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「アレにそっくりね」と馬鹿にされていますけど、貴女がアレと呼んでいるのは国一番の魔導師の公爵様です。

作者: 千秋 颯

「カタリーナ・ファン・キーヴィッツ! お前との婚約を破棄する!」


 王立魔法学園に通い始めて一年と半年が経過した頃。

 私は婚約者のヨハンネス・ファン・マテイセンにそう告げられる。


 彼の隣には別の女性が我が物顔で居座って私を嘲笑し、周囲に集まる生徒達は口を閉ざして私達の様子を窺っている。


「お前は彼女を執拗に虐め、怪我を負わせた! また学園や王都内に詳しくない彼女を騙し、世間知らずとして社会的に孤立させようともした! お前のような、家の地位を盾にしてふんぞり返るような卑しい悪女が我がマテイセン侯爵家と繋がりを持つなど、到底許容できるものではない!」


 まさかここまで愚かだったとは。私はそう思った。

 私の家は伯爵家。爵位で言えば彼の家には劣る。

 しかしこの婚約はマテイセン侯爵家からの申し出で成り立っているものだった。


 マテイセン侯爵家は現在、財政が非常に傾いている。

 かたや我が家は政界で力を付け始めている家。財力も一般的な伯爵家を大きく上回る。

 だからこそマテイセン侯爵家は嫡男であるヨハンネスと私との婚約を求めたのだ。


「俺はお前との婚約破棄後、ヘンドリカと新たに婚約を結ぶ!」


 ヘンドリカというのはヨハンネスに寄り添う女性の事だ。

 ヘンドリカ・ファン・ゼーマン男爵令嬢。

 辺境に小さな領地を持つ男爵家の娘。


 彼女は入学から半年後に編入してきたが、異性の庇護欲が掻き立てられそうな愛らしい容姿と愛嬌であっという間にヨハンネスを虜にした。

 私が可愛げのない女で、ヨハンネスから嫌われていたのもあるのだろう。

 結果、こうして大勢の前で婚約破棄を突き付けられる形となった。


 とはいえ私は婚約相手が彼でなければならない理由もない。

 幸いにも家の名声のお陰で急がずとも相手は見つかるだろうと私は踏んでいた。


 故に私は悪事だの罪だの悪女だの、あれこれ罵倒するヨハンネスの言葉を全て聞き流してから頷いた。


「婚約破棄ですね。承りました」



***



 それから半年が過ぎ。

 私は一部の生徒から笑い者にされるようになった。

 ヨハンネスとヘンドリカが大勢の前で私に冤罪を着せ、その後も悪評を広げ続けたからだろう。


 とはいえ、友人は普段通りに接してくれていたし学園生活に支障は殆どなかった。

 ただ、少々気掛かりだったのは――




「あら、見て。カタリーナ様よ」


 とある日の昼休憩。

 私が外廊下を歩いていると、ひそひそと話す声や嘲笑が聞こえる。

 視線を向ければそちらには複数の女子生徒。

 伯爵令嬢らが集う中でその中心に立っているのは、驚く事にヘンドリカだった。


 彼女はどうやら我が家とは政敵に当たる家の少女達を味方に引き入れたようだ。

 取り巻きらが自分達より低い地位に在るヘンドリカに付き纏うのは、私の評判を落とす存在として都合がいいからだろう。


「ヘンドリカ様にあんな事をなさったのに、まだ平然と学園へいらしてるなんて」

「ご家族と同じで、随分と神経が図太くいらっしゃるのね」

「まぁ、皆様ったら」


 くすくすと笑う御令嬢方に便乗するように嘲笑したヘンドリカ。

 すると彼女はふと、外廊下の脇にある庭園へ視線を向ける。

 その片隅、茂みの傍には一人の男子生徒がいる。

 古ぼけたローブに身を包み、フードを深く被って顔を隠している彼は何故か地面に膝をついて辺りの土や雑草を観察していた。


「でも確かに……今のカタリーナ様って、以前に比べて随分落ちぶれているというか、惨めったらしくて……まるでアレにそっくりね」


 彼女が鼻で笑い、指を差すのはその男子生徒だ。

 それを聞いた私はきょとんとしてしまう。

 そしてゆっくりと取り巻きの女性達を見た。


 彼女達も何やら顔を強張らせている様子。

 「それはそうだろう」という気持ちと「まさか何も言っていないの?」という気持ちがせめぎ合い、私はそのまま言葉を失う。

 すると……


「ま、まぁまぁ、ヘンドリカ様。カタリーナ様は確かにどうしようもないお方ですが、無関係のお方とご一緒にするなどお相手が可哀想ですから」

「まぁ、皆様、みすぼらしい平民にも気を配れる素敵な御心をお持ちなのですね。私も見習わなきゃ!」

「さ、さあ、そろそろ移動しましょう」


 苦々しい笑みを浮かべながら、取り巻き達はヘンドリカを連れて去って行った。

 その場に残されたのは私と、少し離れた場所にいる男子生徒だけ。

 私は周囲に他の者がいなことを確認した上で口を開いた。


「……アレ、ですって」


 距離的に聞こえていないはずはないのだが、男子生徒の反応はない。

 私はもう一度話す。


「言われておりますわよ――アンドレ様」


 名を呼ばれ、背を向けていた彼の肩がびくりと跳ね上がる。

 まさか自分が声を掛けられているとは微塵も思っていなかったらしい。

 彼はゆっくりと私へ振り返った。


 相変わらず、顔は見えない。

 そんな彼――アンドレ様へ私は微笑み掛ける。


「ご機嫌よう。傍で騒いでしまいましたから、お邪魔になっていなければ、と思ったのですが……どうやら杞憂だったようですね」


 返事に困っているのか、アンドレ様が答える様子はない。

 私はそんな彼へ近づき、先程まで彼が眺めていた地面へ視線を落とす。


「何をしていらっしゃったのですか?」


 少しだけ間があってから、漸く彼は言葉を発した。


「つ、土と草が保有する魔力の質の観測を」

「……何故そのような事を?」


 万物には大なり小なり、魔法を使う為に必要なエネルギー……魔力が備わっている。

 しかしそれを観察する事が何に繋がるのかまでは私には考えつかなかった。


 もしやただの趣味だろうかとも考えたが、予想とは異なる答えを返される。


「も、もし、土や植物の魔力の質の違いが植物の成長に関わっているなら……不毛の地でも作物がとれるようになるかもしれない、と」

「……植物の成長に魔力の質が絡んでいるとお考えなのですか?」

「まだ統計を取っている最中なので、何とも言えませんが……可能性としては高い、かと」


 私は暫くの間言葉を失った。


 一度聞き流した事だが、そもそも魔力の質というものの違いを、何の道具も用いずに観測できる者は限られてくる。

 その中で、身近な土や植物から新たな可能性を見出す事が出来る者が一体どれだけいるというのだろう。

 それも、学生という身分で。


 ――アンドレは非常に優秀な生徒だ。


 という事を悟っている生徒は少なくない。


 彼は無口で影が薄い。

 実技で規格外の結果を出すような目立ち方をする訳でもないので、陰で密かに囁かれている程度だが、試験ごとに貼りだされる順位表では常に上位に名があるし、魔法の実技の授業に於いて、講師からの応用的な指示を真っ先に実践できるのも彼だ。


 また、彼が噂される最も大きな要因が――フードで顔を隠している事だろう。

 得体が知れない、謎が多い……そういう存在は少なからず注目を浴びるものだ。

 成績が上位であり、おまけに人物像を推し量ることが出来ない。

 そんな人物相手に強く出られる者も、蔑むことが出来る者も、あまりいない。


 ヘンドリカが彼を見下しているのは、アンドレ様が平民である事と、また編入してきたからこそ彼の成績の事や異質さに注目する機会を得られていなかった点が大きいだろう。


「……試験結果でも知ってはいましたが、本当に優秀ですわね」

「い、いや。そんな事は……」


 アンドレ様がしどろもどろになりながら答えたその時。


「あ、いたいた。アンドレ――」


 外廊下から私達の方へ歩んで来るお方がお一人。

 その姿に私はギョッとした。


 何故ならそのお方は、我が国の未来を背負う王太子殿下だったのだから。


「で、殿下……っ」

「って、おや。カタリーナ嬢?」


 殿下は私の姿に気付くと目を瞬かせた後、アンドレ様の顔を見て何故かニヤニヤと笑みを浮かべ始める。


「……あー、これはすまない。私とした事が、折角の二人の時間を――」


 何やら謝罪を述べる殿下。

 しかしその声は最後までは続かなかった。


 アンドレ様は無言で手を翳し、虚空から杖を取り出すと、あろう事かそれを殿下の鳩尾へ突き付けたのだ。


「ゴフッ」

「で、殿下!? あ、アンドレ様、一体何を――」


 苦しそうな悲鳴と共に殿下が崩れ落ちる。

 平民のアンドレ様が王太子に暴力を振るう。

 しかも客観的に見れば理不尽極まりない流れで、だ。


 そんな事は当然許されない。

 極刑という文字が頭を過り私は頭が真っ白になった。


 けれど、その場に膝をついた本人である王太子殿下はというと――なんと、へらへらと笑っていた。


「悪かった、悪かったよアンドレ。けれどいくら君であっても暴力はやめておけ。目撃者がいれば皆、今のカタリーナ嬢のような顔をするだろう」


 殿下の言葉を聞いてハッと我に返ったアンドレ様は慌てた様子で杖をしまう。

 それ以降彼は一切口を開こうとはしなくなってしまったので、私は気まずい静寂を破るように、殿下へ声を掛けた。


「あ、あの……殿下。……アンドレ様は一体、何者なのですか?」

「当然の問いだな。……おい、これは君にも落ち度があるからな」


 私の問いに殿下は苦く笑う。

 王太子ともあろうお方にこれだけの事をした挙句、お咎めなし。

 そして何より殿下の言動から、二人が気心知れた仲だという事はよくわかった。


 ――アンドレ様はただの平民などではないのだろう。

 その答えに行きつくのは容易だった。


 殿下は声を潜めて言った。


「彼はね――」


 その口から告げられた言葉は、私の想像を上回るものだった。



***



 それから残りの学園生活。

 私はアンドレ様と過ごす機会が大きく増えた。


 初めは殿下たっての願いだった。

 これは周知の事実だが、アンドレ様は学園内での交友関係があまりにも乏しい。

 それ故に彼の友になってあげてはくれないかというのが、殿下からの頼みだった。


 けれど……気が付けば私達は互いに心を許すようになり、初めは緊張していたアンドレ様の態度も徐々に解れて来た。

 アンドレ様は表情も分からず口数も少ない方だったが、博識の彼がする話はとても新鮮で興味深いものばかりであったし、何より彼は私に対してとても気遣ってくれていた。

 自分の話が分かるように言葉を選んだり、それでもわからない事があって聞き返せば丁寧に教えてくれた。

 会話以外にも、足場が悪い場所では自然と手を差し出してくれたり、日差しが強い日は自然と木陰へ誘導してくれたりと、とにかく私を気に掛けてくれている事――大切に思ってくれている事がよくわかった。


 だからこそ私が彼に本当に心を許すようになったのも当然の話だった。




 卒業の時期が近付いたある日。

 私はアンドレ様と裏庭でお昼を過ごしていた。


「昨日は雨だったから、足元に気を付けて」

「はい」


 私の心は少し落ち着きがなかった。

 というのも、目前に迫った卒業パーティーに意識が傾いていたのだ。


 王立学園では卒業式の後にパーティーが開かれる。

 そこでダンスを踊るのが学園の慣わしなのだが……私はこの時のダンスをアンドレ様と踊れたらと考えていたのだ。

 しかし、奥手で消極的な彼が恋人ですらない私をダンスに誘ってくれるとは思えない。

 ならば……こちらから誘わなければ。


 そう思った私はアンドレ様へ声をかける。


「あ、あの、アンドレ様――」


 先を歩いていた彼が振り返る。

 その時だ。

 私はぬかるんだ地面に足を取られて体勢を崩してしまった。


「きゃっ」

「っ、カタリーナ」


 アンドレ様はすぐさま手を伸ばし、私の体を受け止めてくれた。


「怪我は?」

「あ、ありません……。ありがとうございます……」


 必然的に抱き合うような形になってしまった私達。

 私は恐る恐る顔を上げた。

 すると見えたのは――ローブの下に隠されていた赤い瞳。

 ルビーの様な鮮やかな瞳が私だけを見つめていた。


 ――綺麗。


 そう思う。

 思わず見とれてしまっていると、アンドレ様が恥ずかしがるように黒い睫毛を伏せた。


「……あっ、も、申し訳ありません」


 そこで漸く、私は自分がアンドレ様にくっつきっぱなしであった事を思い出した。

 慌ててアンドレ様から離れようとする。

 しかしそれを今度は、アンドレ様の手が止めた。


 行くなというように、腕を引かれる。

 アンドレ様は、再び私の顔を覗き込みながら口を開いた。


「……卒業パーティー、その……よければ俺と踊ってくれない、かな」


 思わぬ誘い。

 けれど望んでいた言葉。

 私はついつい呆けてしまった。


 それを否定的に捉えてしまったのか、アンドレ様が慌てて言葉を紡ぐ。


「もし、もう別に約束があるなら断ってくれても大丈夫だから――」

「あ、ありません!」


 自分でも驚く程、大きな声が出た。

 反響した自分の声に我に返り、カッと顔が熱を帯びる。

 しかし今更自分の発言をなかった事にもできない。


「あ、ありません……と言いますかその…………是非、踊って頂ければ、と」


 アンドレ様がハッと息を呑む気配は感じたけれど、彼の顔を見る事は出来なかった。


「……ありがとう。それと……その、続けての頼みで悪いんだけれど」


 視線を戻せないまま顔の熱に耐えている中、アンドレ様が話を続けた。


「――婚約、してくれないか」

「…………え」


 今度こそ、考えてみもしなかった言葉。

 数秒呆然とした後、これ以上はないという程までに顔が熱くなるのを感じた。

 けれどそれは相手とて同じ様で、私達は互いに顔を真っ赤に染めながら見つめ合う。


 じ、っと、アンドレ様が私を見つめている。

 私の返事を待っているのだろう。


 私は煩い鼓動を少しでも落ち着けようと深呼吸をしてから答えた。


「――喜んで」


 そう口にした後、嬉しそうに破顔した彼を見て――私も思わず笑ってしまうのだった。



***



 卒業パーティーに私はアンドレ様と出席した。

 正装に身を包みながらも、相も変わらずローブを被る彼と、会場の隅で談笑していると――


「結局、悪女は最後まで面の皮が厚かったわね」

「ねぇ? 折角のパーティーだというのに」


 ヘンドリカとその取り巻きが、近くで声を潜めて嘲笑する。

 わざわざ私に聞こえる位置まで近づいてから話すとは、随分お暇なようだ。


「ヘンドリカ」


 そこへヨハンネスまでもがやって来る。

 ダンスの為に呼びに来たのだろう。


 ヨハンネスは私の顔を見ると顔を顰めた。


「ヘンドリカ。あんなクズの近くにいるのなんてやめておけ。また何をされるかわかったものじゃない。最近だって階段から突き落とされたと言っていただろう」

「ええ、そうね。それに……あんな平民を味方にするくらいしかできないような方、相手にするだけ無駄ですわ」

「な……っ、へ、ヘンドリカ」


 どうやらヨハンネスも、アンドレ様とは波風を立てたくはない方の者なのだろう。

 動揺しつつも言外に彼の話はやめろと促すも、何も知らないヘンドリカは嘲笑をやめない。


「何故平民を恐れなければならないの? 成績優秀と言っても所詮はロクな出自じゃない人間なんて――」

「では、地位を示す事ができれば――彼女への罵倒も撤回してくれるという訳だ」


 嘲笑うヘンドリカの声を遮ったのは――アンドレ様だった。

 彼は私の前に立つと、被っていたフードを取っ払う。

 きっと、学園内で素顔を見せるのは初めてだったのだろう。

 周囲の人々は一斉に息を呑んだ。


 一つは、アンドレ様の容姿が非常に整っていたからだろう。

 陶器のように白くきめ細やかな肌、艶やかな黒髪、鮮やかな赤い瞳。

 全てが目を奪われる程美しいのだ。


 しかし、それだけではない。

 学園に通う貴族達の殆どが――その顔に見覚えがあった。

 そしてそれはヘンドリカとて同じ事だ。


 彼女は顔を青くさせて震え上がる。


「あ、アンドレアス・エヴェルス公爵……ッ!?」


 それは我が国の大貴族として名を馳せる者の名。

 エヴェルス公爵は病死した父に代わって若くして当主の座に就き、また王宮に属する魔導師隊の指揮や指導を任される程に魔法の才に溢れた人物だ。


 勿論彼は夜会など社交の場にも顔を出している為、単に挨拶を交わしたり、遠巻きに顔を見かけたりしている者が殆ど。

 故にアンドレ様が平民ではなく公爵様である事は、この場の殆どの者が理解していた。


「それで……」


 アンドレ様がヨハンネスやヘンドリカを睨み、話を切り出そうとしたその時。

 ヘンドリカは慌てて頭を下げた。


「……っ、も、申し訳ありません、アンドレアス様……ッ」


 震える彼女を見据えながら、アンドレアス様は深く息を吐く。


「貴女が自身より身分の低い者をどう見ているか――そして俺に対して働いた言動についてわざわざ苦言を呈そうとはしない。こちらも敢えて身分を偽っていたのだからね。だが――」


 赤い瞳が、鋭く光る。


「俺の婚約者を罵倒し、あろう事か冤罪を着せるなど。そんな事は許容できない」

「な、こ……婚約者……!?」


 ヨハンネス、そしてヘンドリカ達が一斉に驚いて私を見る。

 そんな彼らの意識を自分へ戻すように、アンドレ様は続けた。


「先程、カタリーナが貴女を階段から突き落としたと言ったね。だが生憎、彼女は授業以外の時間を常に俺と過ごしていた。それはあり得ない」


 びくり、とヘンドリカが肩を震わす。


「それでももし、彼女の罪が事実だというのならば――現場へ案内してくれ。俺の魔法であれば貴女方の証言を基に、現場の状況を再現する事も――偽りを証明する事も可能だろうからね」


 アンドレ様が国一番の魔導師である事をヨハンネスもヘンドリカも、その取り巻きでさえも知っている。

 だからこそ彼のこの言葉が偽りではないという事も。


 ――彼らは誰一人として、口を開くことが出来なかった。



***



 帰りの馬車の中、アンドレ様は長い溜息を吐いた。


「折角のパーティーだったというのに」

「パーティーなら、またありますから」


 送っていくという言葉に甘えて公爵家の馬車に乗った私は、落ち込んでいる彼を慰める。

 そしてふと、先程大勢の前に立ち、堂々と発言していたアンドレ様の姿を思い出した。


「そういえば……人前は苦手なのではなかったのですか?」

「え?」

「その、いつも顔を隠していらっしゃいましたし……何より、敢えて身分を偽っていらっしゃいましたから、注目される事や人と関わる事が嫌なのかと。初めてお話しした時期も、暫く口籠ることが多かったものですから」

「ああ。……いや、確かに人と話す事自体は得意ではないし、特例で身分を偽っての入学の許可を得たのも、公爵という身分目当ての人間との関りを排除したかったからではあるけど……会話や必要な時に言葉を発するくらいは別に」


 確かに、夜会で見かけた時などは特に対話を苦手とする素振りはなかったように思える。

 公爵家を継ぐ者としては当然の事でもある。


 だからこそ疑問だった。


「では、何故……」


 何故、学園で出会った時はあんなにも挙動不審だったのか。

 そう問うと、正面に座るアンドレ様の頬が赤く染まった。


「……君だからだよ、カタリーナ」


 彼は困ったように目を伏せる。

 長い睫毛が僅かに震えていた。


「夜会でも学園でも、君は常に凛とした佇まいで自分の正しさを曲げる事のない強さを持っていた。……加えて、学園では軽視されやすい平民の生徒達にも平等に手を差し伸べ、逆に貴族と対立する事を選ぶことだってあった。……そういうところを、何度か遠目で見かけた事があったんだ」


 先程、ヨハンネスやヘンドリカへ向けた時とは全く異なる、へにゃりとした、締まらない照れ笑い。


「気が付いたら目で追うようになっていた……そして、君の真っ直ぐさに惹かれていったんだ。……一目惚れに、近かったんだろう」


 気が付けば、心臓が忙しなく鳴りだしていた。

 アンドレ様の表情が、あまりにも優しくて――彼がどれだけ私を想ってくれているのかが伝わってくる。

 その愛情の深さに、そこから感じる多幸感に、堪えられる気がしなかった。


「だから君と話そうとすると、どうしても緊張してしまって……慣れるまでに、時間が掛かってしまった」


 沈黙が訪れる。

 私が上手く返事を返せなかったせいだった。

 嬉しさと恥ずかしさに耐え切れず、俯いてしまった私は、視界の外から優しく笑う気配に気付く。


「カタリーナ」


 アンドレ様が席を立ち、代わりに私の隣に座る。

 そして私の手をそっと取り――


「こんな頼りない男だけれど、これからも共にいてくれないかな」

「……何を、言っているんですか」


 優しく告げられた言葉に、自然とそう答えていた。


「国一番の魔導師と呼ばれる程のお方でしょう? それに……先程私の冤罪を晴らし、守ってくれたのもアンドレ様なのに」


 私は彼の手を握り返す。

 嬉しさの余り、目が潤んで視界が歪んでしまう。


「絶対に離れません。例え貴方が婚約の破棄を望んだとしても」


 すぐ傍で、赤い瞳が細められる。


「そんな事、する訳がないだろう。……愛しているよ、カタリーナ」

「ええ、私もです」


 こんな風に優しくしてもらうのも、愛を囁かれるのも慣れていなかったからだろうか。

 自然と溢れてしまった涙を、アンドレ様が指で掬い上げてくれる。


 それから私達は見つめ合い――


 ――互いの唇を重ね合わせるのだった。

最後までお読みいただきありがとうございました!


もし楽しんでいただけた場合には是非とも

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また他にもたくさん短編をアップしているので、気に入って頂けた方は是非マイページまでお越しください!


それでは、またご縁がありましたらどこかで!

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― 新着の感想 ―
ざまぁされていないのだが? 肩を震わせただけで、謝罪すらしていませんよ。書き忘れでしょうか? 殺人未遂の冤罪を吹っ掛けた以上、クズ女は警邏に突き出して法で裁かれる案件でしょう?
今のままなら「ざまあ」タグは外した方が良いと思います。
冤罪で婚約破棄された令嬢が幸せになったのはよかったのですが… ヨハンネスとヘンドリカはこの後どうなったのでしょうか? 冤罪を蒔き散らしたヘンドリカに何も無いのがモヤモヤします。 あと、何故公爵は身分を…
感想一覧
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