戒戒戒戒戒戒戒
生傷の絶えない生活環境なので、絆創膏にはよく世話になっている。簡単な、切り傷程度の傷ならこれで隠せてしまえるし、虫刺されとか言って適当に誤魔化すこともできる。
しかし、戒めである。これのおかげで破局したのだから、茨のような、有刺鉄線のような、記憶に残っては度々苦しめて来る呪いである。
―――蓄音機でレコードを回すような振り返り。
人間における首から下の様子は、服に隠されてしまって分からない。冬場なんかは特にそうだ。大抵厚着でいるから、せいぜい手先を見るくらいが関の山で、夏場になって、それがようやく肘の辺りまで見える。
六年前のある夏日、付き合っていた人間には絆創膏が貼られていた。首なのか肩なのか、そのどっちとも言えない辺りに。虫刺されと言ったので剥がしてみた。虫刺されではなかった。バツの悪そうな顔をするくらいなら、浮気なんてしなければいい。
なので、うっとうしい蚊になってみた。間違った選択をした。
嘘つきでないようにしてやろうというのに嬉しそうじゃない。許されたと思って安堵した顔すらしない。堅いままだった。気に入らなかったので、他に嘘を吐いていないか探した。見つけた。取り繕う事すらしていなかった。いや、それはそうか。服を着ていて見えないはずなんだから。
鼻で笑いたくなる虫刺されなんて言い訳と、必死で誤魔化す姿が可愛くて仕方なかった。不細工な形の赤い痕をついばむ音で覆う度に、その顔は青くなっていった。怯えているのは分かった。気味の悪い物を見ているのも分かった。だからって何か問題があるわけでもないから一通り続けた。
あの顔は、罰則の無い麻薬だった。一度きり拝めただけだが脳みその痺れる感じは掛け替えのない幸福感があった。赤い痕を上書きしていくほどに、ピリピリ、ピリピリと。
未だあれを超える幸福なんてない。もちろん代わりも無い。それが分かっているので、失ったと気付いた瞬間から内心の洞は埋まらなくなった。
あの日を境に、もうあの人には会えなくなった。家に来なくなった。連絡も途絶えた。きっと生きているんだろうけど会えないんじゃ死んだも同然じゃないか。
―――レコードの針が折れた。秒針をへし折って取りつけても代わりにはならない。
いいや、やめよう。もうやめよう。こんな事を思い出したって仕方ないどころか、もう何もかも思い出したくない。虚淵の広がる感じはもうたくさんだ。穴の底が深くなるのだって御免だ。
洞は埋まらない。だから覆い隠す。木を隠すなら森の中だ。傷を埋めるのは傷だ。でも人間はそれでは足りないからやっぱり絆創膏が必要だ。
プロがバイオリンでも弾くように腕を切る。一回では気が済まなくて、結局七回切った。その後で、ペタペタ絆創膏を貼った。この絆創膏は戒めである。
幸福を取り逃さないため、もう失わないための戒めである。