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明日はバレンタインだというのであたしはケーキを焼いていた。
去年はただのチョコだったけど今年はちゃんとブラウニー。少しレベルを上げてみる。
この前ケンカしちゃったばっかだから、ちょっと力を入れてみたり。
市販のやつには胡桃が少ないといつも彼は愚痴っている。ふてくされたその顔も結構悪くないんだけど、せっかくだからたくさん入れてあげよう。
鼻歌まじりに胡桃を刻む。
すると突然、電話に呼び出された
やだなあ。長くなるかなあ。自然と声が不機嫌になる。と。しまった、彼だ。
「今、時間ない?」
先回りして聞かれてしまった。しかもなんか声の調子が変だ。
ふだんなら「かけなおす」と言うところだけど、
「どうしたの」
いつもよりトーンの低い彼の声に免じて作業を中断することに決めた。まだ材料を混ぜてないから大丈夫。
彼は当たり障りのないことをいくつか言ってから「自分の気持ちがよくわかんなくなった」とつぶやいた。よくわからないと言われてもこっちが何だかわからない。
しばらくして今度は、今は会いたくないという。
彼の言葉と声音を聞くうちにぼんやりといいたいことが見えてきた。
渇いた喉でつばをのむ。
つまりは、
「別れてほしい」
そういうこと。
最後に、バレンタインの前に言っておきたかったんだ、と彼はつけくわえた。
電話を切って息を吐く。
…なら、もっと早く言ってよ。
テーブルでは計り終わった材料たちがブラウニーになるのを待っているのに。
やばい。まぶたが熱い。視界がゆらいで、頭がくらくらする。
白い粉に小さな雫がダマを作った。
毒でも入れてやろうかな。ふと考えて苦笑する。
毒ならば、あたしの涙で十分だ。
恋人たちの日がやってくる。部外者になってしまったあたし。
ならいっそ。
唇を噛んでほくそ笑む。
これは最後の嫌がらせ。とびきりおいしく作ってみせる。
舌に残った甘さと苦さがきちんと彼をさいなむように。