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マネキン

作者: はこいりな

 私は、お母さんと一緒にウニキュロへ来ていた。お気に入りのTシャツが小さくなってしまったため、お母さんに相談したら連れて行ってもらえることになったのだ。


 店内には色とりどりの服が並んでおり、日曜日だからかたくさんの客で混み合っている。


 私は、ツルツルの白い床をヒールで鳴らして歩くお母さんの後ろをのそのそ付いていきながら、そっとため息を吐いた。


 お気に入りのTシャツが着れなくなってしまったからというのもあるけれど、それ以上に私を切なくさせる事実がある。ズボンは、かれこれ四年くらい同じものを履いていたのである。


 つまり、足が長くなっていない。胴だけが、縦にもしくは横に成長しているのだ。


 一生胴長としてこれからも生きていくのかと思うと、自然と気分は憂鬱になっていた。


 お母さんはダラダラと歩く私に痺れを切らしたのか、振り返って厳しい声を飛ばす。


「夏帆、シャキッとなさい」


 人と人がすれ違うのも大変な狭い通路を曲がると、少し開けたところで左手を腰に当てて立っているマネキンが目に付いた。マネキンの前には大きな鏡がある。


 傍によって、そこに映っている短足で頬にそばかすの目立つ自分の姿と、正に理想といえる完璧なルックスのマネキンを見比べてみた。


 いいなぁ、足と腕が細長くて。彫りが深く、輪郭がスッキリしていて、鼻筋も綺麗に通っていて。とマネキンを羨んでみる。


 マネキンの頭を見上げた後、少し屈んで繊細な指にも目を通した。やっぱり、すごく色白で爪の形も綺麗だ。


 そんな、毛穴の一つもない完璧なマネキンだからこそ、どんな服を着てもカッコよく見えるんだろうな。


 私も一度、このマネキンのように完璧になってみたい。誰もが私の着ている服を、真似したくなるような存在に。


 そう思いを巡らせながら、マネキンの手を握る。冷たくてツルツルした指を撫でていると、だんだんマネキンの指が温かくなってきた。自分の体温のせいかなと思ったけど、それだけじゃない。なんか、どんどん柔らかくなってる……?


 何だか気味が悪くなってきて、私はマネキンから手を放そうとした。


 しかし、その時にはもう指は固まっていた。体も、ギリシャ神話のメドゥーサに睨まれて石になってしまったみたいにぴくりとも動かせない。


 視界は真っ黒になって、きんと薄っぺらい耳鳴りがずっと耳孔に響いていた。


────────────


それからのことはあまり覚えていない。もう呼吸もしなくていいみたいだし。


 途中何回か服を着替えさせられた気がするけど、完璧なスタイルの、みんなの憧れで、見世物となった私にとってはどうでもいいことだった。


 時間という概念も失った私は、ずっと腰に手を当てた格好で、何を感じることもなく過ごしていた。


 ある日、ふと空いている方の手に温かい指が触れた。慈しむような、それでいて妬んでいるような懐かしい感覚に、私はすぐさま飛びついた。


 その温もりを、柔らかい皮膚を、不自由なく動く体を、全部私にちょうだい。


────────────


 目を開くと、久しぶりに感じた光が眩しくて、シパシパと瞬きする。辺りのざわめきに、鼓膜が包まれる。


 知らない女の人が、振り返って誰かの名前を呼んだ。


「美香ぁ、何してんの? 早く来なさーい」


 見上げれば、マネキンが何事もなかったかのように遠くを見据えていた。


「ほらもう美香、何してんのさっさと行くよ。ズボンを買うんでしょう?」


 私は知らない女の人に手を引かれて、緑色のカーペットが敷かれた床の上を歩く。そうか、長い夢を見ていたんだ。

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