EP4 「美女と熊」
本小説に登場する地名や人物、兵器、全て現実の物となんら関係ありません。
高性能であるが癖のある109型。性能は平凡だが、拡張性が高く汎用性に優れる190型。帝国陣営に所属する装甲猟兵ユーザーは、主にこの2種類から機体を選ぶこととなる。この他には砲戦特化した87型や、87型よりは幾分汎用性がある88型などもあるが、とにかく帝国陣営における2大装甲猟兵となると109型と190型を差す。その中でも、190型はデザインモデルになったであろう某機体の影響か、装備制限がほとんど無く、オリジナリティが出しやすいと、素人から廃人まで幅広い層からの支持を持つ人気機種であった。
「はあ~。どうしてこうなった・・・?」
そんな190型を乗せたトレーラーを見ながら、タカクラは小さく溜息を吐いた。
トレーラーの運転席に座る装甲猟兵プレイヤー「ベルナ」と目があう。ニコニコと笑いながら手を振る彼女に、タカクラは軽く手を上げて応えた。トレーラーのシートからベルナの乗機である190型の丸っこい頭部が覗く。敵側のユーザーから「パチドーガ」又は「エセべロス」と呼ばれるフリッツヘルメットが、190型の大きな特徴の一つだった。因みに王国軍が使用するラピットファイア(聖骸騎士)は、帝国軍ユーザーから「蚊トンボ」又は「偽バイン」と称されている。
「マスターは、ああいう女性がお好きなんですか?」
「ば・馬鹿いってるんじゃありません!な・何を言い出すんですか!この子は!?」
「そんなに動揺されても困ります」
嫌がる振りして・・・やはり図星か!あたふたと変なことを口走るタカクラに、ヴリュンヒルデは見放すかの様に冷たく言った。
もし、彼女に実体化機能があったなら、拗ねてツンと横向く金髪のお姉さまの姿が見えただろう。
だが、残念なことにハードボイルドなプレイに憬れるタカクラは、わざわざ予算をかけて、AIに実体化機能などつけてはいない。
「これは・・・あくまでも仕事だ。諸兵科連合だ!」
「ずっとロボットは嫌いだと仰っられていました」
「勝つ為だ」
「何に勝つと云うのですか?装甲猟兵の助けを借りなくても私達は勝ち続けてきたではありませんか?」
ハッチから車内へと身を滑り込ませたタカクラに、ヴリュンヒルデが絡む。
―――い・嫌に人間的なAIだね。運営・・・力入れ過ぎだろ!
現実世界での淡く切ない、それでいてとってもビターな思い出が、タカクラの脳裏に蘇る。休日の大半をネトゲに費やす彼の人生にも「モテ期」と呼ばれるフィーバータイムが無かった訳ではない。ヴリュンヒルデの態度には、酷く人間らしい嫉妬の感情がチラついてた。
「ネットゲームだ。いかにVRMMOでネカマが難しいとはいえ、ベルナがそうでないとは限らない」
苦しい言い訳だった。
ヴァーチャルリアリティは、本人の動きをゲーム内において精緻に表現する。チャットで性別を誤魔化せても、日頃の習慣まではなかなか変えることはできない。旧来のネットゲームでは、普通であったプレイヤーとキャラクターの性別不一致は、VRMMOが登場してから減少の一途を辿っていた。生身の頃の感覚を活かしたいと顔や髪型は変えても、身体データは弄らないユーザーも多い。ベアリーンの「パンツァー・ワーク」、ゲーム内における傭兵ギルドで出会ったベルナに、おかしな点はなかった。もし、彼女が男であれば、それは某所2丁目で大活躍できる擬態レベルだろう。
「ジトー・・・」
「口で態度を表現するな」
「私に身体はありませんので。ケチマスター」
「・・・お前、最近性格変わってきてないか?」
「マスターにお仕えして、もう3週間になります。少しは変わりますよ。それは」
プレイガイドに、AIは性能だけではなく性格もユーザーによって千差万別に進化するとあったが・・・どこで間違えた?タカクラは額に手を当てた。最初はクールビューティで冷たい印象さえあったヴリュンヒルデだったが、ここ最近えらく庶民化している。戦闘時はともかく、こうした移動時間など特にその傾向が顕著であった。
「まあ・・・俺自身が庶民だからな・・・」
AIの成長キーが何処にあるのかは分からない。だが、一つ云えることは、ひたすら穴を掘り、車体を汚して伏撃に徹する戦いが、優雅さとはほど遠いものであることだけは、タカクラも理解していた。美人秘書が土建屋の肝っ玉母ちゃんになってもしょうがなといえばしょうがない。
「何かいいましたか?言いたいことがあればはっきりと言って下さい!」
「いや、何でもない。それより兵装確認をしといてくれ。これが初めてのコンバット・プルーフだ」
まだ不満そうなヴリュンヒルデに、溜息混じりに応えながらタカクラは、液晶パネルに兵装画面を呼び出した。
画面に映し出されるⅣ号突撃砲の車体。その車体の中央には、それまで装備していた48口径7.5cmとは2回りほど大きな砲が装備されていた。その映像を見たタカクラの顔が、一気に上機嫌なものへと変わる。高い買い物であったし、車体バランスなど大きく狂ってしまったが、これはゲーム。たまには浪漫も追及せねばならない。パーティプレイを選ばねばならなくなった、その元凶ともいえる56口径8.8cm砲を見ながら、タカクラは一人大きく頷いた。
貫通力だけを取れば、56口径8.8cm砲より70口径7.5cm砲が能力は高い。Ⅳ号突撃砲からの進化系なら、70口径7.5cm砲を装備するのが、リアルを重んじる軍オタ的にも常道である。だが、アハト・アハトなのだ。現実の前に幻想は敗れる。しかし、妄想に勝るものは、この世にない。
もはや突撃砲と云うよりは対戦車自走砲だが・・・、
―――8.8cm砲。アハト・アハト。漢の浪漫!漢の夢!次ぎは71口径だッ!
タカクラは幸せだった。アハト・アハトの魅力に逝ってしまった彼を、現実に戻すかの様に車体が細かく震える。
タカクラの指示に従い、ヴリュンヒルデが8.8cm砲の調整を行っているのだ。サイズは勿論のこと、重量の重い8.8cm砲は、7.5cm砲より後方にオフセットして装備しているが、それでもフロントヘビーを間逃れない。長大な砲身が左右上下に振られる度に車体が揺れる。その他にも問題点として弾数の減少もあった、砲の大型化、後方へのオフセット等の為、7.5cm砲の時と比べ、弾薬バズルが小さくなってしまい、装填数は半分以下になっている。
車体重量を下げる為、追加装甲も2cm対空機関砲も諦めた。目に見えて多い欠点。総合戦闘力では7.5cm砲装備の時より低下しているかもしれない。
「お前さんも物好きだねー。このままバランス良く性能上げりゃあいいのに」
戦車工房マリー・ベルフェリアでのやり取り。親父の言葉がタカクラの脳裏に蘇る。
―――だが、それでも・・・。
「ウイザード、何かトラブルですか?」
タカクラが、再びアハト・アハトに想いを馳せようとしている時だった。
砲身が動いていたので、気になったのだろう。隣を進むベルナから無線が入る。
「ウイザード」は、今回パーティーを組み際に取り決めたタカクラのコールサインだった。ちなみにベルナの方は、機体名と同じ「アイゼン・ベア」である。
「いや・・・ちょっとした確認だ。異常はない」
「それは良かった。ダメージディーラーに潰れられては仕事になりませんから」
「我々に問題はありませんよ。フラウ(お嬢さん)」
ベルナとの会話に、冷たい声でヴリュンヒルデが割り込む。
「何の心配もありません。我々は常に完璧な砲撃支援をお約束します」
「ふふ・・・それは心強いです。改めて、よろしくお願いしますね」
笑いながらベルナが応える。
「ああ、こちらこそ頼む」
「任せて下さい!マスター」
―――お前じゃない。
ベルナではなく、何故か嬉しそうに応えるヴリュンヒルデに、心の中で零しながら、タカクラは、今日何度目かになる溜息を吐くのだった。
シートの下から、その姿を現した190型は、兵士というよりは騎士然としていた。
大きく張り出した肩アーマーだけに止まらず、全身のあちらこちらに装備された増加装甲が、109型に比べて重厚感のある190型の姿をさらに大きく見せる。ロボット兵器というよりは、鎖帷子を着た鋼鉄人形といった感じだ。頭部のフリッツヘルメットが無かったパッと見では、190型と分からなかったであろう。
「あまりジロジロ見ないで下さいね。恥ずかしいです」
「い・いや、凄い機体だな」
照れた様に言うベルナに応えながらも、タカクラは、その190型から目を放すことが出来なかった。
勿論、パーティーを組む前に、互いの機体データなどの交換は済ませてはいたが、実際に目で見る装甲猟兵は、戦車とはまた違った迫力があった。
「これがアイゼン・ベア(鉄熊)です」
ベルナは自分の機体に、パーソナル・ネームを設定していた。
「友人がダメージディーラーを務めていたんです。その子がゲームを辞めてしまって・・・」
少し悲しそうな声でベルナは言った。
PANZER・VORのサービスが始まって3週間が過ぎようとしていた。そろそろ世界観やゲームシステムに馴染めなかった者が出て来てもおかしくは無い。彼女の友人もまた、何らかの理由で、PANZER・VORを辞めてしまったのだろう。
「防御力に特化しすぎて、なかなかパーティーを組んでもらえないんです」
「そうかもな」
タカクラは気遣う余裕も無く、そのままベルナの言葉に同意した。彼女のアイゼン・ベアは、気を使うのが逆に失礼など、異質で歪な存在だったのだ。
基本、高速戦闘を行う2足歩行型戦闘機械は動きが速い。ノルマン地方で散々狩ったミラージュⅠなどは時速100キロ以上での機動などザラであった。サービス開始から、そこそこの期間に突入している現在では、2足歩行型戦闘機械の高速化は、さらに拍車がかかっている。タカクラは、アイゼン・ベアを見上げた。これだけ増加装甲を付けてしまっては、例え、パーティーを組んでも追随できないだろう。壁役といってもある程度の機動力は求められる。
「機体を改造しようと思わないのか?」
「AIのこともありますし・・・急に変えるのも・・・」
タカクラの問いに、ベルナは言葉を濁した。
特化型の弊害か。タカクラは俯くベルナを見ながら、心の中で呟いた。多分、彼女はゲーム開始から、ずっと防御特化型でプレイしてきたのだろう。機体に搭載されているAIは、プレイヤーの戦闘スタイルに沿った形で成長していく。防御特化型で育ったAIに、いきなり高速戦闘型の機体を任せるのは無理だ。プレイヤーとAIの平均値で最終能力値が決定されるPAZER・VORでは、AIと戦闘スタイルの不一致は、大幅なパラメタ―ダウンをもたらしてしまう。
勿論、それはプレイヤーにも云えた。ベルナ自身も成長ボーナスの多くを防御に振っているのだろう。
今後、彼女がどの様な道を目指すかは分からないが、プレイスタイルの変更には、時間がかかる。
「装甲猟兵との組み合わせは無理かもしれませんが、戦車乗りの方ならと・・・」
タカクラの方を窺う様に、ベルナは言った。
「ベアリーンでもお話した通り、この子でも時速60キロぐらいは出ますから」
ちなみにタカクラの乗るⅣ号突撃砲は、8.8cm砲を装備した今、平地でも40キロ出れば良い方だった。
「ああ、こちらとしては十分だ」
戦車並みか・・・下手をすれば戦車より遅い装甲猟兵。
それはハブられてもしょうがない。タカクラはベルナに気付かれない様にそっと息を吐いた。
「参考までに、今まではどんな戦い方をしていたんだ?」
「はい。私がこの子で突撃して、後ろからアケ・・・すいません。仲間が狙撃するんです」
ベルナが言うには、彼女が敵機を引き付ける勢子役を務め、辞めた友人の狙撃で仕留めていたという。
―――まあ・・・それを考えると俺達の相性は良いだろうな。
話を聞きながら、タカクラは考えていた。
彼が装甲猟兵に求めるのは囮役。前衛としてそれほど多く求めるものもない。ただ時間を稼いでくれれば良いのだ。逆に、高速でバタバタされないだけ、命中率が上がって良いのかもしれない。そう考えると・・・ベルナの友人というのは性格が悪い。彼女を使って敵機の足を止めていたのだから。
「アイゼン・ベアね・・・。名前通りだな」
「はい。とっても固いですよ」
タカクラの呟き、ベルナが嬉しそうに言った。
―――鉄の熊ね。
アイゼン・ベアを見上げるベルナの目は決して卑屈な物だはなかった。自分がⅣ号突撃砲を見る時の様に。
「鉄熊」の名を持つ装甲猟兵と8.8cm砲を装備したⅣ号突撃砲のコンビ。役割は逆だが・・・その姿は、太った猟師と猟犬に見えなくもない。
「俺の突撃砲は防御力が低い。前は頼む」
「お任せ下さい。きっちり引き付けますよ」
応えるベルナの声は、自信に満ちていた。
「マスター・・・やけに楽しそうに話されていましたね」
「そんなことはない。単なる打ち合わせだ」
「やっぱり黒髪ですか?それとも制服・・・重度の変態ですね。マスター」
不機嫌なヴリュンヒルデ。Ⅳ号突撃砲の車内に戻ったタカクラを待っていたのは、冷たい声だった。
戦闘前に、嫉妬気味なクルー(AI)を宥める。俺のハードボイルドは一体何処だ?・・・と、タカクラはガックしとうな垂れた。
「ジトー・・・」
彼の前途は、明るく険しかった。
装甲猟兵190型「アイゼン・ベア(鉄熊)」 兵装表
操者:ベルナ AI:フランツ
頭部:190型B4装甲
右肩部:板型ショルダーアーマー(スパイク無し)
左肩部:板型ショルダーアーマー(スパイク無し)
胸部前面:増加装甲
右脚部:増加装甲
左脚部:増加装甲
兵装:大型シールドマシンガンC型
追加兵装:ケージ装甲
機体解説「アイゼン・ベア」
女性操者ベルナの乗機。汎用性が高い190型を、徹底的に防御タイプへとカスタムした装甲の塊。
装備する大型シールドマシンガンC型は、タワーシールドに銃眼がついた物で、C型は各種タイプの中でも、最もシールド厚が厚いものである。
その代わりに、シールドに付随する機関砲は13mm口径と最も低威力で軽量なものが装備されている。
追加兵装であるケージ装甲は、機体を覆う様に装備された金網状の装甲で、HEAT弾系の攻撃を高い確率で不発へと追い込む。
タカクラが見た目、鎖帷子に見えたのはこのケージ装甲が原因。
機体各所のスロット全てに増加装甲が装備されており、脅威的な防御力を持つ反面、重量過多から悲しいほどの機動力しかない。
まさに装甲の塊。はい。大事なことなので、2度言いました。
何も考えず勢いだけで読んでください。感想等もよろしければ・・・。