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EP1 「這い寄れ!Ⅳ号さん!」

 本小説に登場する地名や人物、兵器、全て現実の物となんら関係ありません。



 薄曇りの空。眼前に広がる丘陵地帯。葡萄畑の中にポツポツと点在する家屋をボカージュ(生垣)が覆う。


 これは即席の対戦車壕だな・・・大戦期の戦車エース達もこのボカージュを隠れ蓑に戦ったのだろうか。眼前に設けられた3面パネルに映し出される映像を見ながらタカクラは、感慨深げに息を吐いた。プレイを始めて、ずっと東部戦線を中心に戦っていたから、西部は始めてだった。荒涼とした、ただっぴろい雪原が広がる東部と比べると、この西部豊かでノンビリとした風景は心が和むものだった。


車長(マスター)。3時の方向。距離4500。敵装甲猟兵3」


 車内に女性の声が流れる。その声に外の風景に見惚れていたタカクラは、不快気に眉を寄せた。


 オンライン・シミュレーション・ゲーム「PANZER・FOR」


 ヴァーチャルリアリティ、仮想の欧州を舞台に国家間を渡り歩く傭兵となり、ロボットや戦車を操り、日夜戦いを繰り広げる「PANZER・FOR」を始めて、はや3日。操作法や基本的な動作にも習熟したものの、この音声ガイド、それも男の戦車に、女の声と云うのは少々頂けない。


「敵タイプ識別。ミラージュⅠです。縦隊の中央に長機と思われる機体がいます」


 救いは、萌えを狙ったあざとさが無いことだろう。


 タカクラの考えとは別にAI「ヴリュンヒルデ666」の報告は続く。AIの中には、性能より萌えを最重視したタイプも多く存在する。同じ「ヴリュンヒルデ」でも製造番号によって、その声や性格、性能に差があることを他の戦車プレイヤー仲間からの話で、タカクラは知っていた。


車長(マスター)?」


 何処か冷たささえ感じるヴリュンヒルデの澄んだ声が耳を打つ。


(歳も歳だしな・・・甲高い声で、やっちゃえ!マスターとか言われてもな・・・)


「了解。距離2500でやる。弾種、高速徹甲弾」


 タカクラは苦笑いを浮かべながらヴリュンヒルデに応えた。


 ある自衛官、それも現役の戦車兵を務める友人のAIが所謂、萌え型AIだったのだ。戦闘に関する性能はほどほどだが、異様に多いボブギャラリーと甲高いロリ声で、プレイヤーを楽しま・・・悩ませる。まあ、奴は喜んでいたからいいのかなと、タカクラは一時、AIの件を思考の外へと追い出した。


「あいつか・・・」


 確かにヴリュンヒルデが報告するように、縦隊で進む敵機、その真ん中の機体に特長がある。騎士然とした恰好は、他と同じだが、頭部に赤い羽根飾りが付いているのだ。間違いない。この隊を指揮する指揮官機だ。


「弾種、高速徹甲弾」


 ヴリュンヒルデの声とともに、車体後部の弾薬バズルから取り出された高速徹甲弾が、ガイドレーンを滑り、砲尾へと突っ込まれる。ガシャンと音を立てて閉まる砲尾栓。本来なら、戦車は3名から4名で操るものだから、この自動装填装置も諦めるしかない。一人で操縦し、ゲーム性を確保するにはAIによる補助も浪漫と現実が要り混ぜになった装備バランスもリアルとリアリティは別物なのだと納得する。


 タカクラは3面モニターの一つ、正面のモニターの映像を、ペリスコープの映すものへと切り替えた。


 距離の刻まれた十字線(クロスライン)、レティクルがモニターに映り込む。タカクラは、操縦レバーの上部を捻り、レティクルを近づく装甲猟兵、共和国は魔法胸甲騎兵と呼んでいる2足歩行戦闘機械、その真ん中の機体へと照準を合わせた。


「不意打ち上等・・・」


 乾いた唇を舐めながら、トラックボールを回し、距離を修正。Ⅳ号突撃砲の砲室上に設けられたステレオ型照準器は、初期型装備としては優秀な性能を誇っていた。2足歩行戦闘機械と比較し、総合力に劣る戦車であったが、こと火力と局地的な防御性能においては引けを取らない。取らない所か扱いさえ間違えなかったら、2ランクは上回ることができる。


「ヴリュンヒルデ、修正は任せる。指示あるまで高速徹甲弾」


「了解しました。車長(マスター)


「そのマスターってのは辞めろ」


「了解しました。マスター」


 気のせいか感情の起伏の乏しいヴリュンヒルデが笑ったかの様に思えた。


「チッ・・・来るぞ」


 迫る敵機群。まだ、敵はこちらを視認していない。10メートルの高さを誇る巨人も迷彩ネットと枯れ木で埋もれた突撃砲を探し出すことは容易でないのだ。距離2500、タカクラは舌打ちしながらトリガーを引き絞った。


 ドンッという轟音とともに発砲の反動が、Ⅳ号突撃砲の車体を揺らす。正面パネルを覆う閃光と発砲煙。痺れる鼓膜がガシャンと云う砲尾栓の閉まる音を捉える。


「次弾装填完了」


「目標そのまま!撃てッ!」


 硝煙の匂いが鼻孔を擽る。堪らない。ベンチレーターが呻りを上げて空気を入れ替えはじめるが、全ての匂いを取り去ることなどできない。幻想の世界だと理解していてもこれだ。兵器が奏でる力の協奏曲。逸物がオッ立ちそうだぜ・・・タカクラの口元は大きく歪んでいた。


 Ⅳ号突撃砲が装備する48口径7.5cm砲は6.8キログラムの砲弾を秒速790mの速度で撃ち出すことができる。1キロの距離で、30度に傾斜させた85mmの装甲板を撃ち抜く能力を持つ7.5cm砲も、さすがに2500mの遠距離となると分が悪い。しかし、同族ならともかく、防御力より機動力、兵器特性的(無論、例外も存在するが・・・)に重装甲が難しい2足歩行戦闘機械には、これで十分なはずだった。


 戦場に響くガラスの割れる様な澄んだ音色。そして、爆発音。


 共和国軍主力魔法胸甲騎兵ミラージュⅠの魔法障壁、防御力換算で35mmの垂直装甲板に等しい防御力を持つ神秘を、7.5cm高速徹甲弾が運動物理という現実で引き裂いたのだ。


 1発目は魔法障壁を破ってすぐに、2発目はもっと酷い。1発目によって弱まった魔法障壁を易々と貫いた2発目の7.5cm高速徹甲弾は、そのまま機体に激突。僅か10mm程しかないジュラルミンの外装を貫き、機体の中で、信管を作動させたのだ。砲弾に内臓された18グラムのRDX、高性能軍用炸薬が瞬間的に膨張、秒速8000mの爆風となって熱と衝撃、鉄片をまき散らす。


 命中箇所は機体胸部。2足歩行型戦闘機械の操縦席は、一部例外を除いて、ほとんどが胸部に設けられている。襲い掛かる災厄。無慈悲な爆風と弾片は、機体を操るパイロット(共和国名称:シュバリエ)は知覚する暇もなく肉片、いや無意味なポリゴンと変え、データの海へと送り帰した。


 指揮官機を失い、一瞬立ち止まる共和国機。低い車体は、ボカージュの中に埋没し、なかなか発見することは難しい。混乱から立ち直られる前に削る。


「ヴリュンヒルデ!もう一撃だ!」


 Ⅳ号突撃砲は戦車といっても砲塔がない。車体に砲を埋め込む様にして装備することにより、通常より大型の砲を装備しているのだ。火力は高いが機動力に秀でる相手には分が悪い。叫びながら、操縦桿、2本の操縦レバーとアクセルを操りながらタカクラは叫んだ。


「了解!」


 砲が動く角度は左右30度。それ以上は車体ごと回すしかない。タカクラが車体を回している間に、ヴリュンヒルデが砲の照準をこなす。戦車乗りを選んだタカクラは無論のこと、ヴリュンヒルデもまたスキル「伏撃」を持つ。プレイヤーとAI、双方が同じスキルを持つことにより発動する特殊効果、リンク発動。スキル効果が上乗せされる。とはいっても始めたばかりのタカクラとヴリュンヒルデのスキルレベルは高くない。しかし、効果のほどは低いものの戦場では、時として、その刹那の瞬間が命運を分ける。


「マスター!」


 ヴリュンヒルデの声と同時に、タカクラはトリガーを引いた。


 転回照準を最小時間で終えたⅣ号が吠える。2500m先に現出する光景を先取りするが如く閃光と轟音、衝撃が車体を包み込む。ダブルタップ。魔法障壁なんてもんをミリタリーに持ち込みやがって・・・心の中で毒づきながら、タカクラは長機と同じ様にもう1発撃ちこみ、ミラージュⅠに止めさす。残り1機。


「チッ!」


 タカクラは舌打ちした。敵も馬鹿ではない。2機の仲間を失ったミラージュⅠは、盛大に上がる発射炎から、大凡のこちらの位置を特定したのだろう。蛇行しながら、こちらの方へと向かって走り出していた。


早い。明らかに連邦の装備する親衛装甲騎兵より早い。グングンと距離を詰めてくる。


「弾種、キャニスター弾!」


「了解しました。接触まで5秒」


 5秒だと・・・タカクラは歯を食いしばった。これだからロボットは嫌いだ。なんて非常識。許せない。性能で機動力を重視しているのか・・・蜃気楼の名を持つ騎士の速度は、時速100キロに迫ろうとしていた。


「零距離射撃!車体任せる」


「了解」


 ヴリュンヒルデの声とともにⅣ号の車体が僅かずつ動く。車体を任せられた彼女が、ミラージュⅠに車体(砲)を正対すべく動かしているのだ。


「粉くそッ!」


 東部だったら、もう一撃ぐらいはやれていたはずなのに・・・敵の進路を制限すべく車体上部に設けられたリモコン式MGでタカクラは牽制射撃を行った。7.92mmの火箭がミラージュⅠに伸びる。敵に位置を特定されることになるが、ここまで来れば同じだ。戦車でガンカタをやる訳にはいかない。突撃砲ならなお更だ。一撃で仕留めなければ後がない。


 MGの牽制に対抗するかの様に、ミラージュⅠも手に持った短機関銃を此方に向け、乱射してくる。20mm弾がⅣ号突撃砲の潜むボカージュを吹き飛ばしていく。カンカンと車体を叩く音が死神のノックの様に聞こえ、タカクラの背を冷や汗が滑り落ちていく。


「こちとら地べた這いずり回っても、顔の面は厚いんだ」


 Ⅳ号突撃砲の正面装甲は傾斜している上、厚さは80mmに達する。酷く気になる上部装甲も東部で稼いだ資金の全てを費やして買った30mm追加装甲をボルト付し、可能な限りの対策を取っていた。対戦車ライフル(2足歩行戦闘兵器で云うところの40mm、50mm級ライフル)でもない限り大丈夫のはず・・・自車の装甲性能を信じ抜く。


「来い・・・。もっとだ・・・」


 遠目からだと躱される。近づいて・・・近づいて・・・。


 こちらの無敵時間は終わりだ。距離を詰められたら2足歩行戦闘機械のターン。巨人は蜥蜴に鉄槌を振り下ろす。だが、逆襲のチャンスがあるとすれば、その瞬間にしかない。


 焦るな・・・焦るな・・・タカクラはギュッと操縦レバーを握りしめた。

 5秒。人生で最も長い5秒。正確には4.7秒を過ごしたタカクラは叫んだ。


「撃てー!」


 衝撃が車体を包み、閃光が視界を覆う。


 光が目を覆う一瞬、タカクラは、眼前の正面スクリーンに、自分達の乗る突撃砲に向かって、レイピアを振り下ろそうとするミラージュⅠが画面一杯に映っているのを見た。







「ふ~」


 タカクラ、高山蔵人は大きく息を付いた。


 覚醒していく意識。夢から覚める様な感覚が体を支配していた。


 ミラージュⅠとの戦いは、なんとか勝利を収めることが出来た。敵機が機動砲戦を選択していれば殺られたのはこちらだった。いくら30mmの追加装甲といってもボルト止め。連続した20mm機関砲の攻撃には耐えられない。死角から車体上部を叩かれ続ければいつかは装甲を貫通されるか、ボルトがへし折れ、装甲板が脱落していただろう。


「嬲り殺しはゴメンだぜ・・・ホント」


 戦車は棺桶だ。それが「PANZER・FOR」における戦車(突撃砲)の位置付だった。何でもありのロボット戦を楽しむVRゲーム。所詮、戦車は刺身のツマなのだ。偏屈な愛好家しか手を出さない。趣味と戦車に対する限りない愛情が無ければ、こんなマゾプレイやってはいられない。


「ゲーム名は戦車、前へ!なのにな・・・」


 高山は寂しく笑いながら、VRゲーム用のヘッドセットを脱ぎ、ベットから起き上がった。


 背伸びをしながら、首を回す。体が火照っていた。まだ、体に「戦場」の興奮が残る。最後の零距離砲戦。いや、その前から本当にギリギリだった。遠距離砲戦の成功。敵機の装備武器。どれが欠けていても今回の勝利は覚束無かったであろう。騎士道精神に感謝だな・・・高山は窓の外に目を向けた。ゲームを始める前は昼だったのに、すっかり外は茜色に染まっていた。


 ホントにロボットって奴は厄介なものだ。近接格闘戦を挑むミラージュⅠ、レイピアを振り上げた所にキャニスター弾を叩き込んでやった。剣を持った中世騎士をショットガンで吹き飛ばした様なものだ。少々機体を捩ろうが、避けようのない決死の一撃。今回も上手くいった。ゾクリと背に震えが走る。


「戦車も捨てたものじゃないんだぜ・・・」


 戦車ってもんを教育してやる。敬愛する戦車エースの言葉を捩りながら、高山は肩を回し、ドアへと足を向けた。


 腹が減っていた。兵站維持は戦争の基本だ。腹が減っては戦は出来ぬ。幸い、明日は日曜日。まだまだ時間はたっぷりある。レベルを上げ、車体を、兵装を更新する。学生や廃人に遅れない為にも休日は全力稼働だ。


「飯食ったら・・・次は何処に行こうかね。もう少し西部の様子を探ってみるのもいいか」


 呟きながら高山は部屋を出た。






TIME:1425 AERA:ノルマン地方北部ヴィレル・ボカージュ


撃墜:ミラージュⅠ 3機

損害:上部追加装甲破損 ステレオ式照準器破損

消費:7.5cm高速徹甲弾4発 キャニスター弾1発 7.92mm機関砲弾230発

報酬:60000ライヒスマルク


タカクラ:スキル情報 

伏撃:5(↑1UP) 遠距離砲戦:4(↑2UP) 零距離砲戦:2(↑1UP) 陣地防御:3


ヴリュンヒルデ666:スキル情報

伏撃:5(↑2UP) 砲戦支援:3(↑1UP) 車体制御:5(↑1UP)躍進射:1 魔弾の射手:1







 何も考えず勢いだけで読んでください。感想等もよろしければ・・・。

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