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それからはアレクサンドラ・マリアからの手紙もなく、学校も始まって忙しくなり、何となく王子たちのことも脳裏から去っていた。ずっと学びたかった神学は興味深く、天つ后への信仰も日々深まっていった。庭の草むしりも天つ后への奉仕と思えば辛くなかった。
学校が始まって二か月ほど経ったころだった。いつものように神殿の庭で草むしりをしていると、女性と思しき参拝者から声を掛けられた。
「すみません。こちらの修練生様でいらっしゃいますか。」
「はい。左様でございますが。何か御用ですか。」
見れば、アレクサンドラ・マリアに劣らぬ美しい女性のようで、かつて王宮で見た初恋の少女を思い出した。
「ヴィクトール・アントン様でいらっしゃいますか?」
「はい。左様でございますけれども。どちら様でしょうか。」
「私王宮からの使いで参りましたフレデリカと申します。」
私は思わず身じろいだ。
「そう怖がらないでくださいまし。王子殿下からの言付けをお伝えしに参っただけでございます。」
「さ、左様でございますか。一体どのような……」
「修練生様が神殿をお出になれないのは承知しましたので、一度神殿でお話をされたいとのことでございます。」
「一体何のお話でございましょうか。」
「先日の祝宴についてのお詫びかと存じます。」
「それでは、わざわざ足をお運びいただくことはございません。どうかお気になされませんようとお伝え願えますか。」
「お断りなさるということでございますか?」
「いいえ、恐れ多いということでございます。」
「殿下はガッカリなさると思います。」
「申し訳ございません。」
「ちなみに、私、ヴィクトール様にお目にかかったことがあるのですが、覚えていらっしゃいますか?」
話題が変わってホッとした半面、意外な質問に驚いた。誤魔化そうかとも思ったが、ここは正直に言っておこうと思った。
「え、いや、申し訳ありません。ちょっと…覚えておりません。ただ、」
「ただ?」
「随分昔に王宮のお庭で似た方を見かけた記憶がございます。」
「そうですか。それはきっと私だと思います。」
なぜ断言できるのか分からず、返事が出来なかった。
「……。」
「だって、その時のことを私も覚えていますもの」
「えっ?」
「あの時からずっとこうしてお話したかったのですわ」
「どういうことですか?」
「ずっとあなたを見ていました。」
どうもこのフレデリカという女性は少し様子がおかしい。
「あの時、あなたが私に優しく微笑んでくださいました。」
「いや、私は確か慌ててしまったと思うのですが」
「いいえ、あなたは私を見つめてくださいました。」
何か違和感がある。違う。この表情、どこかで見たことがある。
どこで見たんだ。いずれにしてももう会話を切り上げなければ。
「恐れ入りますが、修錬生があまり長く話すことは許されておりませんので、どうぞ殿下にはよろしくお伝えください。」
「……。承知いたしました。殿下は悲しまれると思います。」
「申し訳ございません。」
「では、失礼致します。」
彼女は一体何者なんだろうか。