乗務24 『氾濫』①
日付が替わり、いつもなら鳥が鳴き始めてもいい時間になる…。
しかし、この日は何時まで経っても鳥は鳴かず、陽の光も射さない…。
いや、陽は出ているのだ。
…ただ、雲の懸かっていないその空は『闇』色に覆われていた。
『#氾濫__スタンピード__#』当日。
昼よりも暗く、夜よりは明るい…そんな時間が朝から続き、現在は午前十時を過ぎた頃…。
スモールシダー北部に位置するトードゥロ闘技場の周辺には続々と各地の騎士団や冒険者たちが集まって来ていた。
『#氾濫__スタンピード__#』開始の予想時刻まであと二時間を切ったものの、ある者は調整を続け、ある者は瞑想をしているのかリラックスするように目を瞑っている。
中には屋台で買い食いしている者もいるが、コレは寧ろ、未だ商売を止めない商人たちを褒めるべきか。
そんな中、一台のタクシーが到着する。…が誰も乗せていない。
いや、『一人』は乗っていた。
その者は『運転席』から降りタクシーを送還する。そして騎士団が常駐しているテントへ向かっていった。
そう…。
冒険者ギルド運輸部旅客課スモールシダー営業所所属、隔日勤務の『運転手』カーク・キーンである。
彼は嫌そうな顔をしながら騎士団のテントまで歩き到着すると…
「「副団長お疲れ様ですっ!!」」
テントの入口にいた二人の騎士は『ビシィッ』と敬礼をしてカークを迎える。
そしてカークは…
「いや、副団長じゃねえから…」
嫌そうにそう返していた…。
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別のテントでは各国の高ランク冒険者が集まり、打ち合わせを行っていた。
「おっ、なに?魔王様、瞑想中なん?」
「おぉ、どうも今回の魔王様、結構気合い入ってるみたいだな」
「そうなん?」
「………………」
「なら今回の『#氾濫__スタンピード__#』、少しは楽できっかもなぁ」
「だなぁ」
「いや、ソコは頑張れよ」
「………………(早く終わらせて飲みに行かねばな。…ぬっ、スモールシダーのおすすめの店とか誰か知っているか?)」
「魔王様、マジで微動だにしねぇな」
「#凄__すげ__#ぇ気合い入ってんな…」
「お前らも気合い入れろよ」
「………………(そういえばヨルの奴は苦手な食べ物とかあるのだろうか?ぬぅ、聞いておけば良かった)」
「ん?魔王様、ちょっと険しい顔してねえか?」
「え?マジで?」
「………今回の『#氾濫__スタンピード__#』、厳しい…のか?」
「俺、ちょっとギルドマスターに言ってくるわ」
『ダダダ…』
「………………(そういえば嫁に飲みに行くの伝えてなかったな…。『念話』で………………って『結界』の中からでは『念話』が通じんではないかっ!?………い、いかーーーんっ!!)」
「おいおいおいっ!?」
「魔王様の顔が青くなって汗だくじゃねえかっ!?」
「俺もギルドマスターに言ってくるわっ!」
『ダダダダ…』
「………………(まあ『#氾濫__スタンピード__#』終わらせてからで#良__よ__#いか…)」
「………元に戻ったな…」
「なんだ?大丈夫なのか?」
特に瞑想とかをしているワケでもない魔王に、高ランク冒険者たちは振り回されていた。
この後、ギルドマスターがやって来て「魔王様、何か問題がっ!?」との質問に「何の話だ?」と返したのは言うまでもない。
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『#氾濫__スタンピード__#』開始予想時刻の一時間前…一台のタクシーがトードゥロ闘技場に到着する。
闘技場外周の通りに車を停め、二人…いや二柱の神が降車した。
二柱が車を降りると同時に周囲には『神気』が振り撒かれるように漂い、二柱が闘技場に向かい歩み始めると、周囲の者たちは皆、膝を折っていく。
「あぁ、皆頭上げてね」
「うむ、準備を続けてくれたまえ」
その特別大きくしたワケでもない声音は確実に周囲の者たちの耳に入っていた。それは優しく力強い、正しく神の言葉。
闘技場入口には騎士団の精鋭が待ち受け、二柱が闘技場入口に着くと騎士団と合流し、止まるでもなくそのまま進み続ける。
先頭は王都騎士団の団長エムリスが務め、闘技場内へと入って行った。
闘技場内中央には空中に亀裂が入っているように『闇』色の『#罅__ひび__#』が存在していた。
その『#罅__ひび__#』からは『闇』色の靄が漏れ出ている。
「ふむ、だいたい予想通りの時刻に始まりそうだな…」
「そうだね…」
「………では始めようか」
二柱のその言葉を聞くと、騎士団の一人は闘技場の外へ駆け出す。コレは闘技場外にいる者たちへの伝言だろう。
そして二柱のうちの一柱、防衛大神が目を瞑る。
瞬間、闘技場内外を含めた地上と上空に極大の魔法陣が出現し、明滅を繰り返す。
「………祝福…」
「「「おぉぉ…」」」
「「「#凄__すげ__#ぇ…」」」
騎士団の者とはいえ、初めて『祝福』を受ける者は驚いたり感動したりしているようだ…。
実際には魔方陣が出現しただけなので、まだなんの効果も発揮していないのだが…。
闘技場外にいる騎士団や冒険者たちのどよめきも収まりつつあった、魔方陣出現から五分が経過した頃…。
高ランク冒険者のテントからは魔王が顔を出す。
「………そろそろか」
魔王のその言葉に反応したかのように、いや、もちろん偶然なのだが…極大の魔方陣の明滅が収まり、数瞬の後に激しく輝き出す。
#輝き__それ__#は数秒か数十秒か、はたまた#瞬__またた__#くほどしか経っていないのか…。
収まったあとには、その光を浴びた者たちはうっすらと光を纏っていた。
「「「うおおおぉぉぉっ!!!」」」
闘技場の内外で祝福を受けた者たちが雄叫び、戦闘への士気が高まる。
「お疲れ様。じゃあ僕たちはスモールシダー支部に戻ろうか」
「うむ。…しかし四年に一度とはいえ祝福は疲れる…」
「ふふふ、防衛大神は大変だねぇ」
軽口を叩きながら騎士団数名に護衛されながら、二柱は闘技場を跡にする。
外周まで進めば、後はタクシーに乗り込むだけである。
『#氾濫__スタンピード__#』開始まで、あと数十分…。
徐々に、徐々にトードゥロ闘技場の周辺は静けさを帯びていく…。
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今回のネタ①:『カーク・キーン』=乗務ではないので、事前に許可を取ってます。
今回のネタ②:『終わらせてからで良いか』=あとで怒られるパターン。
まだ始まらなかった『#氾濫__スタンピード__#』。ついに…?
次回もよろしくお願いします。




