6)
フレデリカ嬢と出会って10日ほど経った。それからは一度も会っていない。初恋の人に似ているが、何者か分からないのはやはり不安だ。
そんなある日、夕方の祈りが終わり、私は私室で神学書を読んでいた。
「ヴィクトール君、ちょっといいか」
見知らぬ神官が私に会いに来た。修錬生は教員と指導神官以外の神官とはほとんど交流がない。そのため、知らない神官が訪ねてくるのは異例のことである。嫌な予感がする。
「はい。何か御用でしょうか。…神官様」
「失礼。はじめまして。エルンスト権中神官だ。」
「権中神官様がわざわざお越し下さるとは、御用というのは何でしょう。」
「貴君に来客があった。」
「もう晩課も終えておりますのに、ご来客とは。どなたですか?」
もう駄目だ。これは絶対に断らなければならない。
「それは会えば分かる。もうすでに来賓室にいらしている。来なさい。」
「どなたか伺った上で決めます。」
「これは上長からの命令だ。来なさい。」
「それでは、指導神官を通してください。権中神官様とは言え、修錬生の上長は指導神官です。」
「いいから、来るんだ。あまりお待たせする訳にはいかない。」
権中神官も必死だ。それはそうだろう。未来の王様に命じられたのだ。たまたま応対したのか、それとも最初から息がかかっているのかは分からないが。とにかくこちらも会うわけにはいかない。
「なりません。指導神官をお願い致します。」
「いいから来い!」
さすがにこの騒ぎが気づかれぬ筈がなく、部屋から修錬生たちが心配そうに顔を出しはじめた。また、誰かが呼びに行ってくれたらしく、指導神官が間もなくやってきた。
「誰だ⁉何をやっているか!」
「ちっ、面倒なことになった。」
「誰だ」
「私だ。」
「権中神官様でしたか。何をなさっていらっしゃるんですか。」
「いや、この修錬生に来客があるから呼びに来ただけだ。」
「それは私を通して下さらないと困ります。それに晩課が終わっているのですから、来客対応できないのは御承知でしょう。」
「そういう事が言えぬ相手なのだ。」
「どなたですか。」
「……ゲオルグ・フリードリヒ王子殿下だ。」
「……。ヴィクトール君」
「はい。」
「殿下がお越しになる心当たりはあるか?」
「ないことはないです。」
「君はお会いしたいか?」
「いいえ。お目にかかるべきではないかと存じます。」
「分かった。」
権中神官は慌てて「修錬生の意見を聞くというのか」と指導神官に詰め寄る。
「当然です。さあ、我々でお断りを申し上げに参りましょう。」
「本気で言っているのか?」
「本気です。さあ。」
指導神官に促されて、権中神官も貴賓室へと戻っていった。
それから何があったかは知らないが、しばらくすると権中神官は辺境の神殿へと赴任していった。
王子の来襲から数日後、アレクサンドラ・マリアから三度目の手紙が届いた。
その内容は、王子が会いたがっている、あなたの才能が国に必要だと言っている、意地を張らずに一度会ってあげて欲しい、といったものだった。
やはり怪しい。どうもアレクサンドラ・マリアが自分で書いたとは信じられない。二度目と同じ返事を出しておいた。