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薄暗い路地裏を通って、半ば強制的にχ(カイ)の砦に連れられた私だが、それでも何故か全て嫌な感覚には陥らなかった。
不思議と好奇心と何か、とてつもなく掴み所はないが確信めいた期待と知りたい叡智を手に入れられるような気がしたからだ。
着いた先は想像していたよりも、綺麗で例えるならば「知る人ぞ知るBARのお店」のような感じだった。
確かに密かな人通りの少ない道には入ったものの、隠し扉がされているわけでもなく、その砦の入口はこじんまりとではあるがあった。
美しい蔦の葉が伝ったルーフワイドに青みがかった緑色の扉。
扉のレトロな雰囲気に似つかわしくない、今時風の縦長の銀色のドアノブに四角いカードキーを翳し扉を開けると、χは徐ろに中へと私を誘導した。
中に入るとまたイメージしていたものとは違う世界が広がっていた。
アンティーク調の家具に温かみのある照明。砦と呼ぶには些かお洒落すぎるカフェ屋さん、と言った感じだ。
カウンターがあり、テーブル席も3つほど。
しっかりしたカフェだ。
仄かにだが珈琲の香りもする。
「…綺麗。」
思わずそうこぼしてしまった。
カウンター席に1人ツインテールの女の子が座っていた。
その子は私たちが入って来たと同時にこちらをじっと注視する。
「……その子がそうなの?」
ピンク頭の女の子は少し疑い深い顔をして開口一番に言った。
「そう、この人が探していた彼女だ。」
χは答え私に手を差し出すようにエスコートする。
「ふーん、あっそう。」
2人の会話に全く理解できないまま、カウンター席に座る。
ピンク少女は顎に手を付け、何だか不機嫌そうに肘をついていたがしばらくして
「私は穂並、よろしく。」
と自己紹介した。
「あ、私は……杏子です…よろしくお願いします。」
おずおずとして私も返答した。
「んで、カイ、あんたさぁ、まさかだけどこの子脅したわけじゃないよね?」
穂並は机をバンと叩く真似をして軽く手をついて立ち上がり、少し挑みかかるような嗾け方をした。
座っていても思ったが、華奢なうえに身長165cmある私からしたら大分小柄なその女子は、立ってみても小さかった。
しかし、勇ましく憤ったその姿は小柄とは感じさせないほど恐ろしい猛獣のように見えた。
「脅すっていうのは、言葉でか?それとも拳銃か?」
惚けたように返すχはいつの間にかカウンターの内側に立っており、珈琲メーカーで珈琲を挽いていた。
その堂々とした様子ぷりにまたもや穂並の怒りの導火線は燃え上がった。
「どっちもに決まってるでしょう!!ほんと、あんたってやること成すこと全部が倫理的にも社会的にも有り得ない!!」
(これは不味いぞ、この場が血に染まってしまうかもしれない…。)
どう考えても穂並の言う通り私は被害者である筈なのに、この場の火の元をどうにか鎮火しようと徹した。
「ま、まあまあ、言っても私はかすり傷程度ですし、ハッカー経験もありますから寧ろあれくらいの交渉は日常茶飯事です。それに酷い時は髪を引っ張って引きずり回されたこともありますから。」
あはははは、と愛想笑いをしてみせたものの、どうやらそれも引き金となってしまったようで……。
「杏子だっけ!?あんたそんなんじゃこの世界に呑まれて良いように使われて、終いには『はい、残念な人生でしたね』で死ぬだけだからね!わかってんの!!」
と今度は私に怒りの刃が向けられてしまった。
その後散々初対面の人に叱られた。
「……はい、すんませんでした。」
(何故に私が謝ってんだよ。)
言葉責めされて撃沈している私を横目に軽く薄笑いを浮かべていたχが、注いだできたての珈琲を私に差し出した。
「詫びも兼ねて……どうぞ」
「……あんたその顔で詫びる気あんの?」
笑いを堪えるのに必死そうなその顔を睨みつけ、私は珈琲カップに手をつける。
「……!美味しい。」
「こいつ、珈琲淹れるのだけは上手いのよ。」
憎たらしそうに呟く穂並。
深くコクがあって、だが苦味が少ない。そして酸味が程よくある。こんな珈琲は初めてだ。毎日飲みたい。
そんな風に珈琲を味わっていると、「そんなことよりだ、さっさと説明しないと。」とχが切り出す。
「……はいはい。」
一体誰のせいだと思って、と言うようにχを睨みつけながら穂並は私に向かって話をし始めた。
「あなた……杏子は正夢が見れるの?」
「グフッ、ゲホゲホ」
突拍子もない質問に私は危うく珈琲を吹きかけた。
息を整えて「はい、一応は」と返答する。
その応答に穂並は「そう…」と何か深く考え込んだように眼差しを翳らす。
「それはいつ頃からだったの。」
「えぇと……そうですね、でもそれは物心ついた時から、ずっとですかね」
「やっぱりそうなのね。」
「あの、何か知っているんですか、この能力について。」
ここに来てずっと気になっていた。まるでこの人たちは私のことを全て見てきたかのように会話が進むのだ。
少しだけ静かな間があった後、穂並ではなくχの方から回答があった。
「俺たちは同じ施設、または研究所で作られた生命体の可能性が高いんだ。」
(……作られた生命体?)
「それって…」
「例えばそう、未来が見えるだとか、人の心が読める、動物と会話ができる、人智を超えた能力を持って生まれた人間がこの世には数知れず存在している。」少し俯いて穂並がそう言った。
「そ、そんな、SF映画みたいなシナリオを言われても……まさか、ねぇ?」
「そのまさかだ。俺には空間認識能力が一般人の5倍長けている。穂並は先に言ったような動物との会話が可能だ。」
「えっ、でもじゃあ何で同じ施設か研究所?で作られたかもしれない生命体って考えられるんですか?そんな研究所なんてものそもそも存在してはいけないでしょう?」
ハッカーをして10数年、そんな研究所なんてあればゴミみたいなハッカーの伝手という伝手から舞い込んでくる高級な話だ。そんな話をみすみす見逃す馬鹿が何処に居るだろうか。
「そんなもの高学歴の精鋭部隊を揃えた研究所なら隠し通せるだろう。そしてコレだ。」
『コレ』と言った時、χは首に親指を当て左から右へ線を切るようなジェスチャーをした。所謂抹殺の意だ。
「……。」
呆気に取られて言葉も出ない。
しかし心当たりがあった。
私には両親はいない。いや幼い頃に事故で死んだと聞かされた。だから直接会った記憶はないし、物心ついた時に居た家族と言えば、姉くらいなのだ。
姉の橘木李子は、私とは15歳違う唯一の家族だった。
5歳の頃に不慮の事故で彼女も亡くなってしまったが、幼かった私はあまりその内容を記憶していない。
だが強くて優しい姉だったのはしっかりと心に刻まれている。
姉がいる間は私と姉は2人暮らしだった。姉が未成年でありながらも、15歳から学校は中退してアルバイトや簡単な仕事をして私を育ててくれていたのだと、姉が居なくなってから預けられた養父母に教えられた。
それからは数ヶ月間児童保護施設に預けられた後、里親に出され今の養父母の元で育てられた。
5歳ともなると自分の親や家族認知はもうできてしまっているから、里親を本当の親というように思い込ませる『擦り込み』はできなくなっていた。
だから小学校に上がる前から私は「みにくいアヒルの子」のような気持ちで他人の家にお世話になっていた。
養父母ともに自身たちの子どもはいないため、そんな風に思われたくなかっただろうが。
ともあれ、一応親の形見であるそれらしい両親の写真はあれど、ハッキリした戸籍上の事実はない。
確かめてみようともしたことはあるが、それも行ったとしても故人でしかないため、わざわざ墓の土を掘り返す訳にもいかなかった。
だがここに来てわかったことがある。
『私は一体何者なのか』という疑念が未だ嘗てない程にまで鮮明になったから。
「……それで貴方たちは何をしようとしているのですか。」
その問いかけを待っていたかのように2人は1度目を合わせて、私に視線を送った。
「「私たちを創り出した奴を炙り出す。」」
少し遅くなりました。
体調が優れず申し訳ありません。
またぼちぼち続きを書いていこうと思いますので、どうぞよろしくお願い致します。