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3)

 婚約解消から一月後、王子とアレクサンドラ・マリアの婚約が発表された。早くても半年は間を置くと思っていたので意外だったが、それだけのことである。それよりも婚約発表パーティーに招待されるのではないかというのが不安だった。

 不安は的中した。発表の三日後、両親と兄と私宛てに招待状が届いたのだ。両親と兄の許しを得て、一度は辞退する旨の返事を出したら、今度は王子付きの侍従が直接我が家にやって来てしまった。

 「貴殿のお気持ちは分からぬではありませんが、殿下の招待を辞退されるとは無礼千万であります。身の程を弁えられますよう。今回は殿下にまだお伝えしておらぬゆえ、謹んで参列なさるように。」

 侍従による一方的な叱責を受け、渋々参加することを受け容れた。父も兄も侍従の態度に憤慨していたが、私は「侯爵家の迷惑にはなりたくない」と説得した。何で私が尻拭いのようなことをしなければならないのだろうか。


 18歳にもなれば、パーティーにはパートナーとともに参加するのがこの国の社交界の常識である。しかし、私はつい先ごろパートナーたるべき婚約者がいなくなり、姉妹もいないので、一人で参加することになった。兄は「誰でもいいから適当に声を掛けろ。お前が恥ずかしいなら私が見繕ってやる」と言ってくれたが遠慮しておいた。出家する身としては、知らない人と関係を持ちたくないのが本当のところだった。

 会場では、私は物笑いの種となった。それはそうである。王子殿下に敗北した「悪役令息」で、パートナーも見つけられず一人で参加した私が嘲笑されない筈がない。私は両親や兄たちから離れて、会場の隅に陣取った。

 王子とアレクサンドラ・マリアが会場に現れると万雷の拍手で迎えられ、王子が改めて婚約を発表し、「私たちは数々の困難を乗り越え、ようやく真実の愛に生きることができるのだ」とスピーチすると、会場の熱気は最高潮に達した。私はその様子を傍観するだけだった。

 その後、王子とアレクサンドラ・マリアの両名は、会場の参加者一人一人に挨拶して回り、ご丁寧に取り巻き達と一緒に私のところにもやって来た。王子は得意の絶頂なのかにこやかだったが、私が一人でいることを見ると急に不機嫌になったのが分かった。


 「ゲオルグ・フリードリヒ王子殿下、エアフルト嬢。この度は誠におめでとうございます。」と私が挨拶すると、王子はありがとうのあの字も言わず、不愉快そうに「アインベルク殿、貴殿はなぜ一人で参加しているのだ。余への当てつけか?」と文句をつけてきた。

 私は内心不愉快ながらも「恐れながら申し上げますが、パートナーを探しましたものの今日まで見つけられませんでしたので、やむを得ず一人で参りました。殿下のお心を煩わせてしまいましたことにつきましては、誠に申し訳ございません」と謝罪した。王子はそれが気に食わなかったようで、「パートナーの一人も見つけられぬとは情けない奴め。しかも、平気で一人でやってくるとは。憐れんで欲しかったのか。余は貴様のそういう所が気に食わぬのだ。女々しいぞ、恥を知れ!」とよく分からない文句をつけてきたのだった。

 気に食わないなら呼ばなければいいのに。それに、私は王子との面識はほとんどない筈で、何故気に食わないなどと言われなければいけないのかも理解できなかった。とは言え、これ以上怒らせても面倒なので、「大変失礼いたしました。これ以上ご迷惑をお掛けする訳には参りませんので失礼致します」と言って帰ることにした。

 すると、王子はニヤニヤしながら「待て。余は寛大である。貴様の無礼は許してやろう。それだけではないぞ。大学では学友にしてやる。有難く思ってせいぜい役に立てよ」と言ってきた。

「寛大な御心に感謝申し上げます。ただ、恐れながら申し上げますが、私は大学には参りませんので、御学友につきましてはお許しいただきますようお願い申し上げます」と私が断ると、王子は「大学へ進まぬとはどういうことだ」と再び不愉快になった。

「私は神殿附属学校に参りますので、大学へは進みません」

「何故だ」

「もともと神学を学ぶことが希望でございましたが、故あって一度諦めましたのでございます。そして、この度また学べることとなりましたので、神殿附属学校に参ることと致しました。」

「余たちへの当てつけか?」

「まったくそのようなことはございません。私が神学をもともと志しておりましたことは、エアフルト嬢もご存知のことです。」

「アレクサンドラ、本当か?」

じっと気まずそうに黙っていたアレクサンドラ・マリアは「本当でございます」とだけ答えた。「知りません」などと言われたらどうしようかと思っていたが、ホッとした。

「貴様はどうしようもない役立たずの屑のようだ。せっかくいずれは余のもとで働かせてやろうと思っていたのに、まったく見損なった。よくも余とアレクサンドラの時間を無駄にしてくれたものだ。二度と余たちの前に現れるな!」

 そうしてやっと王子たちから解放された。アレクサンドラ・マリアの表情はずっと強張っていた。大丈夫だろうか。

 出て行けと言われたので、両親たちには悪いが先に退出し帰宅した。


 後から帰宅した両親と兄は激怒していた。その矛先は私にも向いていた。

「何故あそこまで言われてお前は平気なんだ。何か言い返すぐらいしないか!」

「俺はお前が弟で情けない。おめおめと尻尾を捲いて帰るなんて。それでも侯爵家の男か⁉」

私はウンザリしながら、「王子に反論して恨まれたらどうするんですか。私は出家する身ですから平気ですが、侯爵家は王子が即位された時にひどい目に遇いますよ。それに、そもそも言えば、王子とアレクサンドラ・マリアの関係は分かっていたことなんですから、婚約なんかしなければ良かったのです。私はいい迷惑ですよ。それに、そんなに怒るなら、黙って見てないで、加勢してくれても良かったのではないですか?王子のいないところで、あれこれ言われても、私にはどうしようもないことです」と言って、部屋に帰ることにした。

 父も兄も怒りが収まらないようだが、私には関係のないことだ。

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