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学校でカードゲームをしてたらいつの間にか美少女に囲まれてました。~恋なんてアド損だから俺は絶対にお前のことを好きになったりしない~

作者: taqno(タクノ)

 学校の休み時間、俺の教室では激しいバトルが繰り広げられていた。

 バトル・オブ・モンスターズ、通称BOMというTCG(カードゲーム)が絶賛流行中で、俺はクラスのナンバーワンを誇っている。

 その地位が今、幼馴染である城島凛により脅かされている。


「俺のターン!」


 俺は勢いよく山札からカードを引く。


「来たか……!」


 俺の声にカードが答えてくれた。相手の場にはモンスターが二体。セットカードが二枚。

 俺の場はがら空き。ライフも残り2000点(ゲーム開始時は一万点)……絶体絶命のピンチってやつだ。

 だが逆転のピースは揃った! このターンで勝利してみせる!


「諦めなよつよし~。この盤面で逆転は無理だってば。私にはモンスターの効果無効持ちが二体、セットカードも二枚あるんだしさ~」


「バカ、凛。こんなピンチだからこそ燃えるんだろうが。俺は絶対にこのターンで逆転するからな!」


 対戦相手の凛やギャラリーたちはすっかり勝負がついたと思っているようだ。へん、その「勝ち確ですわ」って余裕の表情を崩してやる!

 俺は手札から一枚のカードを発動する。


呪文スペルカード『大台風』発動! 自分の場が空の時に相手のモンスター、またはセットカードをすべて墓地に送る! 当然モンスターを墓地送りだ!」


「うげ! 制限カード(※)をここで引くの~! 仕方ないね、カウンターカード発動、『主の進言』。ライフを半分支払って呪文カードの発動を無効にするよ!」

 ※制限カード:ルール上デッキに一枚しか入れられないカードのこと。


 おお~、と歓声が湧く。だがこれは俺に向けられたものではない。万全の体制を敷いている対戦相手に向けられたものだ。

 俺の行動など誰も注目していない。クラスのナンバーワンの座が交代する瞬間を目の当たりにするのをみんな心待ちにしているのだ。

 ……単純にBOMをやってる女子が凛くらいしかいないから、オタク男子どもが群がってるというのもあるが。

 だが、そんな俺に面白くない光景を見せてやるものか!


「使ったな……貴重なカウンターカードの『主進』を。まぁ使うわなそりゃ。だってそうしないと凛のモンスターは全滅だもんな。せっかく出したエースモンスターを呪文一枚で失いたくないもんなぁ」


「なによぉ、やけに余裕そうだけど。……まさか毅!」


「そう、『大台風』が無効にされるなんて織り込み済みだっての! 俺の目的はお前の厄介なセットカードを使わせることだったんだよ!」


「けどまだもう一枚セットカードがあるもんね、こっちも厄介だよ~?」


 それもわかってる。セットした次のターンからしか使えないカウンターカード、それらはどれも強力な効果ばかりだからな。

 凛が使うカウンターカードはどれもスピードカウンターと呼ばれる特殊なタイミングでしか発動出来ないもの。しかし強力であるため同じスピードカウンターカードでなければ無効化出来ない。

 だがその代償にコストが重いカードが多い。さっき凛が使った『主の進言』のように、ライフをコストにするようにな。

 おそらくもう一枚のセットカードも似たようなものが伏せられているのだろう。


「俺は呪文カード『小台風』を発動! 自分の場が空の時、相手のモンスターかセットカード、どちらか一枚を選んで破壊する!」


「むむむぅ~、今度は準制限カード(※)なの……運良すぎだよ! しかも『選んで』破壊……厄介すぎるよ~!」

 ※デッキに二枚までしか入れられないカードのこと。


 凛が苦悶の表情を浮かべる。ははは、悩め悩め。

 こいつが困っているのは、俺が使った『小台風』の『選んで破壊』という部分に理由がある。

 BOMにはチェーンシステムというルールがある。カードの効果の発動に対して、他のカードを発動するとしよう。その際、効果の処理はあとから発動したカードから順に行っていく。


 今は『小台風』に対して他のカードの発動はあるか? という段階だ。

 仮にあったとして、凛が何らかのカードを発動したとしよう。そうなるとチェーンシステムで逆順処理を行い、凛のカードの効果を処理したあとに俺の『小台風』の効果処理がされる。

 そこで『選んで破壊』という効果が活きてくるのだ!


「選んで……もう、せめて対象にとる効果だったらチェーンに悩まないのに……!」


「はっはっは。悩ませるために使ったんだよ。さぁどうする? セットカードを発動するか? しないか?」


 BOMでは相手のカードを除去するカードが多数ある。その中でも相手のカードを『対象にとる』ものや『選ぶ』もの、さっきの『大台風』のように『すべてのカード』と様々な範囲に及ぶカードがある。


 対象を取るカードの場合、発動をした時点でどのカードに対して効果を適用するか宣言しなければならない。その場合、対象に取られたカードを相手が何らかの方法で場から取り除いたりすれば効果は不発になってしまう。

 もしくは『対象に取られない』という耐性を持ったモンスターの場合だと、そもそも発動自体出来なかったりする。


 だが選ぶ効果の場合はそういったリスクはない。

 たとえ相手が何らかのカードを使用して場のカードの数を減らしても、その減った場のカードの中から自由に選んで除去できるのだ!


「チェーンすればセットカードが無くなって妨害が減る。チェーンしなければモンスターかセットカード、どちらか一枚が確実に除去されちゃうよぉ……」


「俺ならチェーンするけどね。そっちのモンスターは二体とも、『相手モンスターの効果の発動を無効にする』効果を持ってるし。逆転の芽を摘むならモンスターは残しとかなきゃ駄目だろうな」


「ううぅ……確かに。じゃあ毅の『小台風』にチェーンするね! カウンターカード『主の名言』! ライフを2000点支払って呪文カードの発動を無効にして破壊するもん!」


 よしッッッッ!!!!!!!!

 使った、使ってくれた! これで凛の残りライフは3000点……俺とのライフ差も1000点しかない。

 ありがとよ凛……まんまと俺の策にハマってくれて……。

 今最高に気分がいいぜ。万全の制圧盤面を作ってドヤ顔してるやつが、逆転されそうでヒヤヒヤしてる顔を見るのはもはやオ〇ニーより気持ちいい。


 おっといかんいかん、下品な思考になるな。冷静になれ斉藤毅、デュエルは先に集中力の切れた方が負ける。あくまで平静を装うのだ……。

 駄目だ、まだ笑うな……。堪えるんだ……。逆転できそうだからって笑っちゃ駄目だ……!


「じゃあ俺は『BB-コスモス』を召喚。手札の『BB-アジサイ』を特殊召喚」


「ちょっと待った! 『アジサイ』の特殊召喚の効果発動に対して私の『ガンブレード・S・ドラゴン』で無効にするもん!」


 凛が食い気味に叫ぶ。


「凛よ、俺の幼馴染兼最大のライバルよ。『アジサイ』の特殊召喚効果はね、『発動』しないんだよ。お前のモンスターは『モンスターの効果の発動を無効にする』だよねぇ? 発動してない効果に対してどうやって無効にするのかなぁ??」


「いやおかしいよ! 効果で特殊召喚してるのになんなのそれ!」


「いや~これ召喚ルール効果だからなぁ。チェーンブロックつくらないんすわ。惜しかったねぇ、さっきの『主の名言』だったらモンスターの特殊召喚も潰せたのにねぇ~」


「毅、最初からそれが狙いだったの……! 散々モンスターを残したほうがいいって言っておいてひどい! 下劣! 悪代官! 変態スケベ陰キャオタク!」


「最後のは余計だ! いやだなぁ凛さん、俺ならそうするって言っただけじゃないですか。変な言いがかりやめてくださいよぉ」


「盤外戦術だ~! ずるいずるいず~る~い~!!」


 いやいや、こんなの盤外戦術の内に入らない。

 相手の言動、表情に惑わされて選択ミスをした。それは自分の責任以外のなんでもない。

 要はただのプレミ。もしくは運が悪かっただけ。凛もまさか俺の手札に二枚も妨害カードが揃ってるとは思いもしなかっただろう。


「さてさて、じゃあ俺は呪文カード『BB-コール』を発動するかな。デッキから『BB』モンスター一体を手札に加えるぞ。そして墓地に『BB』モンスターがいる場合、更にそいつを場に特殊召喚。手札に加えた『BB-ヒマワリ』も効果で特殊召喚っと」


「一気に四体のモンスター……。でもどいつも攻撃力が100の雑魚モンスターじゃない!」


「そういう台詞は負けフラグになるからやめたほうがいいぞ凛。俺は四体の『BB』モンスターを重ねてX進化。進化デッキ(※)から『BB-フラワー・ジャンヌ・ダルク』を特殊召喚」

(※)進化デッキ:通常のモンスターとは別に特殊な方法でしか出せないモンスターが入っている場所。


「四体も重ねて進化するなんて……。でもその子も攻撃力0じゃない! 私の場にはモンスター効果を無効にする攻撃力4050の『ガンブレード・S・ドラゴン』と『神の召使いオリオン』が……!」


「だからぁ……」


 俺は進化したモンスターに手を置き、バトルフェイズに入る準備をする。


「そういうのは負けるやつの言う台詞なんだよなぁ! バトルフェイズ! 『ジャンヌ』で攻撃!」


「正気!? 攻撃力0のモンスターで!?」


 凛は頭にはてなマークを浮かべたような顔をする。こいつは幼稚園の頃から予想外の事態に出くわすとすぐこういう顔をするんだよな。

 そこが小動物っぽくて少しかわいいなんて思ったりするけど、本人には言わないでおこう。


 まぁ凛が驚くのも当然だろう、こちらの残りライフは2000。攻撃力0のモンスターで攻撃してしまったらこちらの負けになる。だがもちろん、そんな心配は無用だ。


「ジャンヌは進化素材の数×200ポイント攻撃力がアップする! もちろんこれも『発動』する効果じゃない! 永続効果だ!」


「それでも攻撃力800、毅のライフが0になっちゃうよ?」


「『ジャンヌ』の効果その2! こいつは相手の場にモンスターがいてもプレイヤーに直接攻撃ができる! もちろんこれも発動しない効果だ!」


 凛のライフ:3000→2200


「うっ、けどこれくらいのダメージ……!」


「さらにもう一度、『ジャンヌ』で直接攻撃!」


「何でっ!?」


「ジャンヌの効果その3! 進化素材の数だけ攻撃ができる! つまり四回攻撃ってことだなぁ!」


「……攻撃力800で、四回攻撃……!」


 凛もようやく状況を理解したらしい。

 そう、俺が『ジャンヌ』の召喚に成功した時点で凛の敗北は決定していたのだ!


 カウンターカードのコストによる大幅なライフロス。一万点もあったライフが3000点に減ったことで、一気に俺のキルライン圏内に入っていたのだ。


「さぁトドメだ! ジャンヌで攻撃!」


「私の……負けか~」


 凛のライフ:0


 悔しそうに笑いながら凛は手札を机の上に投げ捨てた。

 こら、そういうのは行儀が悪いからやめなさいって。花も恥じらう15歳の乙女のやることか。

 まぁ普通の15歳の女子は男子に混じってカードゲームなんかやらないだろうが……。こいつ、昔から俺の好きなゲームや漫画とかを追っかけてハマるんだよなぁ。

 もしかしたら凛の感性は少年ハートなのかもしれない。見た目はかわいいのにそこは勿体ないところだ。……いや、オタク男子からすればむしろ共通の趣味がある方がいいのか?

 ひょっとしたら凛のやつ、オタサーの姫になる素質があるかもしれない。そんな無法地帯に突入しようとすれば俺が絶対死守するが。


「はぁ~。今回は毅に勝てると思ったのに~。またやろうね、毅!」


「ああ、結構いい線いってたぜ凛。次の休み時間は先行と後攻入れ替えてやるか」


「うん!」



 こうして俺たちの休み時間の決闘は決着がついたのだった。




「うおおおすっげ斉藤! これで何連勝だよ!」


「城島さんでも無理とか、これもう勝てるやついないだろ」


 さっきまで凛ムードだったギャラリーたちも、俺の華麗な逆転劇に興奮しきっているようだ。

 ふふん、どうだ見たか。これが一流のデュエリストの実力よ。四妨害くらい乗り越えてこそデュエリストを名乗れるってもんだぜ。


「うぅぅ~。いけると思ったのに~。やっぱり毅って強いよね。ゲームに関しては毅には勝てないや」


「はっはっは、もっと褒めろ。でも凛も強かったぜ!」


 俺たちは勝負のあとの握手をする。これもデュエリストのマナーのひとつだ。

 勝負が終わったら後腐れなし、お互いの健闘を祝して握手する。


「斉藤、今度は俺ともやってくれよ!」


「あ、俺も! めっちゃ強いデッキ作ったからさ!」


 クラスメイトや他のクラスの面々から続々と決闘の申し出をされる。

 なかなかいい気分だ。オタクで帰宅部の俺だが、BOMが流行ってるおかげで休み時間の間だけ一躍ヒーローみたいだぜ。


 まぁ本当は学校でカードゲームなんかやっちゃ駄目なんだけどな。そう考えると俺は不良なのか……? 陰キャオタクなのに? 校則違反しているイコール不良……?

 いやいや、そんなはずはない。それを言うならクラス中全員校則違反をしている。親との連絡以外でスマホの仕様は禁止されているのに、男子はソシャゲ、女子はTiKT〇Kに動画を投稿している。カードゲームをしている俺だけが怒られるいわれはないはずだ。赤信号、みんなで渡れば怖くないってな。


「こら男子! 学校でカードゲームなんかやってると先生に怒られるわよ!」


 俺たちの激闘の熱も冷めやらぬ中、ビシリと強い語気を持った声が発せられる。


「またお前か……甲斐」


「またあなたなのね……斉藤くん」


 こいつは甲斐。同じクラスの女子だ。成績優秀、品行方正で学級委員長みたいな性格をしているやつだ。学級委員長は別のやつだけど。


 俺たちがBOMをやっていると、毎回こうやって注意してくる。そりゃ校則違反しているのは俺たちの方なのだから怒られるのは当然なのだが、毎回こうも絡まれると段々とやかましく感じてくる。

 いくら可愛くてアイドル事務所からスカウトされたって逸話があるからって、俺にとっては敵以外の何者でもない。

 繰り返し言うが、校則違反をしているのは俺の方なので一方的に悪いのはこっちなのだが……。


「高校生にもなってこんなのの何が楽しいんだか……。男子ってほんと子供よね、くだらない」


「BOMの楽しさを知らんとか人生損してるやつに言われたくないなぁ。っていうかお前こそなにか趣味あんのかよ。他の女子はみんなSNSやら恋バナやらで盛り上がってるのに、お前そういうの全然やらないじゃん。無趣味なのか? 人生退屈そうだな」


「なんですって」


「なんだよ」


 俺たちは正面からにらみ合う。綺麗な眼をしているが、その眼は鋭く俺を見据えていた。

 どうにもこいつとは相性が悪い。口を利けばこうしてすぐ喧嘩腰になってしまう。俺オタクで喧嘩苦手なのにね。

 いや、女子相手に喧嘩腰って逆にオタクらしいのか? イキリオタクなのか俺は?


 まぁとにかくそれはさておいて、一つだけ言えることがある。

 俺と甲斐は、絶望的なまでに噛み合わないってことだ。決して相容れぬ俺と甲斐、美少女優等生とオタク。まさに水と油の関係ってわけだ。


「何度注意してもやめないからもう諦めてるけど、そろそろ片付けたほうがいいんじゃない? 先生に見つかったら大事なカードが没収されちゃうわよ」


「おおっといけね! おい凛、カード隠せ! えっと次の授業なんだっけか」


 俺と凛は大慌てで机に並べられたカードを片付けてデッキケースに戻す。そしてデッキケースを鞄の奥底、教科書の下という決して見つからない場所に隠す。

 それを見た甲斐は呆れたようにため息をつく。こいつからすれば俺たちの姿はさぞや滑稽に見えているのだろう。


「次は数学。遊びもいいけど勉強はしっかりしなさいよね。工藤先生、宿題やってないとすごく怒るんだから」


「わかってるわ。勉強は学生の本分だからな。これでも俺は中間テストの順位は上位30位以内に入ってるんだぞ」


「毅の場合、試験の成績がいいとお小遣いが増えるって理由で頑張ってるだけだけどね」


「凛、余計なことは言わんでいい」


 高校生の少ない財政事情でうまく立ち回るコツ。それは親の軍資金にほかならない。テストで成績良かったらアレ買って! というのは学生なら誰しも一度はやったことがあるだろう。

 俺はそれでゲームやBOMの資金を貯める。勉強なんて趣味を満喫するための手段に過ぎん。


「さすが斉藤くん。しらなかったー。すごーい。勉強のセンスもあるんだー。そっかー(棒)」


 俺の成績自慢を聞いた甲斐はあからさまな棒読みで称賛してきた。

 こいつ……興味ない話題への対応さしすせそを……! どこまでも人をコケにしてくるやつだ。

 横にいる凛が俺たちのやり取りを見てそわそわしている。


「まぁ遊んでばっかりだとその程度だよね、勉強も遊びも中途半端。何にもなれない駄目人間。斉藤くんって典型的な普通の人って感じよね」


「なぁ!?」


 こいつ、クラスナンバーワンデュエリストの俺に向かって普通だと!?

 言ってはいけないことを言ってしまったな、いくら美人だからって許されないラインをグラウンドの白線のように踏み込みやがった!


「調子に乗んなよ! いくら成績が学年一位だからって、お前みたいに無趣味な人間なんか誰も相手にしねえよ!」


「ふん、負け惜しみの台詞も悲しいくらいに普通ね。じゃ、先生も来るし私は自分の席に戻るわ」


「あ、おい待て甲斐! 誰が負け惜しみだって!」


 俺が甲斐に詰め寄ろうとすると、凛が間に入ってきた。


「ま、まぁまぁ毅落ち着いて。甲斐さんも、別にそこまで怒ることないんじゃないかな~? せっかく同じクラスなんだし、仲良く……ね?」


「っ、凛がそういうなら……わかったよ」


「ふぅ、城島さん。あなたもかわいい女の子なんだから、そんなやつとつるんでると勿体ないわよ。はっきり言って時間の無駄、青春の浪費じゃないかしら」


「そ、そんなことないよ? 毅といると楽しいし、みんなと遊んでるのって青春じゃないかな?」


 おお、凛のやつが珍しく甲斐に言い返している。どちらかといえば舌戦は苦手なはずなのに、やけに強く出るな。

 凛のやつ、そんなにBOMがバカにされたのが嫌だったのか。流石は俺の幼馴染兼ライバル、お前にもデュエリストの矜持ってやつがあったんだな。


「よかったら甲斐さんもみんなと一緒に遊ばない? きっと楽しいよ? BOMじゃなくても放課後一緒にどこかに行くとかでも……」


「悪いけど、私そこまで暇じゃないの」


 凛の言葉をピシャリと断ち切り、甲斐は踵を返す。そのまま自分の席に戻っていく甲斐の姿はなんとも言えぬ威圧感があった。


「つ、毅~……私ひょっとして甲斐さんのこと怒らせちゃったかなぁ~! ど、どうしよう、あとで謝ったほうがいいよね!?」


「凛が気にすることじゃないだろ。ほっとけよあんなヤツ。それよりお前、ちゃんと宿題やってきてるんだろうな? また忘れたら今度は流石に助けてやれないぞ」


「ちゃ、ちゃんとやってきてるよ! ……わかんない問題、結構あったけど」


「今日の日付的にたぶんお前当てられるぞ……」


「わぁ~助けてつよえも~ん!」


「だから昨日の夜わかんないところないか? ってメッセ送っただろうが! たぶん大丈夫って返してきた自信はどこいったんだよ!」


「だって最初の数問は簡単だったんだもん、最後の二問難しすぎるよ~!」


「まぁその、なんだ。簡単な問題の時に当てられるよう祈っておけ」


 その後、俺たちの悪い予感は的中し、凛は宿題の回答をするよう先生に言われたのだが、案の定凛の解答は間違っており、先生にこっぴどく叱られるのだった。

 教壇から送られる救援の視線に、俺はどうすればいいやら悩みながら、とりあえず親指を立てて答えるのだった。

 頑張れ凛、これもデュエリストの乗り越えなければならない壁だ! 数学とBOMに果たしてどんな繋がりがあるのかは不明だが。まぁ、そのうち役に立つさ!



「今日は最悪だったよ~」


 帰りのホームルームが終わり、凛が机に突っ伏しながら言う。


 確かに今日は最悪だった。凛のやつ、数学のあとも体育の授業でバレーをやったらしいのだが、顔面にボールが直撃してしまったらしい。今も鼻が赤くなっている。

 その後も古文の授業では、古文と間違えて現代文のノートを持ってきてしまい、しかもノートに空きスペースがなく、授業内容を書き残すことが出来なかったのだ。

 他の強化のノートを使えばいいのでは……? と思ったのだが、本人に「その発想はなかった!」と言われてしまえばもはや何も言えまい。


「凛、そんなに落ち込むなって。明日はきっといい日になるから……たぶん」


「明日は私のきらいな英語の授業があるよ~……。宿題の英文翻訳、毅教えて~」


「写させてもいいけどそれじゃ自分のためにならないだろ。それに俺の翻訳が間違ってたら責任取れないし」


「じゃあもう最終手段、スマホの翻訳アプリで……」


「たぶん翻訳の癖でいっぱつでバレるぞ……。頑張って英単語帳とにらめっこするしかないな」


「ふぇ~……。今日は推しのVtuverの配信があるのに~……」


 なんというか、ここまで落ち込んでるといたたまれない気持ちになる。凛にとって今週は厄日のバーゲンセールなのかもしれない。そんなセールあってたまるかと思うけど、悪いことは重なるっていうしな。

 俺も幼馴染の落ち込む姿を見続けるのは忍びないし、少しは助けになってあげたいのだが……。


「ねぇ毅、もしよかったらだけど……今日うちに来ない? ほら、デュエルの続きやろうよ!」


「そんなこと言って俺に宿題やらせる気だろ。その手には乗らないぞ……ってあれ?」


「ん? どしたの?」


「おかしいな……デッキがない」


 鞄の中を確認してみるがデッキケースは見当たらない。凛とデュエルしたあと確かに鞄の中に入れたはずなんだが。

 あ、そうだ。確かあのあと、暇さえあればもう一度デュエルできるように鞄の中から取り出して机の中に入れたんだった。

 それを忘れてあやうくデッキを学校に忘れて帰るところだった。あぶないあぶない。


「悪い、先に帰ってて。忘れ物したっぽい」


「ええ~、それなら待つよ? 一緒に帰ろうよ毅、宿題教えて~!」


「結局そっちが本命なんじゃないか! 今日は諦めて帰って勉強しとけって。じゃあまた明日な~」


「うわ~毅の薄情者~! 裏切った~! 私の純粋無垢な心を弄んで、なんてひどいやつなの~!」


「人聞きの悪い事を校門前で叫ぶんじゃねぇ!」


 ただでさえ女子受けの悪い俺の評判が更に地に落ちてしまうではないか。周りの生徒たちも俺と凛の様子を見てひそひそ話をしている始末。これじゃあ俺が凛に手を出した最低野郎みたいじゃないか。

 だが見ず知らずのやつらに弁明するというのもなんだし、ここはダッシュで逃げるしかない。おのれ凛め、あとでホラーな感じのスタンプを送りまくってやるからな……!



 ◆◆◆◆◆



 教室の前までやってきた俺は走って乱れた呼吸をゆっくりと整える。帰宅部オタクが急に走ると、ちょっとした運動で動悸がしてしまう。兄ちゃんみたいに普段から運動をするべきなんだろうか。

 そんなごく一般的な帰宅部男子の健康状態の改善を考慮していると、ふと教室の扉の向こうから気配を感じた。

 というのも、扉の向こうから物音と声が聞こえてきたのだ。どうやら誰かいるらしい。この時間は部活生は部活に行っているし帰宅部は帰ってる時間だ。一体誰がいるのだろうか。


 もしや先生だったりしないだろうな……!?

 抜き打ちで机の中のチェックとかされたら、俺の大事なデッキが没収されてしまう! それだけはあってはならないことだ。

 あのデッキは総計一万円以上の金額がかかっている。もし没収されてしまえば俺の資産を奪われるのと同義……! 高校生にとって一万円以上の価値のあるものを失うのはかなりでかい。swit〇hを失くすのと同じくらいのダメージだ。


 俺はおそるおそる扉に耳を立てて、教室の中の様子を伺う。


「ふーん……これが斉藤くんの……」


 女の声だ。ということは先生じゃない。うちの担任の辰川先生はアラフォーのおっさんだし、副担任の本多先生も若手の男性教師だ。

 つまり教室にいるのは女子ってことになるのだが、気になるのは声の主が俺の名前を口にしたことだ。

 たしかに今、斉藤くんって言っていたような……。


 少しだけ扉を開けて見る。教室の中には女子が一人だけしかいないようだった。だが不思議なことにその女子は俺の机のあたりに立っている。


「なるほど、大口叩いてるだけはあるって感じね。『BB』モンスターは展開力が売りだし、相手のモンスターを無視してプレイヤーに直接ダメージを与えられる。決まればワンショットキルは容易だわ」


 でも……とその女子は口にする。


「このデッキ……よっわ」


 は?


 はぁ!?!?!?!?


 誰だかわからないが、俺の魂のデッキを鼻で笑ったな! 弱いだと!? クラスで負けなしの俺のデッキを?

 完全に頭にきたぜ。女子でカードゲーマーって点は幼馴染の凛と共通点があるが、凛は人のデッキをバカにしたりしない。

 こいつは絶対性格が悪いやつだ。その面を今拝ませてもらおうじゃないか!


 俺は勢いよく教室の扉を開いた。そして謎の女子に向かって思いっきり叫んでやった。


「俺のデッキの何が弱いんだよ! 何様か知らないけど人のデッキをコケにしてくれるとはやってくれるじゃねぇか……って、お前は……」


「あ、あなた……どうしてここに?」


「それはこっちの台詞だっ! どうして……どうして甲斐が俺のデッキなんて見てるんだよ!」


 そう、そこにいたのは普段俺のことをやたら敵視してくる委員長風な女。俺の宿敵の甲斐だったのだ。

 カードゲームを否定するようなことを口にしていた甲斐が、なぜ俺のデッキに触れ、そして弱いなどと言ったのか。

 俺は夕日に染められた甲斐の姿に、ただただ唖然とするのだった。



「甲斐……お前BOMやってたのかよ……」


「はぁ、まさかこんなところを見られてしまうとわね。つくづく私とあなたは相性が悪いわ」


 はぁ、とため息をつきながら頭を抱える甲斐。だがそれは困ったという感じよりも、面倒なことになったという意味合いの方が強そうに見えた。


「俺たちが休み時間にいつもBOMやってるの知ってんだろ。なのになんであんなことを言ってたんだよ」


「あんなこと? ごめんなさい、斉藤くんに言ったことなんていちいち覚えていないの。足が臭いって言ったこと? それとも女子にモテないって言ったことかしら?」


「そんなこと言われてねぇ! ……え、お前俺のことそんなふうに思ってたわけ? 俺足臭い? マジ?」


「冗談よ。……半分はだけれど。それで、私が言ったことってなんだったかしら」


「待て、どっちが冗談なんだ!? 俺って臭いの!? いつも凛の家に遊びに行ってる時も臭かったのか!?」


 甲斐の言ってることが本当ならば、俺は知らぬうちに幼馴染に不快な思いをさせていたことになる。幼稚園からずっと一緒で、毎日顔を合わせてる仲の凛に、「実は毅って足臭いんだよね~」とか思われていたのならかなりショックだ。


 高校生の男子にとって女子から持たれるイメージってのは非常に重要だ。顔がキモい。服装がダサい。態度がウザい。そういったマイナスのイメージを持たれるだけで、男子の学校生活は一気に灰色の青春へと変わってしまう。

 その中でも特に足が臭いだと!? 体臭が駄目とか、そんなふうに思われていたなんて恥ずかしいにもほどがあるぞ!


「安心して。モテないって方が事実だから。それより話、進めてくれないかしら?」


「なんだよかった……って、そっちはそっちでよくないような気がするが……。薄々自覚はあるが」


 よかった、俺の足は臭くないようだ。というか冷静に考えると普段そんなに話さない甲斐が、どうやって俺の足の臭いを嗅ぐ機会があるというのだ。

 せめて口が臭いとか腋臭がひどいとか、そういう嘘なら信ぴょう性があった。足の臭いなんて嘘、すぐバレるに決まってる。

 そんな嘘に騙されそうになった馬鹿がここにいるわけだが……。帰ったら自分の足の臭い、確認しておくか……。


「……話戻すけど、今日の休み時間のことだよ。お前言っただろ? 『高校生にもなってこんなのの何が楽しいんだか』って。そんなこと言ってるお前が、どうしてBOMに詳しそうで、そのうえ俺のデッキを馬鹿にしたりすんだよ!」


「失礼ね。馬鹿になんてしてないわ。事実を言っただけだもの」


「じ、事実だぁ? 俺のデュエルの腕はクラス全一だぞ。それを知った上での発言だろうな!」


 俺の言葉を聞いて、甲斐は「ふんっ」と鼻で笑った。その一挙一動が俺の神経を逆なでするために行われているようにしか思えない。

しかもこいつの場合、顔がいいからそれが様になっているのも腹立たしい。煽りさえ美少女にかかれば魅力的に見えるのか。

俺はこいつのことが嫌いだから、全然かわいいとは思えないがな。


「高校生の、しかも学校の休み時間にやるお遊びデュエルでしょう? それで誇られても逆に笑ってしまうわ」


「お、お遊び……」


「斉藤くん。あなた今の環境デッキ(※)って何か知ってる?」

(※)環境デッキ:大会などで結果を残し、流行しているデッキのこと。


「知ってるよ。SNSやブログで大会結果とか見てるからな」


「じゃあ何個か言ってみてよ」


 甲斐に促され、俺は今主流のデッキをいくつか頭に思い浮かべる。

 今期は中・低速デッキが主流の環境だ。大量のモンスターを出すことより、そこそこのモンスターと呪文やカウンターで相手の妨害をする戦術をとるデュエリストが多い。

 凛のデッキのように、妨害の手段をモンスターとカウンターカードに分けることで、相手の取れる選択肢を確実につぶしていくというのが強みだ。まぁその戦術に俺は勝ったわけだが。


「えっと、【アイアンビースト】や【サイバーハッカー】、【干支獅子】や【バーチャルワールド】なんかか?」


「そうね。その他にも【黒人形】や【ゴージャス伯爵】、【妄想紳士団】なんかもいるわ。でも一番入賞報告が多いのは斉藤くんの言う【アイアンビースト】や【干支獅子】もしくはその混合デッキね」


「今期は亜人種やビースト種なんかが強いからな。特に【アイアンビースト】ってテーマ(※)は亜人やビースト、バード種のサポートにもなるってんだからやりたい放題だぜ」

(※)テーマ:デザイナーがそのデッキを作るように予めデザインされたカードたちのこと。『BB-ヒマワリ』や『BB-コスモス』のように共通の名前を持ったモンスターが多い。



 俺の言う亜人やらビーストというのは、BOMにおけるモンスターの種類のことである。BOMのモンスターには『属性』と『種族』がある。

 属性は大きく分けて六つ。黒、白、緑、赤、青、紫がある。

 種族はそれこそ膨大で、数十という数の種族があるのでここでは割愛する。

 例えば俺の使う『BB』というモンスターたちは、緑属性のバード種だ。属性や種族によってサポートやシナジーが様々あり、それがBOMの奥深さの一つでもある。


「斉藤くんが使ってる【BB】もちらほらと入賞報告を見るようになってきたわね。先月の強化パックのおかげかしら」


「へへ、まぁな。凛と一緒にパックを買ったら偶然カードが揃ってさ、いざ組んでみたらこれが強いのなんのって……」


「でも斉藤くんのデッキは弱いわ」


「なっ」


 二度も言った! クラスの誰にも言われたことないのに!!


「ねぇ斉藤くん、あなた『手札発動』カードって知ってる?」


「当たり前だろ。BOMはモンスターも呪文もカウンターも、一旦場に出さないと効果を使えないけど、特定のタイミングでのみ手札から効果を発動できるカードのことだろ」


 この手札発動カードというのは、現代のBOMの常識といっていいだろう。

 場にカードを出さず、効果の発動を宣言して手札から捨てたり場に出すことができるカードたち。例を上げれば『ダートの天使ウララ』というモンスター。このカードは相手の効果によるドローやサーチ効果が発動したときに手札から捨てると、それを無効にできるカードだ。


 さっきも言ったように『手札発動』カードは特定のタイミングでのみ使用可能なので運用が難しいように思える……が、その『特定のタイミング』というのが割と頻繁に起こるゲームがBOMなのである。

 サーチ、ドロー、サーチ、ドロー、といった行為が当然のように行われる。だから相手の好き勝手させないように、対策として『手札発動』カードが大会などに出るプレイヤーには使用されている。


 ちなみに『墓地の特定者』という呪文があり、それは墓地のカードをゲームから取り除いて同じ名前のモンスターの効果を無効にするというものだ。

 これは『手札発動』モンスターの効果を無効にして、自分の本来やりたいサーチ効果やドロー効果を妨害なく行うといったのが目的のカードとなっている。


 相手のソリティア(※)を阻止するための手札発動をさらに阻止するという、なんだかいたちごっこみたいになってしまっているのだが……これもBOMの魅力の一つだ。……たぶんそのはずだ。


(※)ソリティア:自分のターンに延々とコンボを行うこと。「一人でやってるよ~」とツッコみたくなるくらい長い。カップ麺作れるくらい長い。かつては30分アニメが見終わるくらい長いソリティアを行うデッキもあったとか……。


「でもあなたのデッキ、手札発動カードが入ってないわよね。これでよく強いなんて言えたものだわ」


「それは、理由があってだな……!」


「ふぅん。『ウララを握ってないほうが悪い』って言われるくらい、現代のBOMにおける手札発動の重要性は理解しているのに、デッキに入れない理由って何かしら」


「それは……その……」


 わかっているさ。『ダートの天使ウララ』が必須カードだってことも、相手が特殊召喚するたびにドローできる『繁殖するマイマイカブリ』が強いことも。相手のターンに手札から捨てて、相手モンスターの効果を無効にする『効果不幸化』が昔っから今でも使われていることも。


 でも!


「友達同士で手札発動カード使うのってさ、なんか悪いじゃんか」


 考えても見てほしい。友達同士でカードゲームをやるとして、相手のプレイに逐一妨害をして盛り上がるだろうか。もちろん人によるとは思う。

 だが、学校の、休み時間という限られた時間で、気の知れた友人たち相手に、手札発動なんて妨害カードを使って楽しいだろうか。

 そして自分のターンには一方的に展開をして、殴って勝って嬉しいのだろうか。俺はそうは思わない。せっかく学校でBOMが流行り始めたのだ。初心者もまだまだ多いこの環境で、俺だけそんな大会必須カードを使うなんて空気が読めないにも程があるだろう。


「それに凛のやつ、展開の途中でこっちが妨害するとすごい悲しそうな顔するんだよ。最低限、エースを出せるところまでは邪魔したくないんだ」


 だから俺はなるべく相手の展開は邪魔せず、マジでやばいところだけは除去して、真正面から勝つスタイルを選んでいる。

 プロレスっていうのはお互いが全力を出すから楽しい。一方的なゲームは見てる方からしたら塩試合だろう。俺が楽しみたいから相手にも楽しんでもらいたい。それの何が行けないのだろう。



 なんて色々と御託を並べたが、実はそんなことよりももっと深刻な理由がある。


「そもそもさ、手札発動そいつら高いじゃんッ!!!!」


 そう。大会で必須カード扱いされているということは、需要が非常に高いってことなのだ。『ダートの天使ウララ』なんてノーマルでも800円くらいするし、『繁殖するマイマイカブリ』だって一枚600円を超えている。


「高くないわよ。今年の年始に出たレアカードコレクションパックで再録(※)されたし、その時は一枚600円くらいだったもの。一年前の今頃なんてノーマルで1200円だったのと比べれば、全然安いじゃない」

(※)再録:過去のパックで出たカードを最新の商品に収録すること。


「一枚ならな! そいつら全部三枚必須じゃんっ! お前な、小学生でもできる計算だぞ! 800円のものと600円のもの、その他数百円以上する手札発動カードを全部三枚ずつ買います。さて、合計いくらになったでしょう? 普通にゲームソフト一本新品で買えるわッッ!!!!」


「でもあなたの【BB】デッキ、見たところ必須カードの『BB-コール』は三枚揃ってるし、他のエースモンスターもレアリティが高いわ。おそらく一万円……買った時期によれば、二万円近い金額を使っているはずよ」


 こ、こいつ俺のデッキを見ただけでカードの総額を当てやがった……!? どんだけ詳しいんだよ……。俺は自分のカードだからいくら金を費やしたか覚えているが、普通他人のデッキを見て値段を当てるか? もはや俺よりオタクだろこいつ。こわっ!


「この『BB-コール』だって今いくらするか知ってる? 発売日の午前中は店頭価格800円だったのに、発売から一ヶ月過ぎたら一枚1500円が相場になってるわ」


「え、マジで!? これそんなに値上がってたのかよ!」


「少なくとも発売日の午後には千円を超えてた記憶がある。こんなのを三枚も持ってて、手札発動カードを持ってないなんて変じゃない。まさかテーマカードやエースモンスターを優先して、汎用カード(※)を疎かにしてたわけじゃないでしょうね」

(※)汎用カード:どんなデッキでも使える、効果の強いカード。手札発動カードや、凛が一話で使っていた『主の進言』、毅が使った『大台風』『小台風』など。


「いや実はそれ、パックの発売日に凛と一緒にパック開封してさ。俺は一枚しか当たらなかったんだけど、凛のやつ運がよくて二枚当たったんだよ。だからあいつの欲しいカードと交換してもらったんだ」


「ぱ、ぱ、ぱぱぱぱ、」


「近所のコンビニで買ったんだけどさ、店員の並べ方が特殊だったのかな。普通こんなに偏ることないもんな」


「ぱ……ぱぱぱ」


 何だ……急に甲斐の様子がおかしい。同じ言葉を壊れたロボットのように繰り返している。

 なにか具合でも悪いのだろうか。そう思い声をかけようとした──その時!


「ぱ、ぱぱぱパック開封wwwwパック開封ってwwwww しかも、しかもコンビニってwwww 今どき、TCGのパックをバラでコンビニ買いってwwwwwwww」


 俺は夢でも見ているのだろうか。あのいつも物静かで表情を微塵も崩さない、氷のような女である甲斐が、腹を抱えて笑っている。

 目尻には涙まで貯まっている。よほど面白くて仕方がないらしい。俺の言ったことの、一体何がおかしかったのだろうか。

 この女、もしかして常人とは笑いのツボが違う変人なんじゃないか。そう思い始めた俺に、指を指しながらなおも笑う甲斐。


「前回のパックでめぼしいカードって『BB』と一部のカードだけだったでしょwwwwそれをわざわざパック買いてwwww お金ないとか言っておきながらパック買いてwwww それならシングル買い安定じゃない、あなた馬鹿なんじゃないのwwwwwwwwww」


「は、はぁ?」


「いや、いやいやいやw てかさ、城島さんも人よすぎだからw 普通こんなイキリオタクに『BB-コール』二枚もトレードしないってwww 何と交換したか知らないけど、それ鮫トレ(※)だからw 斉藤くん鬼畜すぎwww」

(※)鮫トレ:価値が釣り合ってないカードを交換する行為。自分は価値の低いカードを差し出し、相手から価値の高いカードを受け取るようなこと。


「だ、だめwwwwwww 笑い死ぬwwwwwwww クラスで一番強いとかイキってた男子が幼馴染の女の子に鮫トレしましたって、ラノベのタイトルじゃないwwwwwwww」


 俺はBOMが好きだ。戦略の幅が広いし、人によって様々なデッキが組み上がる。それをどう攻略し、どう勝つか。相手はどんなふうに返してくるか。それを考えるだけでワクワクが止まらない。


 だが、これだけはわかる。

 この甲斐とかいう女とデュエルしても、絶対に楽しくない。



「おい、さっきから俺のこと馬鹿にしてるけどお前はどうなんだよ」


 涙を指で払いながら甲斐はようやく笑いを堪えて元のテンションに戻る。

 そのスンとした顔が、さっきまで破顔して人をコケにしていた人間と同一人物であるのが信じられない。

 実は二重人格か双子に入れ替わってました、なんて言われた方がまだ納得できる。


「私はいつもシングル買い安定よ。パックで買う理由なんて皆無だもの。欲しいカードは発売日の午前中にショップが通販で買うのが一番安く済む。常識でしょ?」


「パック開封の楽しさを知らんとはかわいそうなやつめ。さてはお前、友達少ないだろ」


「パック開封なんてハイパーレア(※)狙いのくじ引き感覚か、YouTubeの動画のネタ以外ないでしょ」

(※):数箱に一枚しか出ないレアリティ。ものによっては数千円から数万円の価値がつく。


 さっきから人の楽しみ方をやたらと否定してくるやつだな。同じカードゲーマーとは思えないほど、俺と甲斐の間には温度差がある。

 そして、そんな態度を何度もされて冷静でいられるほど俺も大人じゃない。堪忍袋の緒が切れる寸前、怒りの臨界点を超えそうなくらい頭に血が上っていた。


「俺のことを馬鹿にするのは別にいい! でもそれで楽しんでるクラスのやつらや、まして凛を馬鹿にするような発言だけは許せねえ!」


「ふーん、許さないなら……どうするの?」


「決まってらぁ! デュエリストがやることといえばひとつ! デュエルで決着をつけようじゃねえか!」


「望むところよ……と言いたいところなんだけど、私はあなたと違って真面目な優等生なの。学校にデッキを持ち込むなんて馬鹿な真似しないわ。今すぐデュエルで白黒つけるってわけにもいかないわね」


 何が真面目だ! さっきアレほど人を馬鹿にして抱腹絶倒していたやつがよく言うぜ。


「そうね……次の土曜日って空いてる?」


「デートの誘いならことわるぞ。お前なんかとは死んでもデートしない」


「自意識過剰なオタクの斉藤くんらしい勘違いね。私があなたとデートなんてするわけないじゃない。馬鹿じゃないの?」


「うるさい、土曜日がなんだってんだよ。要件を言え要件を」


「駅前のカードショップ知ってる? カード研究室って店なんだけど」


「行ったことはないけど、場所は知ってるぜ」


 確か『アニメイトン』や『とらのうしろあな』といったアニメショップと併設してる雑居ビルだったはずだ。アニメイトンには凛と一緒に何度か訪れたことがある。なんかプロセガだかなんかのソシャゲのグッズを欲しがっていたようで、その付き添いで行ったんだったっけ。

 結局凛は何も買わなかったのだが、なぜか満足そうに笑っていた。何がそんなに楽しかったのか不思議だったが、俺も珍しいグッズとか見れて楽しかったので特には聞かなかった。


「次の土曜日、午後一時。その店で待ってるわ。逃げないでよね」


「誰が逃げるか。むしろ上等だぜ、首を洗って待ってろよ。吠え面かかせてやるからなぁ!」


 こうして俺と甲斐のデュエルの日取りが決定した。

 俺のプライドをかけた戦い、絶対に負けるわけには行かない……!



 ◆◆◆◆◆



 その日の夜、凛からメッセージがきた。宿題が大変だの、忘れ物見つかったのかとか、とりとめもないやりとりをいくつかした。こんなのは毎日やっていることだ。ありふれた日常、ささやかな時間。

 だがそれを否定するような言葉を甲斐にぶつけられて、俺の心に少しだけ迷いが生まれていた。俺たちのやっているデュエルはただのお遊びなのか。くだらないことなんじゃないか。そんな不安が。


 だが、凛の送ってきたメッセージにこんなことが書かれていた──


『今日のデュエル楽しかったね! またやろうね♪』


 それを見て、俺は強く決意する。あんな人の楽しみを侮辱するようなやつには絶対に負けない。クラスのみんなや、凛の笑顔を否定するようなことはあってはならないのだ。


「絶対に勝つ。待ってろよ甲斐!」


 俺は魂のデッキを取り出し、ちょうどバイトから帰ってきた兄ちゃんに対戦相手になってもらうよう頼んだ。

 兄ちゃんは店舗大会に出るガチプレイヤーだ。入賞実績もあるし、ガチプレイヤー想定の特訓として申し分ない。


 そして、運命の土曜日がやってくる!



「尻尾を巻いて逃げなかったようね」


「当たり前だ、売られた喧嘩はリアルファイトじゃない限り買うぜ」


 土曜日、駅前の雑居ビルの三階にある『カード研究室』というカードショップに俺は来ていた。

 休日ということもあり、客が非常に多い。ショーケースに並べられたカードを眺める客、ストレージに入った安いカードを手当り次第に取り出している客。カードに詳しくなさそうなカップル。色々な客層が入り混じっている。まさにカオスフィールドって感じだぜ。


「っつーか噂に聞いてたとおり……黒い服のやつ多いな」


 カードゲーマーだからだろうか。いやそもそもオタクだからだろうか。上下とも黒の服を来た人が非常に多い。それ以外だとチェックの服や無地のパーカーなど、あまり服に頓着しない人が多いように思える。


 なんていうか、同族嫌悪を感じる場所だぜ……。


「オタクなんてみんなそうでしょ。服装にお金をかけるくらいなら欲しいものに使うような人種じゃない。それより以外だったのが斉藤くんの私服がまともだったことね」


「つっても白Tとスキニーだけどな。無難オブ無難な気がするが」


「だってあなた、何が書かれてるかわからない英語のTシャツとか、逆張りで無地の黒パーカーとか着てそうな感じなんだもの」


「ぐっ……! 確かに自分で選ぶんなら黒パーカーと黒スウェットで済ますところだが……!」


「? その言い方だと自分で選んでないの? まさか高校生にもなって親に服買ってもらってるの? ぷぷ──」


「いや、凛に選んでもらった服着てるだけだけど」


「は?」


 一瞬、甲斐の表情が無になる。


「ねぇ、前から気になってたんだけど……。あなたと城島さんって付き合ってるの?」


「はぁ? 何いってんだよ急に。俺と凛はただの幼馴染で親友だっつーの」


「そう、あやうくリア充がカードショップに来た時の殺意が目覚めそうになって危なかったわ……」


「そんな殺意抱えるなよ!」


 というか彼女持ちがカードショップに来て何が悪いんだ。そんなの一方的なやっかみじゃないか。いや俺もカップルを見かけると劣等感を抱くときはあるが……。流石に殺意までは覚えないぞ。


「そんなことより、早く始めようぜ。お前と世間話をしにこんなとこまで来たわけじゃないんだからな」


「そうだったわね。じゃあデッキを準備してちょうだい」


 俺はバッグからデッキケースを取り出す。そして大切な魂のデッキを抜き出し、テーブルの上に置く。

 甲斐も同様にデッキケースからカードを取り出す。黒い革製……いやビニール製か? 少し高そうなデッキケースだ。おそらく数千円はする、ガチプレイヤー御用達のアイテムだろう。

 そして甲斐のデッキはやたらと分厚かった。目測だが俺のデッキの倍くらい分厚く見える。BOMはデッキ枚数が40枚から60枚までの間と決められているから、倍以上あるはずはないのだが。


「メイン60進化15サイド15です」


「は? なんて?」


 甲斐が急に二郎系ラーメン屋の注文みたいな言葉を喋り始めた。ニンニクヤサイアブラマシマシって感じの呪文だ。


「だから、メイン60進化15サイド15って言ったの。まさかデュエル前のデッキ枚数確認も知らないの?」


「あ、ああデッキ枚数のこと言ってたのか。突然何言い始めたのかと驚いちまったぜ……」


「デュエルの前にお互いのデッキ枚数を確認するのは基本中の基本でしょ? まさかそれすら知らないなんて、それでよく俺は強いなんて言えるわね」


「俺の周りじゃそんなことしてるやつ一人もいないんだが……」


「もしかして斉藤くん、サイドの概念も知らないの? プププッw」


「いや知ってるわ! ただ、まさか大会でもないのにサイドデッキ(※)を要求されるとは思わなかっただけだ!」


 BOM……というかTCGの試合形式にはシングル戦とマッチ戦の二つがある。シングル戦は名前の通り一回勝負だ。対してマッチ戦は二本先取の最大三回勝負、大会だとマッチ戦が主流となっている。


 サイドデッキってのは、メインのデッキとは別に用意する予備の15枚のカードのことだ。マッチ戦では一回のデュエルごとにメインデッキとサイドデッキのカードを入れ替える機会がある。これは相手のデッキに対して有効なカードとそうでないカードを入れ替えるために行う。

 例えば一本目に先行を取られて負けた場合、負けたほうは二本目の先行と後攻を選ぶ権利が与えられる。その時に後攻ではいらないカードを抜き、先行に必要なカードと入れ替えるなどして対策を練るのだ。

 逆もしかりで、後攻になる側のプレイヤーも先行に必要なカードを抜いて後攻に必要なカードを多く入れる。一方的な試合にならないよう、公平性をもたらすためのルールだな。


 だが……実は俺、マッチ戦なんてやったことがない。当然サイドデッキなど持っているはずもなく……。


「め、メイン44枚、進化デッキは15枚だ。…………サイドデッキは、ない」


「メ、メメメ、メイン44枚でサイドなしwwwwwww めっちゃ強気じゃないwwwwww か、神構築ね斉藤くんwwwwwww」


 出た。甲斐の爆笑モードだ。せっかくの美人顔が台無しになるほどの爆笑っぷり。

 普通、美少女の笑顔は画になるはずなのだが、こいつの場合は笑顔を通り越して文字通り破顔してしまっている。

 普段は学校の花なんて呼ばれているが、それが嘘みたいな笑いっぷりだ。



「お、カノンさんデュエルっすか。見ていいすか」


「あ、全然オッケーです」


 俺が甲斐の爆笑モードに呆れていると、横から知らないグループが甲斐に声をかけてきた。どうやらお互い顔見知りらしい。


「てか、カノンってなんだよ。お前そんな名前だったのか」


「本名兼大会用アカウント名よ。……同じクラスなのに私の名前覚えてくれてないのね」


「いやだって、俺とお前って接点ないじゃん」


「は?」


「そもそも話したこともないクラスメートの下の名前まで覚えるか普通。俺なんてクラス全員の名字を覚えるのにも一ヶ月かかったぞ」


「は、話したことがない……? 接点が……ないですって……?」


 さっきの爆笑モードから急にガラリと空気が変わる。甲斐はいつも教室で見る、冷たい表情を表に出す。


「いつも、いつもいっつも話しかけてあげてるのに……! 『甲斐さんと会話できて幸せ』って他の男子なら大喜びなのに……! このクラス一……いや、学年一の美少女である私が毎日話しかけてるのに、接点がないですって……!!!!」


 美少女って自分で言い始めたぞこいつ。事実だけど、自分で言ってりゃ世話ないぜ。

 あと学年一かはわからんが、お前と同じくらい可愛い女子は他にもいるからな。凛っていうんだけど。


「お前学校だとかなり猫かぶってやがったな。根っこの性格がにじみ出てるぜ」


「もう怒ったわ! 完全に怒った! デュエルで完膚なきまでに叩きのめしてあげる! さぁ、先行後攻を決めるわよ! コインでいいかしら!!!!」


 いい? と聞きつつも、甲斐の目線は有無を言わせないと語っていた。どうやら俺は甲斐の逆鱗に触れたらしい。一体何が気に食わなかったのかわからないので、俺もどうすればいいのかわからん。


 コインは甲斐が表を宣言、俺がコイントスをすることとなった。

 空中で回転するコイン。テーブルに落ち、転がったあとに出たのは──表。

 先行後攻の選択権は甲斐に与えられた。


「当然先行をもらうわ!!!!!!!! じゃあ………………ヨロシクオネガイシマース」


「え、あぁ……よろしく?」


 すごい業務的な声で対戦前の挨拶をされた。絶対お願いしますなんて思ってないだろ! 学校の校門で先生にする挨拶くらい感情がこもってなかったぞ!


「じゃあ始めるわね。スタンバイメインナニカアリマスカ」


「は? なんて?」


「はぁ……。スタンバイフェイズ(※)からメインフェイズ(※)に移行したいけど、その前に発動したいカードある? って聞いたのよ」


(※)スタンバイフェイズ:ターンプレイヤーがカードをドローしたあと、メインフェイズに移行するまでの間にあるフェイズ。このタイミングでしか発動できないカードなどがある。


(※)メインフェイズ:モンスターを出したり呪文を使ったりするフェイズ。文字通り大体のカードはこのタイミングで使う。


「いや、なにもないけど」


「ナイナラメインハイリマス」


 何だ今の呪文は……。また二郎系ラーメンみたいな謎の単語を口走りやがった。ここは日本なんだから日本語で話してほしい。


「『近所の庭掃除』発動、何かありますか」


「だからなにもないって!」


 さっきからいちいち何かありますかって聞いてきやがって。BOTかこいつは。


「あちゃー、初手庭掃除通しちゃったかー」


 横のギャラリーたちがやっちゃったな~という空気を出している。なにかまずいことでもしてしまったのだろうか。


「斉藤くん、あなたのデッキの残り……今何枚かしら」


「あん? 44枚で初期手札が5枚だから……39枚かな」


「チッ」


 甲斐がごく自然に舌打ちをする。これは悪意があってやったものではないだろう。たぶん普段から舌打ちすることに慣れている。ますますこいつの性格の悪さが伝わってきたぜ。


「普通は40枚構築がメジャーだからもっと落とせたはずなのに、斉藤くんの中途半端なデッキ枚数のせいでアド稼ぎ損ねちゃうわね」


「さっきから何いってんだよ。っていうかさっきから思ってたけど、お前のデッキマジで分厚いな! さっき60枚っつったよな、そんなにギリギリまでカードを入れてるやつ初めて見たわ!」


「あら、ご存知ない? 環境デッキはチェックしてるんでしょ?」


 そ、そう言われれば確かに……ごくたまに60枚のデッキが非公認大会で優勝してるデータを見たことがあるような……。


「庭掃除の効果、私のデッキ枚数とあなたのデッキ枚数が同じになるように、私のデッキからカードを墓地に送るわ。この場合だと16枚、あなたが40枚構築ならあと4枚落とせたのに残念だわ」


「じゅ、16枚もカードを墓地に送るのか!? やばくねぇかそのカード!」


「やばいわよ! だって準制限カードだもの。その代わり初手にないと腐るから、まぁカードパワーとリスクが釣り合ってはいるわよね」


「つ、釣り合ってるのかそれ……。墓地は第二の手札っていろんなTCGで言われてるんだぜ。それを一気に16枚ってお前……」


 TCGあるあるなのだが、墓地(カードゲームによって呼称は異なる)とは、一度使用したカードが役目を終えて送られる場所のことだ。つまり使用済みでもう使えませんってカードを置く場所なわけだが……。

 あらゆるTCGで、墓地で発動するカードが多く存在し、そのため目的のカードを墓地に落とすことでコンボが成立するデッキが非常に多い。

 BOMに限らず、TCGでは『墓地は第二の手札』なんて言われているのだ。

 買い物でお金を支払ったのになぜか残高が増えた、といえば伝わりやすいだろうか。


「じゃあ16枚墓地に落として……と」


 甲斐がその細い指先でカードを次々と墓地に送る。落ちていくカードはどれも環境デッキのレシピで見かけたことのあるカードばかりだ。俺の額にいやな汗が湧いてくる。


「はい16枚。じゃあチェーン1で『クロトカゲ』、チェーン2で『ソニック』、チェーン3で『ウィンドウズ』、チェーン4で『キャッツ』。何かありますか」


「いや初手からやりすぎだろ! 何もねえよ! つーか何かありますかって言われても効果わかんねえし、まず説明しろ説明を!」


「チッ」


 また自然と舌打ちをする甲斐。その後、甲斐にそれぞれ発動したモンスターの効果を聞いて、進行を再開する。

 ちなみにこいつが発動したモンスターたちは全部同じテーマのモンスターだ。こいつは略称で呼んでいるが、ちゃんとそれぞれ『黒人形ダークドールズ』という共通の名前がついている。

 効果の説明はしないし、名前はちゃんと言わないし、こいつめちゃくちゃ不親切だな。


「じゃあ順番に処理していくわね。まずチェーン4の『キャッツ』でドロー。チェーン3の『ウィンドウズ』でデッキから……」


 その後も効果をどんどん発動していき、最初は手札5枚だった甲斐の盤面は、手札6枚と場にモンスターが一体。そして更に墓地にカードが何枚か追加された。


 間違いない。こいつが使っているデッキは……。

 登場から七年以上経過した今でも環境上位デッキとして君臨している、合体進化モンスターデッキ……【黒人形ダークドールズ】。

 墓地に送られることでアドを稼ぎ、相手の動きを着々と潰していく……ガチ中のガチデッキだ!



「私はこれでターンエンド」


 先行一ターン目、甲斐は墓地肥やしからスタートし、アドバンテージを稼ぎ、その後【黒人形ダークドールズ】の特徴である合体呪文を使って、合体進化モンスターを呼び出した。

 今、甲斐の盤面はモンスターが一体、セットカードが二枚。長々とソリティアをしてようやく俺のターンが回ってきたというわけだ。


「ふふ、手札発動カードをデッキに入れないからこうなっちゃうのよ。あなたが必須カードの『ダートの天使ウララ』を握っていれば『近所の庭掃除』の墓地肥やしを止めれたし、その後の呪文カード『黒人形合体』も止めれたかもしれない。結局あなたは【BB】なんて強いテーマを使っているけれど、デッキ構築としてはファンデッキ止まりの中途半端なデュエリストなのよ!」


 俺は甲斐の御高説を無視してカードをドローする。

 よし、これならなんとかなりそうだ。


「ねぇ聞いてるの? 私なりに優しく忠告してるつもりなんだけど。投了サレンダーしたほうがいいんじゃないかしら」


「今は俺のターンだぜ。べらべら喋るのは効果の発動時だけにしてくれ」


「へぇ、まだ続ける気なんだ。それとも状況がわかってないのかしら」


 もちろんわかっているさ。やつの合体進化モンスター『黒人形の零天使』は戦闘する時に相手モンスターを問答無用で破壊する厄介なモンスターだ。更に墓地に言った時に『黒天使』呪文かカウンターカードを回収するというおまけつき。

 セットカード二枚の内、一枚は確定している。おそらく【黒天使】が環境に居座り続ける原因にもなっているカウンターカードだ。


「私がこの『黒人形の外法合体』を発動すれば、場か墓地から合体進化モンスターの素材をゲームから取り除いて、進化モンスターを呼び出せるのよ。呼んでくるのはもちろん──」


「『黒人形の闇魔法士』だろうな」


「そう、闇魔法士は効果で破壊されない! そしてお互いの特殊召喚を一回までに制限する強力なモンスターよ! あなたの【BB】はモンスターを大量に特殊召喚していくデッキ。それが封じられればただの雑魚モンスターしか出せないの」


「そうだな……俺のデッキに『闇魔法士』はキツイぜ」


「キツイどころかストレートにメタが刺さってるわ。つまりもうチェックメイトの段階まで来てるのよ? あーあかわいそう! せめて手札から使えるカウンターカード、『エターナルバブル』さえあれば『闇魔法士』の効果は無効にできたかもしれないのに!」


 甲斐は心底嬉しそうに喋り続ける。


「どう、斉藤くん! これが真のBOMよ! 手札発動カードを入れてないことが、いかに愚かなことか理解できたかしら!?」


 まったく、俺のターンだと言っているのにべらべらとよく喋るやつだ。その饒舌さのかけらでも学校で見せれば多少は友達も出来ただろうに。

 普段はクールを装っているせいで女子には距離を取られ、男子には高嶺の花扱いされる。そのせいでこいつの周りには誰もいない。難しい生き方をしているなと思うぜ。


 もしかするとこいつにとってBOMは、唯一本当の自分をさらけ出せるものなのかもしれない。優等生を演じているストレスをこうやってカードで吐き出しているのだ。

 こいつも色々と大変なんだなと、少し同情してしまいそうになる。だがそれと勝敗を譲るかどうかは別の話だ。


「……兄ちゃんに特訓つけてもらってよかったぜ」


「なんですって?」


「なぁ、俺はまだメインフェイズに移行するって宣言してないよな」


「ええ、早く言ってくれるとスムーズに試合が進行するのだけれど」


「けっ、散々ドヤ顔で自分の盤面を説明しておいてよく言うぜ」


「むぅ……」


 俺の言葉に少し眉をひそめる甲斐。そういう年相応の女子らしい表情も出来たのか、と俺は感心してしまう。


「じゃあ行くぜ、スタンバイフェイズ! スピード呪文(※)『小宇宙台風』をライフポイント1000点支払って発動するぜ!」


(※)スピード呪文:通常の呪文は自分のメインフェイズにしか使えないが、それ以外のタイミングで使える呪文のこと。


「『黒人形の外法合体』はお互いのメインフェイズにしか使えねぇ。除去するならこのタイミングだよなぁ!」


「ちっ……引きに救われたわね……!」


「『小宇宙台風』はセットゾーンのカード一枚を対象にゲームから取り除く! 『黒人形の零天使』の墓地効果でも回収は無理だぜ!」


「でもセットカードは二枚、どっちが『外法合体』か当てられるかしら」


 確率は二分の一。だが相手は環境デッキ、『外法合体』じゃない方のカードも強力な効果を持ったカードに違いない。


「俺から見て右のカードを対象にするぜ!」


 その瞬間、甲斐の口角が釣り上がるのを確かに見た。


「その効果にチェーンするわ! 対象に取られたセットカード、スピード呪文『黒人形の速攻合体』発動! 手札か場から黒人形合体進化モンスターの素材を墓地に送り、合体進化するわ!」


「っ!」


 黒人形デッキはとにかく合体進化モンスターを呼び出してアドとリソースを稼ぐデッキ。そのため合体呪文を複数枚デッキに投入していると聞いたが、やはりあったのか……!


「チェーンはないわね? 逆順処理で効果の処理をしていくわ。チェーン2の『速攻合体』で場の『黒人形の零天使』と手札の『効果不幸化』を墓地に送り、合体進化! 二体目の『零天使』を呼び出すわ!」


「二体目の『零天使』と墓地に送った『零天使』がそれぞれ効果を発動する……! 強すぎるぜ【黒人形】デッキ!」


「チェーン1で今効果を使い終わった『速攻合体』はゲームから取り除かれるわね。あーあ残念、せっかく墓地に送った一体目の『零天使』で回収しようと思ったのに~」


「思ってもないことをべらべらと……」


「じゃあ斉藤くんもわかってるだろうけど、新たにチェーン発生! 一体目の『零天使』と二体目の『零天使』の効果をそれぞれ発動! デッキから『黒人形のクロトカゲ』をおとしてチェーン1で墓地から『黒人形合体』を回収するわ。さらに今墓地に落とした『クロトカゲ』の効果でデッキから『黒人形のキャッツ』を墓地へ! 『キャッツ』の効果で1ドローさせてもらうわ!」


 くそ、目論見が外れたか! 俺は相手のキーカードを除去するつもりだったのに、逆に相手のリソースを増やす結果となってしまった!


「お、俺のターンなのに好き勝手動きやがって……! 今墓地の枚数何枚なんだよ一体……!」


「これが【庭掃除黒人形】よ! さぁ、どうやってこの盤面を返してくれるのかしら?」


 おお~と周りのギャラリーたちから歓声が湧く。



「やっぱ『庭掃除』型の黒人形は回った時の爆アドっぷりがパないっすね」


「こりゃ相手の人キツイんじゃないの~。会話聞いてると手札発動入れてないみたいだし、【BB】デッキでそれはね~」


 おうおう好き勝手言ってくれるじゃねぇか、あんたらは見てるだけなのによ。

 腕組んで直立してストVのベ〇様かよてめーらはよぉ!


「さて、残念だったわね斉藤くん。あなたが警戒している『黒人形の外法合体』はまだ場に残っているわ。これでメインフェイズに『外法合体』を発動して『黒人形の闇魔法士』を出せば、特殊召喚制限であなたはろくに展開できずターンを返すことになる。そうなれば次のターンでゲームエンドよ」


 確かにこのまま俺がメインフェイズに入り、『BB』モンスターを特殊召喚しようとすれば、その瞬間に甲斐は『外法合体』を発動して『闇魔法士』を召喚するだろう。

 そうなれば俺は攻撃力も守備力も低い下級『BB』モンスターしか出せず、為す術もないままターンエンドするしかない。


 次のターン、やつはさっき回収した『黒人形合体』と『黒人形の外法合体』で更に進化モンスターを呼び出し、それで猛攻撃を仕掛けてくるはずだ。おそらく俺のライフはそれで削りきられるだろう。



 そう、このままならな。


「どうしちゃったの、黙っちゃって。もしかしてあまりにも一方的な試合すぎて勝負を挑んだこと後悔しちゃったかしら?」


「何勘違いしているんだ。まだ俺のスタンバイフェイズは終了してないぜ!」


「ひょ?」


 一見ピンチに見えるこの状況。だが逆転の目はたしかにある。思い出せ、やつが墓地に送ったカードを。

 なぜ『小宇宙台風』の発動にわざわざチェーンして『速攻合体』を発動したのかを。

 なぜ手札から発動出来る妨害カード、『効果不幸化』を捨ててまで『キャッツ』の効果でドローしに行ったのかを。


「行っておくぜ、甲斐。俺はこのターンでケリをつける!」



「このターンでケリをつけるですってぇ……? それって投了するってことでいいのかしら」


「はん、んなわけねぇだろ。俺が勝つって言ってんだよ」


「面白いわ、やれるものならやってみなさい!」


 俺は甲斐と対戦することが決まってからの数日間、毎晩兄ちゃんの使う環境デッキ相手に対戦をしていた。

 もちろんその中には【黒人形】デッキもあり、数十回を超える対戦の中で、黒人形の定石やこっちの除去に対して動いた時に、相手がどんな手札なのかなどをしっかりインプットしてある。


 ちなみに兄ちゃんに「環境デッキ相手に練習したい」と頼み込んだところ、大喜びで付き合ってくれた。現在環境上位にいるデッキの内、六種類のデッキを相手に数百回も戦う羽目になってしまったのだ。

 兄ちゃん大学でBOMしてる友達すくないって言ってたからなぁ……相手が欲しくて仕方なかったんだろうなぁ。俺とやる時はいつも、俺に合わせてファンデッキ使ってくれてたし。


 というか環境デッキ網羅してるのも怖いし、各デッキにそれぞれ汎用カードや手札発動カードを三枚ずつ投入してるのを見て驚いたぜ。

 さすが大学生、バイトの給料をカードとゲームに全ツッパしてるだけはあるぜ。たぶん総額二桁万円カードに使ってるよあの人。……ガチプレイヤーって怖い。


「なぁ甲斐、さっきの『黒人形の速攻合体』、なぜ素材に『効果不幸化』を使ったんだ? 『零天使』の合体素材は『黒人形』モンスターと白の属性のモンスターだよなぁ。それなら手札の適当な『黒人形』モンスターと場にいる『零天使』で出した方がアド稼げるよなぁ? なぜそうしなかったんだァ?」


「それは…………」


「墓地に送った『黒人形のクロトカゲ』もそうだ。『黒人形のキャッツ』を墓地に落として1ドローしたよな」


 冷静に甲斐のプレイングを思い出し、分析する。その中から導き出される答えがある。


「『効果不幸化』は相手モンスターの効果を一ターン無効に出来る手札発動モンスターだ。お前が散々重要性を説いてきた手札発動モンスターを捨ててまでドローしにいった」


「だから何よ。ドローしたんだからアドは稼げてるわ」


「そもそも『小宇宙台風』に無理にチェーンして『黒人形の速攻合体』を発動しなくても、『黒人形の外法合体』は残ってたんだ。そこでわざわざ二体目の『零天使』を出したのはなぜだ?」


 甲斐の額にわずかに汗が浮かんだ。やつにも俺の言いたいことが伝わったのだろ。


「そもそもの話、俺のデッキに『黒人形の闇魔法士』が刺さると知っているのなら『速攻合体』の時点で『闇魔法士』を出していればよかったはずだ。それをしなかったということは、お前の手札には今『黒人形』モンスター……もしくは黒属性のカードがないってことだよなぁ」


「だから、だからなによ! 結果的に私の墓地は肥えて、あなたは呪文をうち損なったのよ! アド損よアド損!」


「で、どうだった? 1ドローして欲しいカードは引けたか? 俺のデッキに刺さる手札発動モンスターの中じゃ『効果不幸化』じゃあちょっと弱いもんなぁ。一回効果を止められたくらいじゃ止まらないからな」


 そしておそらく、『効果不幸化』を捨ててまでドローした結果、やつの手札はそこまでよくないということだろう。


「【黒人形】はたしかにアド取りとリソース確保の鬼だ。だがお前のデッキは60枚デッキというレアなタイプのデッキ。回る時は回るが、事故る時は事故る。だから汎用的なカードを多めに入れて事故を軽減してるんだろうが……」


 俺は甲斐の墓地に落ちているカードを思い出す。


「最初に発動した『庭掃除』。あれは一見爆アドのように見えたが、十六枚も墓地に落として実際に墓地で発動したカードは何枚だ? 四枚しかなかったよなぁ。『神々の聖杯のしずく』や『繁殖するマイマイカブリ』が二枚も落ちてたし、『ディノミスクス』も二枚落ちてしまってる。相手が一定回数特殊召喚すると手札から出せるモンスター『銀河彗星恐竜』も落ちてしまったなぁ」


 つまり、だ。やつは盤面の構築には成功したが、その代償として手札発動カードや汎用的なカウンターカードの大半を墓地に落としてしまったのだ。

 妨害カードが『黒人形の外法合体』と手札の『効果不幸化』の二枚しかないとなれば、ガチプレイヤーからしたら心もとないのだろう。

 だから無理矢理にでもドローしにいったのだ。おそらくもしもの時のために『繁殖するマイマイカブリ』か『銀河彗星恐竜』を狙っていたのだろうが、やつの表情からお目当てのカードは引けていないことが伺える。


「どうだ? ただ呪文一枚発動するだけで、この俺斉藤毅にはこの程度の推察が可能です」


「あ、当たってたとしても関係ない! 『外法合体』をどうにかできなきゃ……!」


 俺は手札から一枚の呪文を発動する。


「『小宇宙台風』発動!」


「は? …………はぁ? はぁあぁぁああぁぁぁあぁあぁ!?!?!?!?!?!?」


「対象はもちろんセットカード、『黒人形の外法合体』だ! チェーンはあるか? ないよなぁ! ゲームから取り除け!」


「あ、ありえない……44枚デッキで、初手に二枚の『小宇宙台風』……一体どんな確率なのよ……!」


 悔しそうに呟きながら、甲斐はセットされていたカードをめくり、ゲームから取り除く。そのカードはやはり『黒人形の外法合体』だった。


「へへ、兄ちゃんとの特訓の成果が出たぜ」



「ありえない……44枚初手6枚の内に『小宇宙台風』が二枚……? どん、どんな確率よ……」


「お前は一つ大きな勘違いをしているぜ、甲斐。確かに俺は手札発動カードを一切入れてないし、それは大会プレイヤーから見れば愚かな行為に見えるのかもしれない。でも俺は汎用カードは普通に使う! 正月パックとかで安く再録されるからな! お前らがサイドデッキに入れるような、困った時用の除去カードを俺はメインデッキからバンバン採用してんだよ!」


 毎年レアカードコレクションパックという、人気カード(性能的な意味で)を再録するパックがあるのだが、これが学生にはありがたいパックなのだ。

 相手モンスターを破壊するカード『いかずち』や、セットカードを破壊する『台風』シリーズも軒並み再録されるからな。

 そして手札発動モンスターも再録されているのだが、封入率が低いのでパック買いしている俺のようなやつの元には来ないのであった。


「く、まさかメインフェイズに入る前にバック除去してくるなんて……」


「お前も見たよな、甲斐! 教室で俺と凛のデュエルを! そして俺に言ったよな! 『くだらない』って!」


「っっ!!」


「大会で使われるカードをデッキに入れてないだけでお遊びだぁ? 大会のルールやマナーを知らないからファンデッカーだぁ? 知るか、俺は……いや俺たちはいつだって全力でデュエルしてんだよ!」


 俺の魂の叫びに甲斐、そしてギャラリーたちが息を呑む。いやもしかしたら急に叫んだから引かれただけかもしれない。どっちだろう。


「で、でもでもあなたの手札は4枚。【BB】デッキは2枚始動のデッキよ。そんなに汎用カードを詰め込んで、肝心の初動カードを引けてるのかしらぁ?」


「へへ、じゃあ見てろよ。メインフェイズ!」


「っ!」


「『BB-コール』発動! チェーンはあるか!?」


「……ないわ」


 俺はデッキから『BB』モンスターをサーチする。これで準備は整った。


「『BB-タンポポ』を手札から特殊召喚、そのあと効果で『BB-アザレア』を特殊召喚! その効果でデッキからバード種をサーチ! 二体でX進化! 『BB-フラワー・ナイトスター』に進化! ①の効果でお前の『零天使』の打点をアップ! ②の効果で『BB』モンスターをサーチ! まだまだいくぜ!」


「ひ、ひぃ……!!!!」




 俺は妨害がないのをいいことに、『BB』モンスターをどんどん展開していく。

 そして盤面はすごいことになり、なんかもうごめんなさいしたい気分になってきた。


「今の盤面は『BB-フラワー・ナイトスター』が三体、『BB-フラワー・ジャンヌ・ダルク』が一体。そしてお前の場には『黒人形の零天使』が一体。これがどういう状況か……もうおわかりかな?」


 ちなみに『BB-フラワー・ナイトスター』にはX進化成功時に場のモンスター一体の攻撃力を上げる効果があるのだが、俺は三体の『BB-フラワー・ナイトスター』の効果をすべて甲斐の『零天使』に使用した。

 相手のモンスター強くしてどうすんの? と思われるかもしれないが、これにはちゃんと理由がある。『BB-フラワー・ナイトスター』の③の効果に、このカードが受ける戦闘ダメージは相手も受けるという効果があるのだ。つまり相手を強くすれば強くするほど、相手は巻き込み事故を食らう可能性が高くなる。


 しかもそれだけじゃない。『BB-フラワー・ジャンヌ・ダルク』には、自分、または相手ターンに一度、X進化素材を外すことで『BB』モンスターの破壊を防ぎ、すべてのダメージを0にする効果がある。つまり『BB-フラワー・ナイトスター』の効果と組み合わせれば、自分はダメージを受けず、モンスターもやられない。相手だけ戦闘ダメージを受けるという理不尽極まりない自爆特攻をかますことができるのだ。


「け、けど忘れてないかしら? 『零天使』は相手モンスターとの戦闘ではダメージ発生前に問答無用で相手を破壊するわ! ま、まだ私の負けじゃない……!」


「それはどうかな……」


「ええ、まだ何かあるの……!」


「俺は手札から、さっき『BB-アヤメ』でサーチした『BB』魔法、『BB-バード・フラワー・ストライク』を発動するぜ! お前のすべてのモンスターの効果を無効化する!」


「なっ……それはつい先日出たカードじゃない……!」


 凛がいらないからってくれたのだ。まったく俺にとってあいつはつくづく勝利の女神らしい。


「さて、バトルフェイズに入りたいんだが……何かあるか?」


「…………………………………………何も、ないですっっっ!!!!」


「さぁてバトル! まずは『ジャンヌ』の効果で『BB』モンスターの破壊とダメージを無効にするぜ! そして打点の上がった『零天使』に『BB-フラワー・ナイトスター』三体で自爆特攻! 最後に『ジャンヌ』で相手に攻撃! これでお前のライフはゼロだ!」


「私が……こんな、こんな手札発動も入れてない……『アイアン・ビースト』とも混ぜてない【純BB】に負けるなんて…………!」


 机をドンとたたき、悔しそうな顔をする甲斐。シーンとなるギャラリーたち。

 さて、この空気どうしたものか……。俺としてはマッチ戦やるならさっさと次の準備をしてほしいんだが……。


「なぁ、サイドチェンジしないのか? 俺サイドデッキ持ってきてないけど」


「いいわ、やらない」


「そっか。じゃあ次は先行後攻お前が決めろよ。一本目負けたほうが選択権あるんだろ、大会って」


「いやいいわ。やらない」


「? じゃあ俺が先行か後攻か決めるってことか?」


「違うわ、認める。私の負けでいいわ。マッチ戦をやるまでもない。というか、私のサイドデッキじゃ、あんまり意味なさそうだしね。そっちには除去カードや効果無効化カードいっぱいあるし、サイドデッキの手札発動モンスターは逆に腐っちゃうから」


「そ、そうか。なら別にいいんだけど」


 なんかさっきまでの威勢の良さと比べたらやけにしおらしくなったな。そりゃ負けたら多少は態度が変わるだろうが、いくらなんでも変わり過ぎでは?


「じゃあ、その、あれだけど、いいデュエルだったぜ。お前もかなり強かったよ」


 俺は終わったあとの挨拶をする。だが、甲斐はあまり嬉しそうな顔をしていなかった。というより、何か別のことを考えているようだった。


「ふふ。やっぱりそうだった……斉藤くんは……最高の……材……」


 なんか一人でブツブツ喋ってるのが怖かったので、俺は別れの挨拶だけしてカードショップから出ていった。

 こわ~。カードゲーマーってみんなああなのか? 隣のテーブルにも一人でブツブツ喋ってる人いたし、やたら手札をパチパチシャッフルしてもはや煽りプレイだろって行為をしてる人もいたし、ガチな人ってヤバいんだなぁ……。近寄らんとこ。




 ◆◆◆◆◆◆




「あ、毅~。用事終わったの~?」


「悪かったな、凛。ちょっと色々あってな」


「そうだよ、普通幼馴染との買い物の途中に抜け出してどっかいくかな~。で、なにしてたの?」


「ん~、まぁ~、なんて言うか……社会見学?」


「なにそれ~変なの~」


 うん、実際すごい変だったよ。


 こうして俺の土曜日はつつがなく終わったのだった。なんというか勝利したのにスカっとしない気分、後味の良くない試合だったなぁ。

 勝負が終わったあとに甲斐がもっと派手に悔しがったり、逆にこっちを認めてくれたりしたらもっと気分良く終われたのに。

 ま、どうでもいいか。もう甲斐とデュエルすることもないだろう。次の月曜からまた教室で楽しい、そして俺たちなりの本気のデュエルが始まるのだ。





 そんなふうに考えていたのに、月曜の放課後、また甲斐に呼び出されてしまった。

 嫌な予感がするの、気のせいじゃないよね?




「よく来てくれたわね斉藤くん」


「話があるっていうから来てやったけど、なんだよ珍しいな。甲斐のほうから話しかけてくるなんて」


 月曜の放課後、俺は甲斐に呼び出されていた。

 昼休みに友達とデュエルしている時、急に俺の元へやってきて「放課後ちょっと話有るから残ってくれる?」と言ってきたのだ。

 おかげでクラス中で俺が告白されるだの、普段の態度のせいでついに甲斐の怒りが爆発するだの、好き放題言われまくったのだ。


 念の為、もしものことがあったら教室の外に待機させている凛に助けてもらう手はずになっている。

 幼馴染の女子に助けてもらおうとする男子って、めっちゃ恥ずかしいんだけどね。

 でも甲斐はなんか怖いし、これくらいの備えをしている俺を誰が馬鹿にできようか。


「まずは土曜日のデュエルのことだけど、見事だったわ斉藤くん。流石はクラス全一を自称するだけはあるわね」


「やけに素直だな……。つってもあれは一戦だけだし、お前はもともとマッチ戦するつもりだったんだろ? 三戦通しでやったてたら俺が負けてたかもしれないし、まぐれだよ」


「それはあなたもでしょ。事前にマッチ戦と伝えてなくてサイドデッキも用意してなかったんだし。だからどっちが不利とか有利とか、不毛な話だと思うの。ただ、あなたが勝ったのは紛れもない事実よ」


「そうか、まぁ……褒めてくれるんなら悪い気はしねぇけどよ」


 ただ、こいつにしてはやけにべた褒めするから何か居心地が悪い。

 嵐の前の静けさとでも言おうか、とても嫌な予感がする。


「それで? 土曜の健闘を祝うために呼び出したわけじゃないよな?」


「ええ。単刀直入に言うわ。斉藤くん…………私と付き合ってください!」


「はぁ。…………………………はぁぁああぁぁぁああああ!?!?!?!?!?!?!?!?!?」


 付き合うって、付き合うってことだよな?

 え、どういう流れなのこれ!? 仲が悪い同級生と勝負したら告白されたんだけど! いや自分でも意味わからん。何だこの状況!

 しかも教室の外では凛が待機している。幼馴染に告白されてるところ聞かれるとか、めっちゃ恥ずかしいんですけど!


「いや待て! 確認だけど、お前俺のこと好きなの?」


「当たり前じゃない。好きでもない相手に告白するとでも思ってるの?」


「理解できん! お前いっつも俺のこと目の敵みたいにしてたじゃん!」


「じ、実は私……親が厳しくておもちゃとかゲームを小さい頃から買ってもらえなくて……」


 は? なんで俺のこと好きなのか理由を聞いたら勝手に自分語りし始めたんだけど。怖いわこいつ、マジで理解できん。


「中学の頃だったかしら。たまたまお店で見かけた【黒人形】の構築済みデッキを見たときに心ひかれて、親に黙って買っちゃったのよ。それがBOMと出会ったきっかけね」


「はぁ……お前の過去はさておき、黒人形モンスターってドールっぽくて刺さる人には刺さるデザインしてるもんな」


「そうなの! あの球体関節とかドレスとか、小さい頃に憧れたお人形みたいでとても素敵なの! それからBOMについて調べたり、洋服を買うためのお小遣いのおつりをコツコツためてカードをシングル買いするようになったり、とにかくBOMにハマり始めたの!」


「ああ、お前がパック買いを否定したのはそういう理由なのね」


 厳しい親と限られた小遣い。それらの制約のなかでTCGをパック買いするのは厳しいだろう。だからこいつはカードショップに入り浸るようになったのか。


「でも私、学校では優等生であるように言われてるし、友達も少ないからBOMの話が出来るのがカードショップの大人の人しかいなくて」


「その割に俺たちがBOMをやってるのをすごい形相で見てたよな」


「それは、羨ましくてつい。その中でも斉藤くん、あなたのことが気になって仕方なかったの」


「え、俺? っていうかようやく告白された話とつながるの?」


「クラスで目立たない男子だった斉藤くん、でもBOMでは誰よりも強くて、そして誰にも対等に勝負する。すごく楽しそうで、私はあなたにいつしか好意を持ったわ。だから毎日話しかけて、少しでも意識してもらえるように頑張ってみたのだけれど」


 ん?


「お、お前もしかして……毎日毎日しつこく絡んできてたあれ、アピールのつもりだった……のか?」


「そ、そのつもり……なのだけれど」


「感情表現下手くそか!? ツンデレでもそこまでしねぇぞ! あんなん百人中百人が嫌われてるって思うわ! お前馬鹿か、馬鹿だろ!」


「な、なによ! 私だって勇気を出して話しかけてたんだから!」


 お前の斜め上の勇気のせいで、俺はいつも女子に怒られるという居心地の悪さを感じていたわけだが。

 いや本人に悪気がないとわかった今は多少は許せる気もするが……。それにしてもこいつ、やっぱりおかしなやつだよ。

 美人なくせに超天然を通り越してモンスターだよ、こんなやつに告白されてるの俺?


 人生初告白が甲斐かぁ~……。

 なんて言えばいいんだろうなぁ……。

 嬉しい気持ちと残念な気持ち、すごい複雑な配分量でミックスされてるよ……。


「それで、告白の返事を聞かせてもらいたいんだけれど」


「え、え~~~~っと」


 正直告白されるなんてマジで一ミリも想定していなかったので、どう返したものか。

 返事は後日、なんて手も考えたけど甲斐の目がやばいくらいギラついてる。今すぐに返事をよこせって顔だ。


「まぁ、その、なんていうか。アレだ……そのだな……」


 やばい、うまく言葉が出てこない。

 そもそも俺は彼女が欲しいのか? 今のそこそこ満たされた毎日を変えてまで、甲斐と付き合いたいと思っているのか?

 毎日好きな漫画やゲームを語らえる友達に囲まれ、BOMをやりながらだべる。これ以上の青春があるだろうか。


「ちなみに私の恋人になったら斉藤くんにはぜひともBOMの大会プレイヤーとして共に高め合いたいと思っているわ。毎週の店舗大会や、各地の非公認大会に足を運ぶ充実した日々が待っているわ!」


「え?」


「大丈夫、あなたの素質は本物よ! いずれ大会勢の中でもその名を轟かせる逸材に違いないわ! 大丈夫、手札発動カードの使い方や、マストカウンターの使い所も手取り足取り教えてあげる! 毎晩二人でリモートで練習しましょう!」


 こいつと恋人になったらBOMのガチ勢になるの強要されるの?

 それって全然メリットなくない? だってこいつ、絶対人のプレイングにダメ出ししてくるじゃん。

 友人たちとの平和な日々とTCGガチプレイヤーとしての日々。天秤にかけるとして、どちらが大事でしょうか。


 へへ、考えるまでもない。


「で、返事は?」


「………………損じゃん」


「ごめんなさい、声が小さくて聞こえなかったわ」


「いや~、その、ほら俺らってまだ高校生だし? 友達と遊ぶの優先したいから、そういうのはまだ早いっていうか……。れ、恋愛ってアド損じゃん? みたいな……はは」


「は?」


「と、ととととにかくそういうわけであっしはこれで! アディオスアミーゴ! シーユーアゲインまた明日!」


 俺は教室から一目散に逃げたした。

 とりあえずこれで告白は断った! たぶん大丈夫! 俺の青春は守られるはず! たぶん!




 帰り道、俺は凛と一緒に歩いていた。


「まさか毅が甲斐さんから告白されるなんてね~。びっくりした~」


「本当だぜ。まったく、あいつが俺のこと好きだってのも驚きだし、付き合ったあとに要求されることがキツすぎる。あんなのと付き合ってられっか」


「あはは~。でも大会に出る人の中には、甲斐さんみたいな彼女欲しいって人もいるかもよ~」


「そうだとしても、少なくとも俺じゃないってことだよ。俺は今のまま、現状維持で毎日を過ごしたいの」


「ふ~ん……」


 隣を歩いていたはずの凛の歩みが止まる。

 どうしたのだろうと振り向くと、そこには普段の穏やかな表情ではなく、どこか不思議な雰囲気の笑顔を浮かべる凛の姿があった。


「毅~。恋愛ってアド損って言ってたけど、あれって本心~?」


「え、何だよ急に。まぁ本当にそう思ってたわけじゃないけど、でも俺にはまだ早いかなって思ってるのは本当だよ」


「それってつまり、毅にはまだ好きな人いないってことかな~」


「そ、そうなるけど……凛さん? どうして笑ってらっしゃるんですか? それもちょっと怖い方向で」


「いやなんでもないよ~。ただ私も甲斐さんに同情するというか、こんなに頑張っても異性として見てもらえないことってあるんだな~って思っただけ~」


「んん?」


 凛の言いたいことがどういうことなのか、わかりたいようなわかりたくないような……。怖い。


「ま、本人にまだその気がないならしかたないよね。じゃあ、帰ろっか!」


「ああ、そ、そうだな」


 何だかわからないが、凛は怖い笑みを収めていつもの表情に戻った。

 そして、いつものように俺の隣を歩いて帰路につくのだった……。




 ◆◆◆◆◆




「だから、そのカードの使い方はそうじゃないって言ってるでしょ!」


「うるさいな! 俺は俺の使いたいタイミングで使うの!」


「甲斐さんこわ~い! ねぇ毅、私このカードで攻撃したいんだけど、まずいかな~」


「いやちょっと待て。凛の場がこうなってるから、この場合は……」




「なぁ、斉藤ってさ。甲斐さんと城島さんの二人に囲まれてBOMやるようになったけどさ」


「最初は羨ましいって思ってたけど、あんなに忙しそうにしてるとなんていうか……」


「かわいそうだなぁ」





「斉藤くん!」


「毅~」


「ああもう、やっぱり恋愛なんてアド損じゃん!!!!!!!!!」

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