そこに置かれている表情
「もういーかーい?」
「まーだだよー!」
隠れ場所を探しながら、達也はふとすべり台のほうを見た。
――あれ、この公園、おれたち以外いなかったと思うけど――
いつの間にかまぎれこんだのだろうか、いがぐり頭の男の子が、すべり台にのぼっている。すべるのかと思って見ていたが、男の子はすべる様子もなく、なぜか頭をかかえて、小さいからだを目いっぱいちぢめている。それはまるで……。
「なんだ、あいつもかくれんぼしてんのか?」
男の子がちらりと頭をあげた。達也は思わず顔をそらす。別にそんなことをするつもりはなかったのだが、反射的に顔をそむけてしまった。
――変なやつ――
「もういーかーい?」
再び鬼の声が聞こえてきたので、達也はあわてて「まーだだよー!」と大声をあげて、それから急いで隠れる場所を探し出した。
「ちぇっ、次はおれの番か」
舌打ちする達也に、英二がちゃかすようにいう。
「ちゃんと百まで数えろよ。五人見つかるまでちゃんと探せよな」
ポンポンッと肩をたたかれて、達也はもう一度舌打ちしてからしゃがみこんだ。「いーち、にーい、さーん……」と数を数えていくうちに、ふと、おかしなことに気がついた。
――五人……? いや、待てよ、おれたち五人でかくれんぼしてたよな? なんで、五人見つかるまで探さないといけないんだ――
英二が間違えたのだろうか? セミの声がうるさいほどに聞こえる。達也は数を数えることに集中した。
「三十八、三十九……」
それにしてもずいぶんと暑い。おにごっこは暑くてすぐバテるから、かくれんぼしようといった自分がバカらしく思える。
――こんな日は、さっさと家に帰ってゲームでもしときゃよかった――
セミの声が耳について離れない。汗もぼたぼた落ちてくる。少し数えるペースを上げた。どうせ誰も気づかないだろうし、気づいたところで、他のみんなもさっさと終わらせたいって思っているだろう。六人全員が――
「八十ろくっ……!」
――六人全員? いや、おれ、なに考えてんだ――
「……八十七、八十八……」
再び数を数えていく。暑さで頭がおかしくなりそうだ。いや、もうおかしくなっているのかもしれない。数も数えられなくなるなんて。
「……九十三、九十四、九十五……、九十七、九十八、九十九……百」
ようやく百まで数え終わった。早く帰りたい。セミがうるさくミンミンいっている。あぁ、目がまわる。なんだっけ、なにをやってんだっけ? あぁ、かくれんぼだ。かくれんぼって? そうだ、誰か人を見つけないといけないんだ。あいつは……人? いや、あいつは鬼だ。この際鬼でもいい。早く見つけて終わらせたい……。
「みーつけた」
自分の言葉で我に返り、達也は「うげっ!」とすっとんきょうな声をあげた。目の前にいたのはあいつだった。すべり台で不格好に隠れていた、いがぐり頭の男の子だった。達也はブンブンと頭をふり、それから急に強気になって声を荒げる。
「見つけたっていってんだろ! ほら、次はお前が鬼だぞ!」
いがぐり頭の男の子が、ゆっくりと顔をあげた。なんてことはない、どこにでもいる普通の男の子だった。別に怖がる必要なんてなかったんだ。こいつが鬼だなんて、おれはいったいなにを考えていたんだ……。
「……そうか、お前、おれのことが見えているんだな? ……じゃあ次は、おれが鬼の番だな」
子どもの声ではなかった。ゾクッとして男の子の顔を見やると、達也は「ヒッ!」と短い悲鳴を上げた。ゆがんでいた。なにもかもがゆがんでいた。顔のパーツはあるべきところへ置いてあるが、なんというか、それが『ゆがんでいる』としかいえないような、ざわざわと胸を逆なでるような、邪悪な置きかたになっていたのだ。笑っている? いや、そんなもんじゃない。まさにそれは『置かれている』に等しかった。誰が置いたんだろう? ……鬼だ。
「それじゃ、百数えるぞ。ほら、隠れろよ」
「ひっ……ひぃぃぃぃっ!」
のどが張り裂けんばかりの絶叫をあげて、公園から飛び出す達也を見て、他の四人があわてて隠れ場所から出てきた。
「あっ、おい、達也!」
声をかけるが、達也はまるで脱兎のごとく走り去っていく。ぽかんとした顔で、残された四人は顔を見合わせる。
「……あいつ、どうしたんだ?」
英二の言葉に、みんなわけがわからないといった様子で首をふった。
「いったい達也のやつ、どこ行っちまったんだよ?」
眠気まなこをこすりながら、英二があくびまじりにいう。かくれんぼしていた他の男の子たちも眠そうだ。
「うちの父ちゃんと母ちゃんも、朝になるまでずっと探してたっていってたぜ。兄ちゃんもさ」
「いったいなにを見たんだろうな、あいつ。なんであんな叫んでたんだろう?」
あのあとかくれんぼを続ける気にもなれずに、四人はそのまま家に帰ったのだ。そしてその夜、達也がまだ帰ってきていないと連絡があり、最後に遊んでいた四人は、達也の様子を聞かれて、そこから村は大騒ぎになってしまったのだ。
「うちのじいちゃんとばあちゃんなんか、ヒバ様が出た、ヒバ様が出たってばかりいっててさ……。なぁ、ヒバ様ってなんだろう?」
英二の問いかけに、もちろんみんな目をぱちくりさせる。と、そのときだ。
「……ん? おい、あれ、あそこ……達也じゃないか?」
英二が指さしたほうを、みんなけげんそうな顔で見る。そして、英二のほうを振り向き混乱した様子で聞き返す。
「あそこって、どこだよ? 誰も見えないけど」
「いや、あそこだって、ほら! おい、達也! お前いったいどこへ行ってたんだよ!」
気づいたら英二はかけだしていた。見慣れた達也のうしろすがただ。いったいどこへ行ってたんだろう? そんなことを思いながら肩をポンッとたたく。ふりむいた達也の顔は、まるでそこに『置かれている』かのような、不自然な表情をしていて……。
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