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【短編小説】精神メタボリズム失敗シンドローム

掲載日:2025/12/16

「また終わったあとにすぐ煙草を吸う」

 女が拗ねた声で言う。

 おれはリット色のブランケットを女の顔まで被せてから、ぽんぽんと頭を撫でてベッドを降りた。

 足元に寄ったメェールテが抗議の声をあげる。

「あぁ、ペドロナスがまだだったかな」

 骨壷から小さなものを選んでつまみ、メェールテに与えるとカリカリと齧って、一度おれを見てすぐに眠ってしまった。


 火のついた煙草を咥えたままバルコニーに出ると新陳代謝する街が一望できた。

 古い建物はゆっくりと沈むように崩れていく。カプセルが外れては、新しいカプセルを発生させているビルチングもあった。

「そう言えば、あそこのカルーセルに行こうって言ってまだだったな」

 ベッドの女を振り向いたが、拗ねてしまったのか反応はない。

 やたら広い公園の真ん中にあるメリーゴーラウンドの何が魅力なのかわからないが、願いの質量から言うとおれが少数派なのだろう。

 だから線路を跨ぐ陸橋も、しわくちゃの婆あが揚げたての行者ニンニクを載せる蕎麦屋も無くなってしまう。


 暗い空を飛ぶヂキーヌの羽が目の前を落ちていく様を見ていた。

 遠くで旧い単車が走る音を響かせている。

「願いの残滓よ、さらば!」

 おれは吸い殻を投げ捨てた。

 赤い光がくるくると回りながら落ちていく。

 単車も煙草も残りは少ない。

 願うひとが少ないのだから仕方ない。

 異教徒は多勢に飲まれてマルギルコ。おれたちの願いや祈りが消えたら、次は何を祈るか決めなきゃならない。


「あんまり放っておくと私も消えちゃうからね」

 それはアンタかも知れないけど。

 リット色のブランケットを身体に巻きつけた女が後ろに立っていた。

「それは脅しか?参ったな」

 でも仕方ない、惜しまれながら死んでいけるほのの人生は送っていない。

 あいつらはどうだ?

 メェールテと骨壷。

 その死が早かったのか遅かったのかも知らない。

「おれもお前も死んだら燃やされて灰になる」

 地球の上にある物質の質量が変わっていないって言うのなら、おれもお前も他の何かに変換される。

 死んだ祖父や友人もそうやって何かに変換されたんだろう。 

 それが何なのかは誰も知らない。


「あのビルのカプセル、新しいはずなのにかなりボロくなってるのね」

「もう新しいものを産み出す余裕が無いからな」

 願いがどうであれ、おれたちは行き止まりの壁に体当たりし続けるようにして生きている。

 朽ちては再生するビルヂングの細胞は疲れ果てている。そいつは街の問題じゃない、地球そのものの問題だ。

 だからおれたちがどうこうしたって、もう越えられる壁なんて話じゃないんだ。


「私はあなたに生きて欲しいけど」

「それは願いだな」

 叶えらるかは知らない。

 おれもあのビルヂングみたいにギリギリの新陳代謝をしている。再生産される細胞はクタクタだ。

 目を覚ましたメェールテが足元にすり寄る。

 お前は何だったんだ?

 誰も知らない。知る由もない。

「だがおれは死ぬ」

 お前に何かを遺せるとも知れず、な。

 女はおれがなぜそんなことを言うのか分からずにいる。軽蔑と恐怖のリット色。



 


「お前は死んだおれを喰いたければ喰えばいいし、内臓だろうと手足だろうと好きに移植すればいい」

 蝋化したおれの死体と過ごしたっていいし、おれが死んだ瞬間に鍵を置いて部屋を出て行っても構わない。

「お前の自由だよ」

 そこには希望も絶望も無い。

 ロマンの一欠片だってありゃしない。

 そんな愛情には飽き飽きしているんだ。

 お前と海に入ったところで同時に死ねるかも分からない。

 例え手を繋いでいたってな。

 だから細胞の再生産だって同じだ。

 だから同時に死ぬ為にはもう爆死するか六方沢から飛び降りるくらいしか残ってないんだ。

「そういうものなんだよ、わかるだろ」

 分からないだろうけれど。

 飛ぶか?と訊くと女は曖昧に笑った。

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