99話 忘れていた事
嫌な予感はその日の夜に的中した。
「紹介する。ゼノンダラス国の冒険者であり赤薔薇の君リーダー、レイドだ。レイド、こちらはグラウディアス。私達グレンツェンに代わって彼等が君達と一緒に行ってくれる事になった」
ローフォンドが屋敷に招いたのはドミニクと案内役のパーティー。そしてドミニクが紹介したパーティーは見知った顔触れであり、名前も聞いたことがある。
「どういう事?!なんでグラウディアスが此処に居るのよ!」
「だから今日会ったって言ったじゃない!それより、なんであの時に言わなかったのかしらね?!」
「まぁまぁ落ち着いてください二人とも。またお会いできて、私はとても嬉しいですよ」
相変わらず騒がしい女二人を宥めながら微笑んだシェーン。リーダーであると紹介されたレイドは何も言わないまま膝から崩れ落ちたかと思うと一筋の涙が頬を濡らし…
「ベルゼテさん…これは、夢ですか…いや現実だ…僕達はまたこうして出会うべき運命で結ばれていたに違いない…」
一人だけ夢を見ているようだ。
赤薔薇の君のメンバーの反応にドミニクもローフォンドも首を傾げていたため、ドゥーロからポロスへ移動する時に知り合った事を伝えた。出会ってすぐに剣を抜くようなリーダーがドミニクの知り合いだという方が驚きだが。
「そうか。なら安心だな。レイドはゼノンダラス国でも有名な───」
「ドミニク。僕達は彼等と一緒にゼノンダラス国へ行くんだよね?」
「あ、あぁ、そうだが」
「……少し彼と話がしたい。何処か部屋を借りてもいいかい?」
彼、そう言ってレイドが見たのは俺だった。ベルゼテはミヤとイリアを揶揄っており、シェーンはリオを見付けて前の光景を思い出したのか表情を一変し顔色を悪くしている。
「部屋に案内したら?レイドとは俺の部屋で話すよ」
俺とレイドだけがこの場から居なくなれば屋敷の人に迷惑をかけそうで提案すると、ローフォンドは使用人に指示を出してレイド以外の女三人を連れて行った。ベルゼテやリオもそれぞれの部屋に戻ろうとしたのでセレーネにもついて行くように言う。
「わふっ」
「セレーネは私の部屋にいらっしゃい」
「ベルゼテさん!僕も…」
「俺と話があるんだろ?」
「邪魔をするというのかい…?」
なんなのコイツ。ベルゼテはレイドをチラリとも見ることなくセレーネと一緒に部屋へ戻っていく。
「おい、何処行こうとしてんの」
「ベルゼテさん…」
「驚いたな。こんなレイドを見たのは初めてだ」
「君達の話が終わったらレイド君を部屋まで案内するから、後でグラウディアス君の部屋へ行くよ」
「お願いします、ローフォンドギルド長」
ベルゼテの姿が見えなくなった途端に背筋が伸びたレイドは柔らかく笑うと「どうした?早く行こう」と移動を促してくる。
「はぁ~…じゃあ、後で」
ローフォンドにそう言ってレイドを連れて部屋へ行く。二人で話したい、という事でセレーネはベルゼテに任せたがジェインはベッドで寝ていた。俺のシェイドである事は知らないだろうが問題はないか、と敢えて何も言わずにソファーに座るとレイドも対面にあるソファーに座った。
「にゃ~ん」
「黒猫…グラウディアス君のかい?」
「勝手に入り込んだみたいでさ。俺の猫じゃないよ」
「とても人懐こいね」
レイドの膝の上に乗るとゴロゴロと喉を鳴らす音が此方まで聞こえた。引っ掻いたり噛んだりはしないため放置しているが、ベルゼテやダンタリオンも何も言わないため害はないと思い込んでいる。
「話というのは…まず、セトキョウスケについてなんだ」
「……」
「念の為コーデルリンに身を隠している、という噂を流しておいたからそのつもりで」
「そういえば……あれはレイドの仕業だったのか?」
「コーデルリンなら他国は簡単に入れないからね。マキファンズ国で行動する冒険者達には知られていると思うよ」
「なんでそんな事を?」
他人で唯一俺の正体を知っているレイド。聖女のためだと言って追ってきた冒険者がわざわざ目眩ましをする理由が分からなかった。
「借りを返したかっただけさ。深い意味はないよ」
「まだ依頼の破棄はしてないみたいだしな」
「とても都合の良い依頼でね。こうして此処に居るのもセトキョウスケの依頼があるからなんだよ」
破棄すればゼノンダラス国へ戻り、自国を守るために魔族と戦わなければいけない。
「魔族の国とゼノンダラス国は元々不仲だけど…聖女様が現れてからは酷いもんさ」
「尚更戻った方が良さそうだけどな?」
「僕にはやることがあるからね」
「セトキョウスケを聖女の元に連れて行く、だろ?」
「もう一つ。言わなかったかい?」
初めて会った時に……
「暗黒騎士……それならもう」
「そうだ。奴等は既にゼノンダラス国を侵攻する軍と合流している」
「だったら」
「実は暗黒騎士団の団長と会ってね」
レイドは黒猫の背中をソッと撫でた。自分を落ち着かせるように細く長い息を吐き出すと顔を上げる。
「彼は人間だ。魔族じゃない」
「……団長の事?それとも、」
「ユウという槍術者も、暗黒騎士団の団長も人間だったんだ…そして、僕達では敵わない。近接、遠距離、魔術、シェーンのバフを受けた攻撃でも、彼には傷一つ付けられなかった」
暗黒騎士団という組織がそれだけ強いのは当たり前である。タイトルになるくらいなのだから、簡単に倒されはしないだろう。
兄貴が魔族の国、しかも暗黒騎士団になれたのはその団長が同じ人間だったからなのかは分からないが…それよりも、そんな二人と対峙してよく無事でいられたな、というのが率直な感想だった。
「それだけ?わざわざ二人で話す必要あったか?」
「グラウディアス君がセトキョウスケだと知られてはいけないと思ってね。一応メンバーにも黙っているんだよ?シェーンは騙されてくれなかったが…協力してくれてるんだ」
「それはどうも」
「…グレンツェンの皆が行くと思っていたんだけど……そうか、グラウディアス君か」
軽く成り行きを説明すると、飲み込みが早いのかレイドは何も聞き返すことなくただ頷いていた。ユリウスの名前を出せば数秒間だけ目を閉じ、ゆっくりと開かれた瞳には哀愁の色が宿る。俺と出会った頃はBランクだったレイドが他国のドミニクやユリウスと知り合いな事に違和感を覚えながら、しかし気になる程でも無く説明を終えた。
「グレンツェンなら…ドミニクなら大丈夫だ。ユリウスの意志は必ず引き継いでくれる」
「…そうだな」
俺の知らない繋がりにテキトーな相槌を打って、レイドなりに気を利かせてくれた事への感謝を口にしようとした所で先にレイドが声を発する。
「ゼノンダラス国が今どうしているのか、気になると思うんだけど」
まるでこれが本題、というように身を乗り出したレイドに膝に乗っていた黒猫がそこから飛び降りた。長い尻尾をうねらせると俺の足に頭をこすり、反射で手を伸ばした所をスルリと躱されてベッドに行ってしまう。
「はは、グラウディアス君には懐いていないみたいだ」
「……で?どうしてるって?」
「魔族の国が随分と好き勝手しているよ。聖女様は予知能力もあるみたいで手の届く範囲は抑えてくださった。けど、最近は不調があるようで……」
予知能力、とは。聖女である真莉愛はどのように話が進むのか知っているはず。それを予め防ぎ、または救いの手を差し伸べているのだろう。ならば不調とは……
「起きるはずの出来事が無くなり、聖女様でも知らない出来事が起こる。今回のジューン砂漠も本来であればバンパイアロードが現れる、と聖女様は言っていたそうでね?」
バンパイアロードならドミニクが倒した。本来なら此処には無いはずの影の国の国宝武器で、だ。
「アウトラを襲ったのはバンパイアの大軍と聞いたけど、グレンツェンによって守られた。そしてゼノンダラス国に現れるはずのバンパイアロードは既に討伐されている」
「たまには外れるもんだろ。聖女様はお疲れなんじゃないか?」
「僕もそう思うよ。けど、誰もが同じ意見にはならない。……女神からの御告げを聞いた者は、聖女様の不調はセトキョウスケのせいだと言っている」
「……」
「君は何者なんだい?聖女様の探し人というだけではなく、女神フレイ様までもが君の名を呼んでいるんだ」
俺が生きているから…俺が行動した範囲に物語を崩してしまう出来事があったから……。俺がマナの塔から逃げ出した事で真莉愛が知る物語通りに刻が進んでいないのは確実であり、焦る女神フレイは早く俺を片付けたい。
何者か、と聞かれても答えられない俺にレイドは苦笑を見せた。
「いや。君が何者でも、僕は命を救われた恩がある。明日は聖女様も予知できなかった魔族の拠点へ…あの時の約束がもう果たせるなんて嬉しいよ」
「約束?」
「次に闘う時は必ず横に並ぶ。そう言ったよね」
覚えてないんだけど…。俺の表情で悟ったのかレイドが「え、」と声を漏らした瞬間にドアがノックされた。
「そろそろいいかい?」
「あぁ、丁度終わった所」
「待ってくれグラウディアス君!あの時の約束、まさか覚えていないんじゃ…」
「あれ?まだ終わってなかったのかな?」
「いや終わった」
「あんまりだ…僕は約束を果たすためにあんなにも…」
落ち込むレイドには申し訳ないが覚えていないものは仕方が無い。困惑するローフォンドには「もういいから」と言ってレイドを連れて行ってもらう。
「じゃあ、明日は朝の内に出発してもらうからね。頼んだよレイド君…そしてグラウディアス君」
二人が出て行くとジェインの寝息がよく聞こえた。ジェインも猫もよく眠っている。
──コン、ガチャ
「入るわよ」
「もう入ってるだろ」
一回のノックからすぐに開けられた扉。先に入って駆け寄ってきたセレーネを撫でながら言うとベルゼテは腕を組んで閉めた扉に寄り掛かった。
「私は、貴方の身が危険に晒されたと判断したら容赦しないわ」
「どういう意味?」
「そのままの意味よ。明日は別行動にならないよう気を付けましょう」
「そのつもりだよ」
「……ゆっくり、おやすみ」
睫毛を伏せて口元に小さな笑みを浮かべたベルゼテが部屋から出て行こうとして、朝から忘れていた事をようやく思い出した俺は立ち上がってベルゼテの肩を掴んだ。
「?」
「リッチが見当たらないんだけど、アイツどうしたの?」
そう、リッチの存在。どうせついて来るだろうと思っていたリッチが何処にも居ないのだ。するとベルゼテは首を傾げながら部屋の中を指差した。
「居るじゃない」
「どこに」
「そこに」
「……あれはジェインだけど」
「あの黒い猫。リッチでしょう?」
鳴き声は普通に猫だった。とても愛らしい猫の鳴き声だったはずなのに。
ベルゼテは「まさか気付いてなかったの?」と驚いていたが、俺の反応を見てクスクスと笑い出した。まるで子どもを相手にするかのように俺の頭をポン、と撫でると「おやすみ、良い夢を」と言って背を向ける。
「わふ…」
「だって誰も言わなかったじゃん……」
猫になったのかー、とか。猫に向かってリッチー、とか。誰も……
「……」
用がなかったのか関心がないのか、どちらにしても可哀想な奴である。
そんな事にも気付かないのかそもそも気にしていないのか、黒猫リッチは穏やかな顔をして眠っていた。




