手なら、こちらは無敵の身体を持つジークフリード。
『先に尻尾を振ってきたのはそちらの方からでしょうが!』
『何をいうか!貴様らこそ戦友を失い、気落ちする我が主の心の隙間に入り込みよってからに!主を守るのは我だけで十分だ!」
『言ったわね・・・次ぎの戦い、覚えていなさいよ!』
『貴様こそ覚えておけ!我が盾は主を守る為だけにある。断じて貴様らを守るものに非ず!』
人の手の及ばぬ高速回線を使用し行われる、AI同士の罵倒合戦。
誰にも気づかれぬ、その静かでまったく不毛な争いは、彼らの主人が会合するまで行われたのだった。
「あっ!タカクラさん。今日はお呼び立てしてしまって申し訳ありません」
「いや、そんなに畏まらなくていいよ。ただ買い物につき合うだけだしな」
手を振るベルナに、タカクラはⅣ号対戦車自走砲の車体から降りながら答えた。
「いえ、やっぱりご迷惑でしたね。なんか・・・注目されてますし」
「まあな・・・でも、それはベルナのせいじゃない」
ベアリーン西区装甲猟兵工廠「トール」の駐機場。そこが、ベルナが指定した待ち合わせ場所だった。当たり前のことだが、周囲は装甲猟兵しかいない。
アイゼン・ベアを載せたトレーラーの横に、止められたⅣ号対戦車自走砲の姿を行き会うプレイヤー達が奇異の目で見て行く。
「装甲猟兵の装備では、まだ88(はちはち)はリリースされてないんだろ。羨ましいんだよ」
「ふふッ、そうかもしれませんね。対装甲ライフルでは7.5cmが今の所、最大口径です。ロケットなら280mmが出ていますけど」
タカクラの隣に立ち、箱型戦闘室から伸びる長大な砲身を見ながら、ベルナは答えた。
ゲームが始まった頃、装甲猟兵の大口径対戦車ライフルといえば5cmPAKだったが、最近になって7.5cm口径砲がリリース開始されていた。
今は48口径だが、遠くない内に長砲身モデルが出るだろう。兵器の進化は日進月歩というが、ゲームである「PANZER VOR!」内でも、それは同様だった。
今日の最強が、明日もそうだとは限らない。資金を集め、装備を更新し、常に高いステージに身を置く努力をせねば、あっという間に取り残されてしまう。
被弾することが多く、修理費用がかさむアイゼン・ベアは金喰い虫だった。その上、機体重量が重く燃費も悪い(おおぐらい)。
その為、なかなか大きな買い物が出来なかったベルナであったが、そんな彼女も、ここ最近のタカクラとの共闘により、そこそこの収入を得ることに成功していた。
装甲猟兵以上の火力により行われる直接支援砲火は戦闘時間を短縮し、その分だけダメージを抑えること出来きたのだ。
「色々とアドバイスを頂けると助かります」
「とは言ってもな・・・一応、情報は確認しているが専門外だぜ。装甲猟兵は」
「大丈夫ですよ。タカクラさんは、自分が思っている以上に装甲猟兵のことを理解してますよ。でなければ、あれだけ的確に弱点をつけませんよ」
ベルナは自信無さ気に呟くタカクラに、大丈夫です!と力強く言いながら「トール」のドアを開けた。
「それに私達・・・仲間じゃないですか。チームメイトの意見も聞かなきゃ。戦い方もあるだろうし」
いらっしゃいませー、と何処か間延びした声で挨拶してくる店員から、分厚いパーツブックを受け取りながら、ベルナは手慣れた様にタカクラを席の一つへと誘う。
二人が席に着くと同時に、サービスなのだろう。先ほどの店員とは別の店員が、ミネラルウォーターの入ったグラスを置いていく。
「工員さんのアドバイスを受けることも出来るのですけど・・・。やっぱり細かいことはプレイヤー同士で話した方が分かり易いんです」
パーツブックを開きながら、ベルナは言った。
「そうなのか。まあ、戦車工廠とは違い、随分繁盛しているし・・・。仲間同士でワイワイやった方が楽しいんだろうな」
見渡す店内は、工廠の受付というよりは小さなバーを思い起こされた。幾つも並べられた丸机では、多くのプレイヤー達が鈴なりとなりガヤガヤとやっている。
訪れる客が少なく、閉店休業状態のマリー・ベルフェリアとは大違いだった。
「一応、これが私の考えてきた改造プランです。前面装甲は現状でも粘れそうなので、ちょっと機動性を上げたいかなと」
ベルナから送られてきたメールを脳内で開き、中身を確認したタカクラは驚きから呻り声を上げた。
「補助推進装置(RATO)か・・・。まあ、確かにロボットの基本と言っちゃあ基本なんだが・・・良く思いついたね」
「はい。兄に頼んで勉強してきたんです」
タカクラの言葉にベルナは嬉しそうに笑った。彼女曰く、オタクな兄に頼み込み、DVDや漫画で研究してきたらしい。
「アニメではホバーでしたけど・・・、アイゼン・ベアみたいな太目の黒いロボットが凄いスピードで動くんです。それを見て、これだ!って思ったんです」
そのロボットの末路を見たよね、思わず出かけた言葉を飲み込みながら腕を組む。
踏みつけられる黒い重ロボット。ベルナが見たというアニメを、その少ないワードからもはっきりと理解したタカクラは僅かに顔を顰めた。
「どうでしょうか?」
タカクラの顔を窺うベルナ。その様子は、試験の結果を待つ学生の様だった。
「悪くはない。悪くはないと思うよ。確かにアイゼン・ベアの機動性の低さは問題だしな」
「それじゃあ・・・」
タカクラの言葉に、ベルナの顔がパッと明るくなる。
「だけど。これ直線だけだよね」
「そ、そうですけど」
店員を呼ぼうと、手を上げかけたベルナの動きが固まる。
「制御も難しそうだし、君のAIは防御型だ。扱いに手を焼くんじゃないかな」
「そうですかね・・・やっぱりダメですかね・・・」
『我が主、我に問題はない』
タカクラとベルナの耳に付けられたイヤホンに、フランツの不機嫌な声が流れる。
「って、フランツも言ってますけど・・・操縦担当は私なんですね」
細かい動きは別として、アイゼン・ベアのメイン操縦はベルナが行っていた。
「今後を見越してAIを鍛えておくにはいいが、かなり厳しいと思うぜ。コイツは・・・」
補助推進装置と名をうっているが、その実は単なるロケットでしかない。
将来的には推力偏向(TVC)機構などがつき発展していく装備であろうが、現時点ではあまり魅力の感じる装備では無かった。
「突撃にしか使えない。横移動に時間がかかるし・・・いや、インパルス方式で肩口に・・・うーん、そうなると防御力が落ちるし、ますます制御が難しくなる」
装甲を売りにしている機体の装甲に爆薬を仕込む様なものだ。
重量級のアイゼン・ベアの方向を変えるには、小型カートリッジではあまり意味が無い。
「私の持ってる予算内だと・・・機体を直接弄るのは難しいです」
追加装甲を剥ぎ、肩口にロケットもしくは、火薬カートリッジを埋め込むのは簡単な作業じゃない。
背中に補助推進装置をポン付けで取り付けるのなら兎も角、直接埋め込みとなると工事費も高騰する。
「現状維持で金を貯めるのも手だな。そろそろ兵器だけじゃなくて新型装甲猟兵の発表があるかもしれない。そこで一気にというの悪くない」
「でも・・・それじゃあ、タカクラさんの負担になりませんか?」
「未来への投資かな。俺としちゃあ、このゲームを互いに楽しめたらそれでいい。今のままでもアイゼン・ベアは十分に役だっているよ」
「タカクラさん・・・分かりました。では、今回は見送りですね」
タカクラの言葉に、俯いたままベルナは答えた。そんな彼女の頬は、少しだけ赤くなっていた。
「いいんじゃないかな。それで。焦ることはない。うーん、あれだったら武器だけでも見てみる?装備を変えるだけでも随分と戦術の幅は広がるぜ」
「そうですね。はい。お願いします!」
パーツブックをめくる二人。その雰囲気は悪くはないものだった。
見ている本は殺伐極まりないが、タカクラとベルナを取り巻く空気は甘く柔らかい。
主人達の声色から、素早く状況を察知した賢い従者たち。だが、優秀だからこそ彼らは空気を読み、己を縛り付ける。
『ああ・・・うちの車長が・・・車長が小娘に取られてしまう!』
『いけません。早まってはいけません!我が主よ!」
人知れず、電子の海に二つの嘆きが虚しく流れたのは、また別のお話。
※本日のベルナ嬢のお買いもの※
・4連装パンツァートート
・大型シールドマシンガンC型改造(マシンガン撤去・砲弾ラック取り付け)
何も考えず勢いだけで読んでください。感想等もよろしければ・・・。
主人公のスキルがおかしかった点を修正しました。