EP2 「眼下の親父」
本小説に登場する地名や人物、兵器、全て現実の物となんら関係ありません。
帝国首都「ベアリーン」
片側3車線。幅60mの縦貫道が、南北東西、十字上に貫く巨大都市の中を1両のⅣ号突撃砲が街の中心部へと向かい、ゆっくりと進んでいた。
マインバッハ社製300馬力12気筒ガソリンエンジンの奏でる駆動音と石畳のメインストリートを叩く無限軌道の音が入り混じり、周囲に騒音をまき散らす。
「戦車工廠は、西だっかけ?」
「イエス。マスター」
おいおい・・・ここは曲りなりにも帝国首都だぜ。英語なんて無粋だろ・・・まあ、独語なんて分かりはしないがなと、賢いAIが、スクリーン上に戦車工廠の位置を表示するのを目の隅に捉えつつ、タカクラは苦笑いを浮かべた。ゲームを始めてから4日目。オープニングのデモムービーに映っていたので多少は見知ってはいたものの、実際にベアリーンに訪れるのは今回が初めて。非現実世界のことはいえ、秀麗で優美、その巨大な建造物群の立ち並ぶ、その在り様は感動という言葉以外には表現できないものだった。
―――まるで巨人達の街に迷い込んだみたいだ・・・。
タカクラの脳裏を、先ほど通過したばかりの凱旋門の姿が過ぎる。天馬の引く戦車に乗るワルキューレを、その冠に抱いたベアリーン正門は、高さ52m、幅120m、奥行き30mの巨大さを誇り、その大きさは、リアルのブランデンブルク門の2倍にもなる。その他にもドーム型集会場フォルクス・ハレや、プレイヤーもお世話になるベラリーン中央駅、8基16門もの12cm高射砲を備えた巨大フラックタワーなど見るだけで心が沸き立つ建物が、目白押しに建ち並ぶ。
「地形や建物のディテールにも凝っているんだな」
「はい。あまり込み入ったことは私も存じ上げませんが、ゲームマスターはだた戦争するだけが、このゲームの楽しみ方ではないと言っております」
もはや御上りさん状態で建物に目を奪われているタカクラに変わって、Ⅳ号突撃砲を操縦しながらヴリュンヒルデが言った。
「それ・・・公式サイトの言葉そのまま引用してないのか?」
「そ、そんなことはありません」
図星だった。タカクラの言葉に、ヴリュンヒルデが慌てる。
「いやいや・・・確かに公式に似たことがのってたよ」
「わ、私は戦闘用AIです。観光用でも愛玩用でもありません」
戦うこと以外は知りませんと、ヴリュンヒルデは取ってつけたかの様に言葉を続けた。
「観光局で有料により、データをダウンロードすることができます。ベアリーンの詳しい観光情報が必要であれば、そ、そちらをどうぞ!」
なぜだか少し語尾も強い。
「有料かよッ!?」
「当たり前です。『PANZER FOR!』は、ハードでクールな世界観を謳っているのですよ。タダで手に入るものなどないのです。全ては己の手で掴まねばなりません」
その割には、萌えにも十分以上に力を入れているじゃねーか・・・デレ―っとだらしなく頬を歪めたマッチョマン、萌えAIに良い様に翻弄されつつある友人の姿がタカクラの脳裏を過る。
「サービス悪いな・・・」
「都市マップは無料です。プレイ進行にはなんら支障はありません」
「そんなもんかねー」
「そんなものです!マスターには分からないんですか!?」
「分かった。分かった」
誤魔化す為か、えらくテンションが高く、失礼なAIである。戦闘時とはうって変わり、言葉数の多いヴリュンヒルデに気圧され、タカクラは黙り込んだ。
なんだか、攻めていたはずが、逆にバックハンドブロウを浴びた気がする。大きく溜息を吐きながら、彼は、再び意識を外の風景へと向けた。気が付けば周囲を進む車両の姿が変わっていた。装甲猟兵を乗せた軍用トレーラーが、急激にその数を増やしている。西地区、軍需工廠が集中し、帝国陣営に属するプレイヤー達で賑わうショップ街に入ったのだ。
「やっぱり戦車の数は少ないな・・・」
「そうですね」
タカクラの言葉にヴリュンヒルデが同意する。西地区に入ったものの、やはり戦車の姿は少ない。ほとんどが装甲猟兵を乗せたトレーラーだ。戦車以上に足回りが弱く、消耗の早い2足歩行兵器の移動は、基本トレーラーだ。戦闘以外での自移動など、よほどの馬鹿でない限り行わない。・・・つうか、公式HPでも警告されていることだし、無視する奴は・・・俺の獲物だ。戦場で立ち往生する10m超の案山子など的でしかない。
「やはりマスターは変わり者なんですね」
「やかましい」
また失礼なことを言うヴリュンヒルデを一喝しながら、タカクラは縦貫道を逸れ、目的の場所へとⅣ号突撃砲を向ける。メインストリートから少し入ったその先には、地下へと繋がるバンカー型のゲートが口を開け、彼らの到着を待っていた。
戦車工廠「マリー・ベルフェリア」
そこが本日の目的地であり、最終終着点であった。多数の工廠が入り乱れる装甲猟兵用のものとは違い、戦車用の工廠はほとんど存在しない。大都市でも多くて1つか2つ。ベアリーンには、この「マリー・ベルフェリア」しか戦車工廠はない。戦車の絵と工廠の名前が大きく躍る看板の下を潜り、壁に砲をぶつけない様、気をつけながら慎重に地下へと進んでいく。
「すいませーん」
Ⅳ号突撃砲を駐車場に止めたタカクラは、事務所のドアを開けながら呼びかけた。
規模の割には工廠の中はガランとしている。先ほど突撃砲を止めてきたばかりの駐車場もガラガラ、開店休業か!と思わせる様な状況だった。地上の賑わいとはことなり、静かな時間が流れる地下工房。ホントにここか?タカクラが突撃砲、ヴリュンヒルデに繋がるヘッドセットのスイッチに手を伸ばした時だった。
「おう。いらっしゃい。久しぶりの客だからな。気のせいかと思っちまったぜ」
「ああ。もう少し出てくるのが遅けりゃあ入口の確認に戻っていた所だったよ」
某兄弟の様な肩掛けのズボンにエプロン姿の太った親父が、笑いながら奥から出てくる。まさに職人といった風格。残念ながら手にスパナはない。
「カメラで先に車両を確認させて貰っていた。Ⅳ号突撃砲を選ぶとは兄さん・・・なかなかやり手だね」」
「ああ。初期に選択できる兵器群の中では頭一つ火力に秀でているしな」
「48口径7.5cm砲。高速徹甲弾を使っての伏撃か」
親父の口元が大きく歪む。
さすがは戦車工廠の職人。当たり前の様に長所と戦術を言い当てる。・・・うん。これであれば大丈夫だなと、タカクラは胸中で息をついた。ただでさえ戦車系列の情報は少ない。初めてのドック入り。何事も最初は緊張するものである。
「それはそうと・・・親父さん。えらくガラガラの様だけど」
ガランっとした事務所内を見渡しながらタカクラは言った。
「そういうな。これでも初日はそこそこ流行っていたんだ。やっと落ち着いた所だよ」
それは、一見さんが消えただけじゃないのか?」
「そうとも云うな」
何度も繰り返す様だが、ゲーム内における戦車の位置付は芳しくない。タカクラの言葉に親父の笑みが、僅かに引き攣る。
2足歩行戦闘機械と比較し、総合的な戦闘力で劣る上、地味極まりない。その役回りは、某コンシュマー戦車ゲームで云う所の見えない対戦車砲といった所だ。うっとうしく手強い相手ではあるが、自機ではない。せいぜい手強いヤラレキャラ。戦車の火力は世界イチー!蚊トンボには真似できまいッ!と、意気込んで見せても端から機動力が違い過ぎて、せっかくの高火力も決定打にならない。ならば、待ち伏せだとなるのだが、同じことは2足歩行戦闘機械でも出来る。云わゆる狙撃手という奴だ。
特に魔法なんて非常識な特徴がない分、帝国製2足歩行戦闘機械、装甲猟兵は、多数のオプション武装が容易されていた。剣と盾を構えての突撃馬鹿だろうが、バンツァーシュレッケを担いでの大物狩りだろうが、50mmPAKを構えてのスナイパーだろうが何だって出来た。そんな状況で、戦術もプレイも制限される戦車をわざわざ選ぶ理由はない。今頃、目新しさなどから安易に戦車系統を選んだ者は、次々とやり直していることだろう。いや、店の状況から見るにほぼ確実にやり直している。
「戦車の未来に暗雲がかかっていることは、確かみたいだね」
自虐的に肩を竦めて見せながら、タカクラは言った。
「残念ながらコレが現実だ。全ユーザーの中でも帝国、それも車両系を選んでいる者はほとんどおらん」
親父の肩がガクリと落ちる。
「そういうことで親父さん・・・俺達を大事にした方がいいぞ。数少ない・・・超レアなタンクユーザーだ。大丈夫。俺はアンタを見捨てない」
「・・・マスター、貴方は鬼だ」
聞き耳を立てていたのだろう。ヘッドセットに飽きれた様なヴリュンヒルデの声が流れる。
「ほ・本当か・・・!」
「ああ、勿論だ」
ヴリュンヒルデもそうだが、進歩したAIは人と間違えるほど豊かな感情を見せる。彼女の嫌味を無視しながら、タカクラは、親父の手をガッシリと握りながら力強く言った。
「だから・・・まけてくれ!」
事務所の奥に通されたタカクラは、机を挟んで座る親父をジッと見た。その眼はさながら獲物を狙う猛獣の如し。
戦場は前だけではない。特に傭兵ともなれば後方兵站は戦闘以上に重要になってくる。
「上部のリモコンMGを7.92mmからMG131に変更と・・・砲座からの改造になるから少し値が・・・」
「元のMGと弾薬を下取りに出す。上部追加装甲やペリスコープの修理もある。上回り纏めてだから何とかしてくれ」
鉛筆を舐めながら仕様書を確認する親父の横から手を伸ばし、タカクラはコツコツと上部構造物の項目を指で差す。
「兄ちゃん。弾薬代までまけさせておいて・・・」
「親父・・・俺はいい客になるッ!」
「そ、そうか?」
「まだ当分、西部方面にいるつもりだ。そういえば・・・ノルトラインじゃあ良い火器が手に入るって話があったよな」
「エアハルト製の砲ならうちも取り扱っている」
帝国西部に位置するノルトラインは、公式設定上では工業地帯になっている。親父は応えながら、素早く仕様書の数字を書き直した。その値はぞくに云う9掛。ちなみに親父の語るエアハルトとは、帝国兵器メーカーの一つを差す。特に砲関係では、帝国どころかゲーム内屈指の高性能を誇り、このメーカーの銃砲を使用する為に、帝国陣営を選ぶユーザーも多い。(基本、他陣営の武器は使用できず、どうしても使いたい場合は鹵獲するしかない)
「親父さん。ペリスコープのレンズをヴァルター・ツァイスの新型に変えようと思うんだ」
ヴァルター・ツァイスは光学メーカーの一つ。高水準の光学照準器を提供しており、性能ならヴァルター・ツァイス。耐久性ならライツと帝国陣営では人気を二分している。無論、どちらの物を使用しても初期装備の照準器の精度を大きく上回る。
「ん・・・ぬ・・・」
親父の手が止まり、目が仕様書の上を彷徨う。
「やっぱり長距離砲戦にはペリスコープの性能向上は必須だよな。無論、測距義も」
「・・・んぬぬ・・・は」
「7だ」
苦々しい表情を浮かべ、口を開きかけた親父の言葉を遮る様にタカクラは言った。
「7.9」
「おいおい。ヴァルターだぜ。デカい買い物になる」
「7.8」
「それ変わってないじゃないか」
「15万ライヒスマルクの商売だ。1分変われば1500変わる」
「15万の太客だ」
親父の言葉に、タカクラは素早く被せた。
「7.6」
「7.5だ」
タカクラは、悩む親父の肩に手を回しながら囁く様に言う。
「次、金が溜まればFlack20(20mm対空機関砲)を積む。側面防御用の追加装甲もだ」
「ぐ・・・ぬ・・・」
「親父、決断の時だッ!」
その台詞は、贋作を売りつける詐欺師となんら変わらない。
「マスター・・・。マスターは戦車兵より営業職の方が向いているのでは・・・」
また、ヴリュンヒルデの呆れ声が、タカクラの耳をうつ。
ここは日本だぞ。戦車兵に向いた人間がぼかすかいるかっての。ジャパニーズ・サラリーマンだ。最近は隣に追い上げられているが、まだまだ・・・タカクラは心の中で、ヴリュンヒルデに言い返した。社会人プレイヤーである彼は、そこそこに世間の荒波に揉まれている。
「ふー・・・分かったッ!」
悩んでいた親父が、パンッと手を叩き顔を上げる。
「やられた。やられたッ!今回は7.5で手を打ってやる。未来への投資だッ!兄ちゃん、次も必ず生きて帰れ。そして、また、うちに持って来いッ!」
豪快に笑いながら、差し出される親父の手を、タカクラは力一杯握った。
「ああ。必ず生きてここに帰ってくる」
たかがゲーム。されどゲーム。圧倒的なリアリティを持つ仮想現実は、妙に暑苦しく、だが決して不快なものではなかった。
TIME:1805 AERA:ベアリーン
復旧:上部追加装甲
換装:ステレオ式測距義(ヴァルター・ツァイス社製へ交換) ペリスコープ(ヴァルター・ツァイス社製へ交換)
7.92mmMG→13mmMG
補給:7.5cm高速徹甲弾4発 キャニスター弾1発 13mm機関砲弾500発
消費:128000ライヒスマルク
タカクラ:スキル情報
伏撃:5 遠距離砲戦:4 零距離砲戦:2 陣地防御:3 ネゴシエイター:1(新規取得)
ヴリュンヒルデ666:スキル情報
伏撃:5 砲戦支援:3 車体制御:5 躍進射:1 魔弾の射手:1
何も考えず勢いだけで読んでください。感想等もよろしければ・・・。